幻の獣
昔々あるところに、とても豪華なお城がありました。そのお城に住む王妃様は、珍しいものが大好きでした。国を通過する沢山の行商人をお城に招いては、色々なものを買いました。
今日もまた、東の国から行商人がやってきました。王妃様はその行商人をお城に呼びつけ、珍しいものはないか尋ねました。
男の商人は、鞄から木の棒を取り出しました。
「こちらの商品は、極東で手に入れた物でございます。こちらの品を持っていますと、意中の人と恋仲になれます」
「そんなガラクタはいらないわ」
男は肩を落としました。
女の商人が、鞄から取り出して王妃様に見せました。
「こちらの商品は、西の国でとれた黄金の魚でございます」
王妃様は金色の魚に目を引かれて顔を近づけましたが、たちまち咳き込んでしまいました。
「なんて酷い臭いなの」
「この魚は、油の湖にのみ生息する、大変珍しいものでございます」
「そんな臭い魚はいらないわ」
「では、こちらはいかがでしょう」
男は次の商品を差し出しました。
黒くて大きな球を受け取った王妃様は、首を傾げました。
「これは?」
「西にある国で育てられている植物です。一口食べると、その美味しさにたちまち虜になるでしょう」
「美味しいものは、この国に沢山あるわ。こんな色のもの、食べたくないわ」
二人はなんとか王妃様のお気に召すものがないか、と珍しい品を並べましたが、王妃様は全く興味を示しません。商人たちは仕方なく、最後の品を取り出しました。
「王妃様、こちらは大変危険なお品物でございます」
二人が差し出したカゴは分厚い布で覆われていて、『猛獣注意』という札が付いていました。
「こちらは高い山の上で捕まえた、猛獣の子でございます」
「数多の飼い主を殺してきた獣の、子どもでございます」
「決して人には懐かない、と言われてきたのですが、ある条件を満たす者の言うことはきくのです」
「それは心優しく、民想いの、権力者である者です」
王妃様は目を輝かせてその布に手を伸ばした。けれど商人たちは、王妃様の手が届く前にカゴを下げてしまいました。
王妃様はとても怒りました。
「なぜ見せてくれないの?」
「申し訳ございません。しかし王妃様を、私どもの商品で傷つけるわけにはいきません」
「私ではその獣を飼いならせないというの?」
「滅相も無い。王妃様はこの猛獣の飼い主に相応しいお方です」
「お代を頂けましたら、こちらの猛獣は差し上げます」
「私どもでは、手に負えない商品ですので」
すぐにでもその獣を手にしたかった王妃様は、沢山のお金を商人に渡しました。
お金を受け取った商人たちはカゴを置いて、そそくさとお城を後にしました。
胸を高鳴らせた王妃様は、カゴの布をそっと捲りました。
そのカゴの中には、白い毛にヒョウ柄の獣が丸くなって眠っていました。
王妃様がそっとその背中を撫でると、三角形の耳が動き、黒い丸い目が開きました。
獣を腕に抱いた王妃様は、とても嬉しそうな笑みを浮かべ、生涯その獣を大切に育てました。
めでたし、めでたし。
「ただの子猫が、こんな金額で売れるなんて」
「白のヒョウ柄なんて、珍しいだろ?」
「それでも、破格すぎない?」
「あの王妃様が気に入ったものは、何でも買ってくれるからな」
「これでまた、良い暮らしができるね」
「ああ。王妃様様だな」
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