迎神
村はずれに住んでいる人がいた。村の大人たちには、あの人に近づいちゃいけない、って言われていた。
けれど私はいつも、こっそりその人のところを尋ねた。
その人は、色んなことを知っていた。山に生えている果物や、食べられる茸、動物と仲良くなる方法や、明日の天気、来週村で起こるちょっとした事件。
何を尋ねても答えてくれるその人が、私は好きだった。
「また行くの、
「すぐに帰ってくるから」
幼なじみの
彼はいつも縁側に腰掛けて、虚空を見上げている。私たちが尋ねていくと、庭までは入れてくれるけれど、家の中には絶対入れてくれなかった。
「君は変わり者だな」
「そう?」
彼がいつも静かだった。話すときも、低い声でゆっくりと話す。その声を聞き逃さないように、いつも聞き耳をたてていた。
「今日は何があったんだ?」
「うーん、裏の山に綺麗な花が咲いてたかな」
「その近くに洞窟がなかったか?」
「確か、あったと思うけど」
村の人たちは彼のことを気味悪がっている。彼の話す内容が本当になるから。不吉、と声を揃えるけど、私には素敵なことのように思えた。
未来が分かるなんて、とても楽しいじゃない。
「もうすぐ、良くない事が起こる」
「良くないこと?」
「その時は、彼と一緒にその洞窟に逃げろ」
良くないこと、ってなんだろう。
「分かった」
それから一週間も経たないある日、邦光が慌てた様子で家にやってきた。
「大変だ!」
こんなに慌てた様子の彼は、今までに見たことがなかった。
「どうしたの?」
「彼の家が!」
言い終わるよりも早く腕を掴まれ、村外れまで引っ張っていかれた。もつれそうになる足を何とか動かして、邦光について行った。
村はずれの彼の家の周りには、村の人たちが集まっていた。皆それぞれ松明を持っている。そして、彼の家は激しい炎に飲み込まれていた。
「あの人は?」
人垣には父の姿があった。母も、邦光の両親も、村長さんも宮司さんもいる。
父に縋りついた。
「あの人は、どこ?」
父は冷たい目で、中にいるはずだ、と言った。
力が抜けた。燃え盛る家に駆け込もうとした邦光が、大人の男たちに取り押さえられた。
涙が止まらなかった。
その日の晩。夕刻から空は厚い雲に覆われており、冷たい風が強く吹いていた。燃え落ちた彼の家の前から動けなかった私たちを、大人たちは引きずるように神社へ連れて行き、納屋に閉じ込めた。あの人の家へ出入りしていた私たちは穢れているから、明日お祓いを受けるらしい。
あの人の言っていた良くない事は、この事だったのだろうか。
涙を流し続ける私の背を、邦光は撫で続けてくれた。
風はどんどん強さを増して行き、激しい雨音もし始めた。古い納屋はガタガタと音をたて、扉は軋んでいる。ゴロゴロという音も遠くから聞こえてくる。
閉じ込められて、どれくらい経ったのだろう。
気温が下がってきたのか、少し肌寒い。側にあったぼろ布に並んでくるまったら、邦光の体温が伝わってきた。少し、眠たい。邦光は、地面を睨みつけていた。
ウトウトしていたら、地面を揺らす程の大きな音がした。みしみしパチパチと音が聞こえる。風に揺られて音をたてていた扉を邦光が蹴破った。
外へ出てみると、御神木が燃えていた。空には稲妻が奔っている。雷がおちたんだ、とすぐに分かった。村へ目を向けると、あちこちで炎があがり、人々が逃げ惑っている。
雨が痛いくらいに打ち付けてくる。立っているのがやっとの風も吹き荒れている。
――彼と一緒にその洞窟に逃げろ。
あの人に言われた事を思い出した。村の様子を呆然と見つめていた邦光の腕をとり、今度は私が手を引いて走った。
裏山を少し上ったところにある、苔にまみれた洞窟。視界を遮る雨と吹き荒れる風に何度も足を取られながら、必死に山を上った。
やっと辿り着いた洞窟に身体を滑り込また時には、髪も服もびっしょり濡れ泥だらけになっていた。
「六花も、あの人に何か聞いたんだね」
「邦光も?」
「ああ。確かこの洞窟の奥に」
暗い中を進んでいった邦光は、何かを持って戻ってきた。
「これだ」
手に合ったのは長細い筒状のものだった。
「それは?」
「あの人が教えてくれたんだ。この嵐は、爆竹を沢山ならすと治まるって」
「どうして?」
「さあ、分からない」
筒が濡れないように気をつけながら、邦光は懐からマッチを取り出した。導線に火が付いたのを確認して、洞窟の外へ放った。
バチバチバチと雷に負けないくらい大きな音をたてて、爆竹は爆ぜた。続けてもう一束火をつける。
爆音が鳴り、地響きがした。村にまた雷が落ちる。私たちはもう一束、火を付けた。
十束ほど爆ぜた頃、風がおさまってきた。雷の音も遠のき、東の空が明るくなってくる。ゆっくりと洞窟から出た私たちは、絶句した。
村はなくなっていた。
村があったはずの所は土砂に覆われ、そこに彼が立っている。
いつもの黒い外套を羽織った彼が、御神木の立っていたところに立っている。
ゆっくりと振り返った彼が、私たちを捉える。
「やあ君たち」
彼はとても遠くにいるのに、その声ははっきりと聴き取れた。
「ありがとう」
彼は大きな声をあげて笑った。土砂に埋もれた村の上で、彼は冷めた目をして笑い続けた。
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