第22話 メイドとバーベキュー。
陽菜が真剣な顔でキャベツとにらめっこをしている。やがて、一つのキャベツを棚に戻す。
「こちらのキャベツで」
「毎度!」
「兄妹でお買い物かい? このトマトもつけてあげる。夏はね、野菜一杯食べないと」
「そうですね」
「一杯食べて、大きくなりなさい」
「は、はい」
陽菜の声が、少しだけ震えている。
「よし、トウモロコシもつけよう。栄養一杯取って成長しろよ」
おじさんの追い打ち。心なしか、麦わら帽子の下から見える陽菜の顔が引きつっているようにも見えた。
八百屋を離れ肉屋へ。食材を大量に買うなら商店街の方が良いと、陽菜が言うので来てみたが、どうしてか予想外のダメージを受けていた。
「なるほど、私は背が低くて発育が悪いのですか。身体測定で二ミリも伸びていましたが、それも世間の評価からすれば微々たるものなのですね」
「大丈夫、陽菜はそのままでも可愛い」
驚いたような雰囲気でこちらを見あげる。
おかしなこと言ったかなと思ったが、よく考えたら、可愛いなんて、簡単に言って良い言葉でも無いことを思い出した。
「相馬君、メイド長や夏樹さんや入鹿さん、あと、乃安さんとも会ったと言っていましたね。それと悔しいですがあの脳筋とも関わって、私を可愛いというのですか? それなりの容姿を持っているという自負はありますが、さすがに最近自身が無くなってきました」
自分の胸元に目を向ける陽菜。
「メイド長や夏樹さんのようなわがままボディが欲しいです。入鹿さんとは仲間意識が持てそうです。さすがに筋肉はあまり欲しいとは思いませんけど」
「そうかい嬢ちゃん、なら魚はどうかな?背が伸びるよ」
魚屋のおっちゃんに呼び止められる。商店街の人は気さくで良いな。
「ふむ、また今度で」
「こりゃ残念、また来てくれよ」
魚屋のおっちゃんを華麗にかわし陽菜は隣の肉屋に入る。
じっとショウケースの中を眺める。
「なるほど、これは質が良いですね。お値段は少々張りますけど。こちらはどうでしょう。質はさっきのお肉の方が良いですね」
ぶつぶつと品定めをする。僕にはよくわからない。荷物持ちくらいしかやることが無い。陽菜にお任せだ。
「慧眼だね嬢ちゃん。どれ、三割引きでどうだ?」
「買います」
良い顔で笑う暑苦しい肉屋のおっちゃんのサービスで、結構安く済んだ。気前の良い人ばかりだな。
「それでは、お肉が悪くならないうちに一度家へ戻りましょう。下ごしらえもしたいので」
「了解」
買い物袋が重い、さすが五人分。僕と陽菜と京介と布良さんと入間さん。
「相馬君、持ちましょうか?」
「いや、良い。男の意地」
「それなら、一緒に持ちましょう。二人で持てば解決です」
いつの間にか陽菜が袋の持ち手を握っている。
コンクリートも溶けそうな炎天下、僕らはなるべく日陰を歩く。
「そのワンピース、バーベキューの時は着て行かない方が良いと思うな」
陽菜の着ている白のワンピース、麦わら帽子とはとても合うが、バーベキューに適した服装とは言えまい。
「そうですね。結構気に入っていたのですが……。なんか私、相馬君の趣味に染められてしまいましたね」
麦わら帽子の下から黒い瞳が覗く。思わずドキリとする。
「その発言と上目遣いのコンボは反則」
「何のことですか?」
「何でもないよ」
電車で一駅の広い河原。住宅街から少し離れているためか、バーベキュースペースが設けられている。
僕と陽菜が食材を持って現れたころには、既に京介が火を起こしていた。
布良さんと入間さんは紙皿と割り箸、紙コップを並べている。
「おっ、来たか」
「うん。火起こし、変わるよ」
「おぉ。頼む」
うちわとトングを受け取り、バーベキューコンロの前へ。
大分火も安定していて、僕がやることは殆どない。
火力が均等になるように炭を崩して、うちわで扇いで。
「陽菜、こっちは大丈夫だ」
「はい。では、後はお任せを」
今回は、あくまで僕らが働く。
でも、楽しかった。
お肉は勿論美味しかったし。塩キャベツは箸が止まらなくなるし。
締めの焼きおにぎりも、香ばしかった。
でも何より、気を許せる人達と、賑やかに同じ食事を囲むことが、楽しかった。
「それじゃあみんな、今日は解散!」
布良さんの号令とともにみんなはそれぞれの家路につく。駅で電車に乗る、この時間は人が少なくてすんなりと座れた。
荷物を足もとに置き、ぼんやりとしていると肩に小さな重み。
「さすがに疲れたよな」
起こさないように頭を撫でる。家まで運ぶとしよう。
陽菜を背負い電車を降りる。二人分の定期を見せて駅を出る。
夜も蒸し暑いな、きっと明日も暑くなるだろう。雨でも降ればとは思うが、冷静に考えると逆に蒸し暑くなるパターンもあるから一概に良いとは言えない。
陽菜は相変わらず軽い。だから運んでいて全然苦にならない。
しばらく歩くと、背中で何かがもぞもぞと動く気配。
「相馬君?私、運ばれていますか?」
「おはよう、陽菜」
どんな顔しているか確認できないのが残念だ。きっと、とても慌てている顔をしているのだろう。
「すいません、ごめんなさい、降ろしてください」
「やだね」
走り出す。陽菜が慌てているが気にしない、心の底から楽しいと思えた一日は久しぶりなのだから。少しくらい悪戯心を抱いても許してもらおう。
結局家までそのまま走り続けた。腹ごなしの良い運動になったと思う。陽菜はというと。
「今後は勘弁してくださいね、この年であの目線の高さは慣れていないと怖いものがあります」
わからないでもない。
「夜分遅くにすいません。夏樹さん」
メッセージアプリでそう送ったところ、すぐに既読がついて、返信が届く。
『ううん。良いよ。それで、どうしたのかな?』
「都合の付く日がありましたら。是非、相談したいことがありますので」
『じゃあ、明日で良い?』
「良いのですか?」
『うん。ちなみに、どんな相談?』
「その……恋愛、相談。といったところですが、良いですか?」
『むしろしてください。喜んで乗らせていただきます』
文章越しでもわかる、きっと夏樹さんは、目を輝かせている。
でも、今の私に、これ以上に頼もしい人はいない。
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