星物屋

 人の行き交う道を、天秤棒を担いで進んでいく男がいる。

 黒い手ぬぐいを被った男に呼ばれて、彼は足を止めた。

「おーい、乾物屋さん」

「ああ、こんにちは」

 呼び止められた男は、肩の桶を下ろした。桶のなかには乾いた野菜や魚が積まれている。

「なににしますか?」

「芋と大根を頂けますか」

「はい」

 他にも人が集まってきて、桶の中はあっという間に空になっていた。

「さて、帰ろうか」

 男が空になった桶を肩にかけようとすると、一人の女が近づいてきた。

「あの」

「すみません。もう終いでして」

「あなたが不思議な乾物を売っていると聞いたのですが」

 ポリポリと頭を掻いた男は、露地へと手招きした。着物の袂から写真帖を取り出すと、いくつか頁を捲った。歪な形をした版で刷られたような真っ黒な模様が並んでいる。

「なにをお困りですか」

「舟に乗った夫が帰ってこないんです」

 少し悩んだ男は、一枚の紙を取り出した。そこにはやはり、でこぼことした黒い円の模様。

「すこし高いですが」

「これで夫は帰ってきますか」

「ええ、もちろん。これは北を示す星ですので」

 膨らんだ巾着を渡した女は、深く頭をさげて去っていった。


 夜道で男は上を見上げた。満点の星空だ。

 男は白い紙を目の前にかざした。何の模様もなかった紙に、黒い点が浮かんでくる。まるで紙に謄写された星空のように。

「おじさん」

 小さな子どもが夜空を見上げる男の隣に腰をおろした。

「あの星、あげちゃったの?」

「ああ。今日はよく輝いてるだろ」

「家に帰れるといいね」

「案内は頼むぞ」

 くすくすと笑った少年は、風に吹かれてすっと姿を消した。

 北の夜空では、北極星がひときわ強い光を放っている。

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