金の魚

「本当にこんなところに、魚がいるの?」

 重たく黒い油をかき分けながら、ゆっくりと船が進んでいく。一漕ぎするたびに、オールは重たさを増していく。

「ああ、間違いない」

「まだ漕ぐの?」

「もう少し先だ」

 洞窟の奥へ進めば進む程、天井は低くなってきて、油の吹き出す音は激しさをましてゆく。僅かな火でもあれば、すぐに火だるまになってしまうだろう。

「ねえ、一刃いちは

「静かに」

 口を塞がれたので、七瀬ななせは静かにオールを動かす。真っ黒な油をまとった棒切れは、思うように進んでくれない。船頭が徐々に右に傾き、洞窟の壁が迫ってくる。方向を直そうとしても、七瀬一人の力では難しかった。

「止めて」

 耳を澄ましていた一刃の手が口元から離れていったので、七瀬は一息ついた。

 石油独特の臭いが鼻を突く。

「近くにいる」

「本当に?」

「ああ。網を用意しておけ」

 釣り竿を手にした一刃は、黒い油面にゆっくりと糸を垂らした。その隣で七瀬は網を握りしめる。この網も釣り糸も、今日のために二人で織った特製のものだ。

 油田を泳ぐ黄金の魚、なんてバカバカしい噂話を信じて、確実に捕まえるために用意した特別な網。警備の厳しいこの洞窟に侵入するチャンスは、今日を逃せば二度と訪れないだろう。

 失敗は許されない。

 網を持つ手が汗で滑りそうになった。

 一刃の持つ竿が、少し沈んだ。

「七瀬!」

「はい」

 摩擦で火花を起こさないように、注意しながら一刃は勢い良く竿を持ち上げた。

 黒い油面から、金色に輝く魚が姿を現した。

 大きく腕を伸ばして、その魚を網で受け止める。

「やったぁ」

「ああ」

 真っ暗な洞窟で、その魚だけが光輝いていた。

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