第19話 メイドと迎える夏休み。
「ロリメイド。そいつを庇う気か?」
「はい、これで、あなたがここで彼と戦う理由は無くなります」
陽菜の静かな声が、やけにハッキリと聞こえた。
幻聴でも、幻でもない。
でも、何で。なぜ、陽菜は僕を助ける。
「そうだね。じゃあ、ここからは私情だ」
「と、言いますと?」
「そいつは、まだ死んでねぇ」
「殺されたら困りますよ」
「いや、流石にあたしも殺さないようにするさ。簡単に言えば、血が騒いじまって、収まんないってところさ。久々だぜ」
殺気が膨れ上がる。燃えるような気迫に、空気の温度が少しだけ上がる。
「面倒ですね。これだから脳筋は。良いですよ、私も、彼がここまでやられて、ただで引き下がることに、少々苛立ちを感じないことも無いですから」
「あたしに勝てた事、あったけ?」
「ありませんが、相馬君にそこまでやられたあなたに、負ける気はしません」
軽快な足音と、重い踏み込みの音が、重なる。
そしてそこに、別の足音が混ざった。
「はい、そこまで」
隣に陽菜が吹っ飛んできた。
結城さんの行方を追うと、なぜか、向こうで床に転がっている。ん? 朝比奈さん、どこに行ったんだ。
「……なんでいるんだよ、父さん」
「はっはっは。酷い有様だな」
「くそっ」
あー駄目だ、意識飛びそう。
「旦那様。おかえりなさいませ」
「うん。お久しぶりです。朝野さん。息子がいつもお世話になっております」
「おー。恭一。来たか」
「どうも。先輩」
「! 相馬君!」
とうとう限界か。僕は意識を手放した。
目が覚めると。窓から見える景色は夜の闇に包まれていた。
状況を確認しようと、身体を起こす。濡れて冷やされたタオルが頭からずり落ちてきた。
高級感がある、綺麗な部屋だ。どこかのホテルだろうか。
「ご主人様、起きましたか?」
「陽菜?」
聞き慣れた声に、顔を向ける。
ベッドのわきに置いてある椅子に腰かけた陽菜が、僕を静かな目で見つめている。
膝の上に置かれた本。この暗い部屋では読めたものでは無いだろう。
でも、陽菜は、当たり前のような顔で、僕が起きるのを待っていたようだ。
「どうなった?」
「まず、ここは派出所の客間です。今日は泊って行ってください」
「あぁ」
「とりあえず、詳しい話は明日という事になりました」
「うん」
「それと、ご主人様。ごめんなさい。私のせいで、そんなに怪我して、ごめんなさい」
服をまくると、治療の跡があった。湿布が貼られ、それでも隠し切れない痣があった。
確かに、少しだけまだ痛いな。でも。
「陽菜が謝る事じゃないよ、僕が勝手にやったことだから」
「でも! でも、私、勝手に何も言わずに辞めて。なのにご主人様は追いかけてきてくれて、助けられたのにすぐに助けに入らなくて」
陽菜が泣いている。でも、僕は。
「今ちゃんと目の前にいてくれている。それだけで僕は嬉しいから」
まずは、素直な気持ちを伝えよう。それくらいなら、できる。
ベッドから降りて陽菜を抱きしめる。そこにいる事を確かめるように、抱きしめる。ちゃんといる、ここまで来た甲斐があった。誰かの力を借りた甲斐があった。
「それよりもさ、陽菜。お腹すいた」
そう言うと、笑って答えてくれた。
「わかりました。何か作っておくのでお風呂入ってきてください」
湯船の中で足を伸ばす。疲れが、身体から溶けて抜けて行くような、そんな気持ちよさがある。
京介どうなったのか。多分大丈夫だとは思うけど、ちゃんと帰れたのだろうか。それともここに泊まっているのだろうか。ぼーっと考える。
良いや、後で聞こう。今は考えるほど余裕が無いし、考えても仕方がない。
程よく温まり風呂場を出ると陽菜がすぐ外で待っていた。
「ご主人様、夕飯の準備できたのでついてきてください」
「うん」
陽菜に連れられて屋敷の中を進む。ここに住んでいる人達はもう寝静まったのだろうか、とても静かだ。
「簡単なものしか用意できませんでしたが、お召し上がりください」
「うん、ありがとう」
ご飯にみそ汁に卵焼きに鮭の塩焼き。どれもおいしい。おいしいのにどうして僕は泣いているのだろう。
黙って横から渡されるティッシュで涙を拭く。涙を拭いてまた食べる。気がついたら全部食べ終わっていた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
陽菜と別れ客間に戻る。家のよりもふかふかのベッドに寝ころぶ、数える染み一つない天井を眺め僕は確信する。
僕はいつの間にか、陽菜のことが好きになっていた。
「ご主人様、お目覚めですか?」
扉がノックされる音とともに目が覚める。いつもよりゆっくりとした目覚めだ。
「おはよう、陽菜」
「おはようございます」
陽菜が手に持っていたのは昨日僕が着ていた服。
「乾きましたので持ってきました」
「ありがとう」
不思議だ、自分の気持ちを自覚して接していると陽菜の話す一言一言を聞き逃したくない。一緒にいる一瞬一瞬を大事にしたい。
着替えて陽菜に連れられて歩く。すれ違う人がみんなメイド服を着ている。すれ違う時、立ち止まり一礼されるのがどうにも慣れない。
「朝食がお済みになりましたら、メイド長の執務室の方で話し合いです。旦那様は昨夜、メイド長にかなり飲まされたそうで、まだ眠っています」
「うん、了解」
メイド長の部屋、扉を開くと机に足を乗せながら書類に目を通している女性、昨日父さんが先輩と呼んでいた人だ。
「来たか少年。恭一の野郎はまだか? だらしないな。陽菜、呼んで来い」
「その必要は無いですよ先輩」
スーツを着込み入ってくる父さん。かなり飲まされたとは聞いていたが二日酔いの気配すらしない。
「遅いぞ、私は待つのが苦手だ。さて、人はそろった。始めるぞ。まずは陽菜、お前はまた、日暮家で働くということで良いのか?」
「はい、メイド長」
「ふむ、しかしながら退職願を提出する相手が海外にいるというのは労働環境的にどうなんだ?」
「確かに、雇用主が受け取る原則に従っていたとはいえ、朝野さんには悪いことをしたね」
「じゃあ僕が雇い直そう」
僕は立ち上がる。
「僕が雇えば解決する」
深い考えがあったわけではない。でもそうなれば良いと思った。
「粋がるなよ少年」
メイド長の冷たい声。
「お前に陽菜の給料が払えるというなら何も言うことは無い。だがお前はまだ庇護を受ける立場だ、ガキだ。そんな奴にうちのメイドを預けるわけにはいかない」
黙り込む、確かにそうだ。
「まぁ、そんなわけで新しく契約書を作った。とはいっても変更点は退職願の提出先だけだ」
「了解、サインするよ」
父さんはあっさりサインする。陽菜もペンを持つが書き出さない。メイド長はそんな様子を見て言い出す。
「陽菜、おめぇ少年のことが好きだろ」
「なっ、何を言っているのですかメイド長」
「見てればわかる」
あっさりと取り乱す。メイド長は一枚の紙を取り出す。メイド禁則事項と書かれた紙の一ヶ所を指す。
「陽菜、勘違いしているだろ。ご主人様に恋をしてはいけないというのは、ご主人様に、自分とは別に心を決めた相手がいる場合のみだ。いないなら好きになっても構わないぞ。恋仲になっても止める気は無い」
「えっ?」
「つまりこの事からも、今回の発端はお前の勘違いだ」
一瞬、陽菜は固まる、ぐるりと一周僕らを見渡し深々と陽菜は頭を下げる。
「大変、申し訳ございませんでした」
こうして陽菜と無事に雇用契約を結びなおすことができた。
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