第20話 メイドに恋をしました。

 「そう言えば父さん。屋敷の前に僕の友達いなかった?」

「屋敷の前か? 確か守衛の人が転がっている真ん中で、疲れた様子であぐらかいてた、今時珍しい長ランを着たリーゼントの男の子はいたぞ」


 あいつ全員倒したのか。さすがにびっくりだ。


「帰ったのか?」

「帰らせたよ、あとは僕に任せてくれと言ったら素直に帰ってくれた。彼も結構ボロボロだったし」 

「あぁ。ありがとう」

 

 素直に、凄い。とりあえず無事なら良かった。


「相馬が友達の話をしてくれるのは、随分久しぶりで僕は感動しているよ」


 そう言ってわざとらしく涙をぬぐう動作をする。殴り飛ばしてやりたい。


「そうだな。よし、相馬、これを見てみろ」


 父さんは一枚の写真を取り出す。


「これは?」

「お前の母親だよ」


 そう言われて見てみる。その写真には一人の女性が写っていた。

 その写真から懐かしさが浮かんでくると同時に冷や汗が浮かぶ、頭痛が起きる、呼吸が速くなるのを感じる。

 頭の中に浮かんでくる光景、ベッドに横たわった女の人の目から、確かに生気が失われていく。


「相馬君」


 手を握られる。陽菜の心配そうに見つめる目、だんだん落ち着いていくのがわかる。


「そろそろ受けとめても良い頃だろ。いつまでも目を背けていられない」


 そんなことを言う父さん。どういう意味だ。


「相馬、お前は母親のことを忘れている。そして他人と心から親しくなることを無意識のうちに避けている、違うか?」

「どういうことだよ?」

「そのまんまの意味だ。お前は親しい人を無くすのを恐れて人とあまり深く関わらなくなっていた。だが、今は違う、だろ」


 勝手に納得して話を進める父さんにイラつきつつも母さんの写真を眺める。次々と頭の中に蘇る光景、どれも覚えがあるのに忘れていた光景。


「いやはや先輩、ありがとうございます。先輩の提案が無ければ相馬のこの成長は無かったでしょう」

「ふんっ、その事に関してはお互い特のある取引だ。礼はいらん」

「メイド長と父さんってどういう関係?」

「簡単なことだ。お前の父親は私の大学の頃の後輩だ。久々に会ったこいつが子育てで悩んでいたからうちのメイドを雇えと言った、その結果お前の家に陽菜が来たというわけだ」


 つまらなさそうに解説するメイド長は立ち上がる。


「タネ明かしして悦に浸る趣味などとうに飽きた。さっさと帰るが良い。恭一、飛行機の時間も、そろそろ行かねば間に合うまい」


 慌てて腕時計を見る父さん。


「これはヤバイ」

「うちのメイド二人に車を出させるからさっさと行け」





 「結局どういうことだったの?父さん」


 部屋を出て廊下を歩きながら父さんに聞く。


「どういうことってのは?」

「メイド長との取引のことだよ」

「あれか? あれはな、たまたま久しぶりに会った先輩に、色々相談していたら、朝野さんを雇うように薦められてな。そしたらまぁ、こうなった。それ以上は聞かないでくれよ、あの先輩がどこまで予想していたかなんてわからない」

「僕はどうして母さんの記憶を失くしていたの?」

「医者によると強いショックによるものらしい」


 いまいちよくわからない、忘れていた自覚何て無いし。でも僕の中には確かにいろんな光景が蘇っている。どれも楽しかった思い出だ。

 あの星を眺めた丘も母さんに連れて行ってもらった場所だ。母さんの卵焼き、大好きだったのも思い出した。これからもいろいろと思いだすのだろうか。


「父さんもう行くの?」

「まあな、今日だって突然先輩に呼び出されたから急いで戻って来たんだ。早く仕事に戻らないと」


 あのメイド長は何者なんだ、昨日のことがわかっていたかのように呼び出したのか。今はそれを考える気分じゃないから考えるのをやめる。多分考えても答えはでないだろう。


 大広間を抜け、玄関ホールを出る。


「お客様、そしてロリメイド。車の運転を担当させていただく結城真城です。こちらは東雲リラです」「「よろしくお願いします」」


 一糸乱れぬ一礼。


「それじゃあ二人とも、また会おう」


 父さんは東雲さんに連れられ、僕と陽菜は結城さんに連れられ車に乗る。


「脳筋なのに車運転できるのですか?」

「ロリッ子には無理だろ。まずは年齢を証明するところからスタートだな」


 結城さんは手慣れた様子で車を発進させる。 


「そういえば、あんたの名前聞いてなかったな」

「日暮相馬ですけど」


 そう言うと快活そうに笑う。


「オッケー覚えた。年下に追い詰められる事になるとは思わなかったぜ」

「脳筋さん、しゃべらないでください。事故りそうで怖いです」

「うるえーぞロリッ子、てめぇだけ下ろすぞ」


 気心知れている感じの会話、本当は仲良いのだろうなぁ。


「ご主人様、今仲良いだろうなぁとか思っていませんでした?」

「えっ、何でわかったの?」

「そんな顔していました」


 自分の顔を触る。どんな顔だったのだろう。

 その様子をニヤニヤと見つめる視線を感じる。


「結城さん、前見て運転していただけますか」

「若いのは良いねぇ。うちの大学何て男も女も味を覚えてしまって、初々しさの欠片も無いよ」

「大学生なのですか?」

「そうだよ」


 どやぁ、とでもつきそうな表情だ。


「本当、こんな頭悪そうな人を取ってしまって、大学が気の毒です」

「ふん、生意気なクソガキよりは上等だろう」


 やがて、車は我が家の前に止まる。


「それじゃあな、私は帰るよ」

「ありがとうございました」

「あんたのことは相馬とでも呼ばせてもらうよ。それじゃあな、ロリメイドも仕事くらいはちゃんとしろよ」

「言われなくてもですよ」


 走り去る車を見送る。


「それじゃあ陽菜、入ろうか」

「はい」


 僕らは家に帰ってきた。



 スマホを確認する。桐野から帰ったことを詫びる連絡や布良さんから陽菜の安否確認する連絡が来ていた。無事陽菜を連れ戻したことを報告する。


「ご主人様」

「陽菜、これからはご主人様呼びは、やめにしない?」

「どうしてですか?」

「名前で呼んでもらった方が僕も落ち着く。陽菜もその方が呼びやすそうだし」

「……確かに、そうですね」


 僕は陽菜の手に頭を乗せる。陽菜の目を覗き込む。その奥に感情が揺れ動いていることを実感する。

 僕は人の目を見て話すのが苦手だ。僕は人と関わるのが苦手だ。それでも僕は、陽菜と一緒にいるのが心地良かった。


「どうして僕は陽菜に心開けたのかな」

「どうしてですかね、そこまで良い印象を持てるような女の子でしたか?」

「メイド長はわかっていたのかな」

「どうでしょう。メイド長が私の初仕事先を悩んでいたのは知っています。メイドの初仕事先はとても大事ですからね、場合によっては一生そこに仕えますから。私の場合すぐに追い出されても不思議ではありませんから」


 陽菜の顔はいつもと変わらない。でも、優しげな声だ。


「メイド長には珍しく感謝しています。相馬君の所に行かせてくれたのですから。どんな考えだったのかはメイド長にしかわかりませんけど。私ではわかりません」


 座っている僕の頭が抱え込まれる。


「相馬君、これからもよろしくお願いします」

「うん、一緒にいてくれ」


 上を見上げる。陽菜が静かに笑って見下ろしている。


「陽菜の笑顔って卑怯だ。不意打ちすぎる」

「そうですか?未だに苦手ですけど」


 やっぱり無意識か。


「そういえば」

「はい」


 僕は重要なことを思い出す。


「父さんの仕事、聞くの忘れていたな」

「あっ、そうですね。旦那様の仕事を聞く貴重なチャンスでしたね」

「今頃飛行機か、本当、あの人は何をしているんだ」

「メイド長なら知っていると思いますけど、しばらく会いたくないです」

「それは同感。いろいろ聞きたいことあるけど会いたくない」 


 お互い顔を見合わせる。

 そのまま見つめ合う。目をそらせない、陽菜の目が僕の目をとらえて逃さないからだ。そういえば僕はまだ陽菜に気持ち伝えてないな。伝えた方が良いかな。心臓が高鳴るのを感じる。

 伝えよう。そう心に決め、口を開こうとしたその時。


「あっ、着信ですね」


 陽菜が僕の頭をパッと話して電話に出る。


「わかりました。明日ですね、了解しました」

「布良さん?」

「はい。明日、修了式の時に配られたものを受け取りに行こうかと」

「……了解」


 さっきまでのドキドキを返して欲しいよ。布良さん、タイミングが悪い。でもまぁ、もう少しちゃんとした場面で伝えたいし。チャンスを伺おう。


 こうして、僕らの夏休みは始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る