第21話 メイドとただいま。

 世間的にはもう夏休みなのだが、僕らは制服を着て家を出た。容赦ない日差しは僕らを日陰へと追いやる。


「夏って何であるのだろうな」

「何でですかね」


 そんな中、陽菜は平常運転で僕の横を歩く。無意識なのかはわからないけど陽菜は僕の横を歩いている。その事をこっそり喜ぶ。


「相馬君、そのにやけ顔はどうかと思います」

「そんな顔していた?」

「はい、それはもう嬉しそうな顔でしたよ」


 ちょっと恥ずかしい。でも嬉しいのは確かだ。


「そういえば、派出所に桐野君来ていたとのことでしたけど。どう説明したのですか?」

「何も説明してないよ」


 陽菜がきょとんとする。


「何も説明せずにあの守衛たちと闘ってくれたのですか?」

「うん」


 いつか恩返ししないとな。


「すごいですね」


 夏の空は広い、どの季節の空よりも広く感じる。


「そういえばさ、朝比奈乃安さん? って人も手伝ってくれたんだよね。いつの間にかいなくなっていたけど」

「乃安さんですか。懐かしい名前です」

「陽菜先輩、だってね」

「……はい」

 

 陽菜は、どこか懐かしむように、嬉しそうに、でも、どこか複雑そうな顔で、頷いた。





 教室に入ると、なぜか三者面談の時に良く見る机の形に作られたスペースがあり、布良さんがそのうちの一か所に座っている。


「来たね。日暮君、陽菜ちゃん。まぁ、とりあえずそこに座ってもらおうか」


 布良さんの笑顔が怖く感じる。いつものほんわかとした雰囲気をどこかに置き忘れてきたのだろう。

 窓を開けているのにろくに風も入ってこない教室。二対一なのに布良さんに圧倒されている。


「別に怒ってないよ」

「嘘ですね」

「嘘だな」

「本当だもん」


 頬を膨らませる布良さん、いつもの布良さんに見える。けれどもやっぱり怒っているのだろう、目が怖い。


「夏樹さん、この度は私事でお騒がせしてすいません。えっと、その、何て言えば良いかわからないですけど、すいません」


 布良さんは笑みを絶やさない。

 机から身を乗り出し、グイっと陽菜に顔を近づける。


「陽菜ちゃん、私たち友達だよね?」

「はい」


 陽菜はうつむきがちに、チラチラと布良さんを見る。正直居心地が悪い。


「相馬君、連れ戻しに行くって言っていたの。つまり陽菜ちゃん、どこかに出て行ったってことだよね?」

「そうですね。はい」

「頼ってほしかったな。別に言えないことがあるならそれで良いのだけど、陽菜ちゃんがどこかに出て行っちゃうほど追い詰められていたのに気づけなくて、それに頼ってもらえなかった私に怒っているの。まだまだだなぁって」

「そんなこと、無いです。すべて私が悪いので」


 陽菜の立場は誰にも教えてない。だから布良さんが自分を責める必要は無いのだ。


「だからね、陽菜ちゃん。私、もっと頼れる学級委員長になるから。私をどんどん頼ってね」


 胸を張り、笑顔を見せる布良さん、陽菜は顔を上げようとしない。


「こらー、陽菜ちゃん、顔を見せなさい」


 むにっと頬をつかみ顔を上げさせる。陽菜は表情を変えない、でもどうしたら良いか悩んでいるのはわかる。


「痛いです」

「ごめんごめん。そんな顔しないで、こんな事で友達辞めるなんて言わないから。でもね、悩んでいるな力になりたい、それだけは覚えていてね」

「はい」


 それを聞いてパンっと手を叩くと布良さんは立ち上がる。


「それじゃあ、この話は終わり! というわけで夏休み何して遊ぶか考えましょう」


 そう高らかに宣言して紙を取り出し、一枚ずつ僕らに配る。


「本当は修了式前に予定を話し合いたかったのだけど、別に今でもいいよね。というわけで、キャンプしてバーベキューするのとプールに行くのはやりたいな。私泳ぐの得意なんだ」

「意外ですね。体育であんなにボロボロだったのに」

「小学生の頃スイミングスクールに通っていたから。何でこの学校は水泳が無いのかな」


 布良さんが開いたノートを覗き込む。


「私としては、肝試しはやめておいた方が良いと考えます。肝試しとなれば夜、そして、どこに行くというのでしょう。あまり推奨できる行為では無いですね」


 淡々ともっともらしい意見を言っているが、よく読めば、生徒会主催の、学校での肝試しと書いてある。

 ……なるほど。


「陽菜、お化け苦手だろ」

「そんなことはありません」


 表情を変えず首を振る。


「嘘だな」

「嘘だね~」

「本当ですよ。あんな非科学的なもの信じるわけないじゃないですか!」


 とは言うが、どこか慌ての色が見える。


「可愛いよ陽菜ちゃん。はい、ギュー」


 陽菜の後ろにまわり抱きつく布良さん。


「暑いですよ。夏樹さん」

「まぁまぁ、そんなこと言わないで。大丈夫、お化け苦手なのも可愛いから、萌えポイントになるから」

「そんなポイントいらないです」





 「それじゃあ、また明日。宿題はこまめにやるように!」


 布良さんが手を振って学校を出る。明日は午前中に買い出し、夜にバーベキューだ。陽菜がいるから困ることは特に無いだろう。

 布良さんを見送り僕らはもう一人、会っておかなければならない人物を探す。

 その人物はすぐに見つかった。グランドの外、玉拾いをしながら声出しをしている。


「京介」

「おう、あと十分で休憩だからそこで待ってな」


 声をかけたらすぐに内容を察したようだ。

 木陰で練習風景を眺める。二年生主体のようで、人数は前見たときよりも減っている。

 炎天下の中、白球を追いかける光景は青春の一ページ、来年は是非とも甲子園球場で見たいものだ。


「待たせたな」


 休憩に入ったようで京介が水筒片手に僕らの所に来る。その様子は水筒の中身を飲むというより浴びているといった方が正しい。


「二回連続で部活サボった罰という事で外で延々と玉拾いよ。明日からは練習に混ぜてもらえる」

「そうか、悪いな」

「良いってことよ、その様子だとちゃんと連れ戻せたようだし」


 その顔に後悔をした様子は無い。


「桐野君、その、大丈夫だったのですか?守衛の人たちは武器も携帯していたはずですが」

「あんな棒切れで殴られた程度じゃ負けたりしねぇよ。まぁ、さすがに相手もしぶとかったし、負けを覚悟したのは久しぶりだったけど」


 そう言ってにやりと笑うと。


「明日バーベキューするだろ? 俺も部活終わったら合流するから、そん時にうまいもん食わせてくれや、それでチャラな。そろそろ休憩終わるから行くぜ」


 桐野は走っていくが途中で振り返ると。


「相馬、やっと俺の目を見て話してくれるようになったんだな!それじゃ、また明日な、我が友よ」


 そう叫んで手を振りながらグランドに戻る。


「本当に、何も聞かないのですね」

「陽菜、明日頼んだ」

「お任せください」

 


 家に帰り、シャワーを浴びて部屋着に着替える。


「くそ暑い」


 どうして数時間家を空けただけでサウナになっているんだ。クーラの電源を入れて、扇風機も回す。

 この暑さの中でもメイド服を着て汗一つかかずに平然としている陽菜、汗腺が麻痺してないのか心配だ。


「思ったのだが、メイド服着なくても、動きやすい服で仕事すれば良いと思うのだが」


 もう外で着てないし。


「そうですね。と言いたいところですけど、私はこの服を着ているのが個人的に好きなので」

「そうなのか?」

「デザイン、可愛いと思います。個人的に」 


 くるりと一周軽やかに回る。スカートがふわりと舞い上がる。


「それなら良いけど」


 部屋もだんだん涼しくなって快適になってきた。ソファーに寝転がり部屋から持ってきた夏休みの宿題を開く。


「ん?」


 ページを捲る。もう一枚捲る。


「なぁ、陽菜」

「はい、相馬君。夏休みの宿題でしたら早めに配られていたので終わらせましたよ。夏休みの宿題テスト対策ノートも作成済みです。こちらをどうぞ」


 リビングのテーブルを整理していた陽菜が僕に差し出したいつもより薄めのノート。でも僕はもう片方の手に目が行く。


「陽菜、それ……」

「退職願です。放置されていたので処分してしまおうと思います」

「うん」


 陽菜は僕の目の前でそれを引き裂く。そのまま丸めるとゴミ箱に入れる。


「それでは相馬君、私は夕飯の買い出しに行ってきますので」


 いつもより足取りが軽いように見える。陽菜の作ったノートを開く。夏休みの宿題から抜粋された要注意の問題の解き方をまとめてあるようだ。


「だんだんクオリティ上がっているな」


 とうとうショートデフォルメされた自分の絵まで使うようになったか。

 



 夕日に染まったスーパーまでの道を歩く。

 みんな、受け入れてくれた。何も聞かずに。

 そのことに、安堵する。

 今、日暮家でこうしていることが、自分の中で、自然なことになっている。

 思わず口元が緩んでしまい、慌てて締めなおして歩く。ニヤニヤしながら歩いているなんて不気味がられます。

 何となしに空を眺めた。相馬君が、よくそうしているから。

 綺麗な、茜色だ。優しい色だ。

 明日が、素直に楽しみです。

 

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