第17話 メイドを連れ戻しに出かけます。
「相馬、お前も食うか?」
桐野が差し出す唐揚げ棒、おいしそうではあるが食欲は起きない。
「いや、良い。次に腹に入れる物は誰の料理かって決めているんだ」
朝方のコンビニ、長ランを着て最近坊主から少し伸びた髪をリーゼントに固めている男が一人。黒いコートに黒いワイシャツに黒いズボンと全身黒に固めている男が一人。恐らく見ていて暑苦しい光景だろう。殴り込みの正装と考えたらこうなってしまった。
「良い目しているな。どれ、行くか」
バイクで二人乗り、山道を登る。しばらく進むとその建物は見えてきた。
高い壁に鉄の門、奥に見えるのは西洋風の建物。背景の森も相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
「桐野、準備は良いか?」
「おいおい、拳を交えた仲だろ。それにこれから戦友になるんだ。苗字呼びなんてやめてくれや」
その言葉に頬が緩む。何も聞かずにこの怪しい建物を殴りこむのに付き合ってくれる。今もこの状況に対して何の不満も疑問も抱いていない、改めて屋敷を見据え覚悟を決める。
「京介、準備は良いか?」
「いつでも行けるぜ。不死身の狂犬桐野京介、今日限りの復活だ」
随分と大仰な二つ名だな。
門を乗り越え敷地に入ると、父さんの証言通り守衛らしき人が二十人出てくる。
「作戦通りに行くぞ」
京介はそう言うとバレーのレシーブのような構えを取る。
「行ってこいやー!」
僕がそこに乗ると桐野が腕を振り上げる、それに合わせて僕も飛ぶ。着地地点にいた二人を蹴り飛ばして僕は走る。
「お前らの相手は俺だ―!!」
後ろからの叫びを頼もしく思いながら僕は屋敷の中に滑り込んだ。
中に入り、やたら広い玄関ホールを抜けて大広間らしきところの真ん中にその人は立っていた。
金髪の、背の高い女性。一目見てわかる。細くしなやかに、鍛えられているとわかる肉体。この人か。
「随分早かったじゃん。二人って聞いていたんだけど」
「今外で暴れてるところさ」
「ふーん。あたしは結城真城。それじゃあ……」
走る。玄関ホールを一気に駆け抜ける。
滅茶苦茶強いなら、相手にする理由なんて、あるわけが無い。
走る。
「逃げんなぁ!」
予想より少し速い。けれど、対応しきれない速さではない。
「そこだ!」
わざわざ着てきた黒いコートを投げる。
一瞬、視界が遮られるのは、避けられない。お粗末な作戦だが、これで逃げ切れなかったら、詰み。
陽菜と話す。連れ戻すのは、その先にあるんだ。
だから、この広い屋敷を駆け回り、陽菜を探す。
「来たようだね」
「メイド長、鍵を開けてください」
鍵のかかった扉の向こう、そこにいるメイド長に呼び掛ける。
襲撃者の一報。私が帰って来てすぐ、そして、メイド長は私を、派出所の最上階の一番奥の部屋に、閉じ込めた。つまり、そういうことだろう。
「ヤダね、行かせないよ。行きたかったら自分で解除しな、せっかくあの少年を助けられない言い訳を作ってやったんだ、よく考えな」
当然の罰だ。私は禁足事項を破ったんだ。メイド長はそれを私が言葉にしなくても見抜いた。だから、ここに。
メイド長はそのまま私の部屋から出ていく。足音が遠ざかっていく。
どうすれば……。
屋敷の中を走る。
構造はわからない宛も無い。
他のメイドの人に見つからないように移動する。
二階は違った。四階まであるから、あと二つ。別館とかだったらまた話は変わってくるが。
とにかく、今は。角を曲がった先、そこに見える金髪。
「くそっ」
「見つけたぞ!」
廊下の曲がり角を曲がる。曲がったところで、腕が掴まれ、引きずり込まれる。
……ここまでか。
「静かにしてください。ここで待って居てください」
「誰……?」
「良いから。真城先輩、どうしたのですか?」
「あぁ、乃安。変な男見なかったか?」
「? 凄い勢いで走っていきましたよ」
「そうか。ありがとう。くそっ」
……匿われた?
「えっと……」
「朝野陽菜先輩の後輩、朝比奈乃安と言います。日暮相馬さん」
長い髪を一つにまとめ、こっちまで不思議と笑顔になってしまう、そんな明るい笑顔を見せた。
その部屋は、調理実習室のようだ。
「どうぞ、陽菜先輩ほど上手ではありませんが」
「ど、どうも」
目の前に出された紅茶は、普段家で飲むよりも、香りが豊かな気がする。
多分、茶葉が違うのだろう。
「何で僕を匿う?」
「そうですね、何というか、陽菜先輩、酷い事されて帰って来たわけではなさそうな気がしまして。なので、ちょこっと調べさせてもらいました」
優雅な仕草で、自分で淹れた紅茶を飲み、探るような視線を向けてくる。
「業務報告書を読んだのですけど、陽菜先輩、本当に楽しそうだったのですよね。友人に恵まれ、ご主人様も良い人で……何と言いますか、何で逃げてきてしまったのか、気になったのですよね」
「それで、僕を匿ったと?」
「何があったのですか?」
迷う。
明かして良いものなのか。
陽菜が、僕に明かした気持ちを。
「日暮さん?」
「あーえーっと」
「……良いです。言わなくても」
「えっ?」
「日暮さんが、陽菜先輩のことを大切にしているのが、わかりました。陽菜先輩が秘めていたものも、大切にしようとしていることが」
陽菜を思わせる、澄んだ瞳。吸い込まれそうな目。全部、見透かされそうだ。
「僕は、陽菜に会って良いのかな」
「ここまできて、どうして弱気になるのですか?。今こうして話して、私は決めましたよ。一旦、雇い主に背反することにしますよ。あなたを、陽菜先輩に会わせます」
「……僕はありがたいけど。良いのか? そんなに簡単に信用して」
「正直、今の陽菜先輩、見ていられないのですよ。ずっとボーっとして。どこか遠くを見ているのですよね。正直、陽菜先輩が辞めるも辞めないも、どうでも良いのですよ。ただ、今のままでいて欲しくないだけです」
「それで僕を助けると?」
「はい。決着をつけていただきたいと思います」
「……そうだね。決着だ」
紅茶を一気に飲み干して、立ち上がる。同時に、扉が開いた。
「よう、探したぜ。乃安、お前はそいつに付くのか?」
「はい。申し訳ありません、真城先輩」
「ふーん。まぁ良いや。じゃあ、始めようか。あたしは、あたしの仕事をするだけだ」
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