11話 管制塔

位置情報を頼りにして、町の西門から数百メートル離れた場所まで歩いてきた。

「おかしいな。マップによれば、この辺りの筈だけど…」

「…何もねぇな。」

そこには白い空間と適当なオブジェクトが散らかるだけの、無機質な景色が広がるだけで、周囲に建物らしいものは見つからなかった。

しかし、マップ上の「管制塔」の座標は確かに

この場所を示している。

「おい…まさか奴の罠とかじゃねぇよな?」

「罠じゃないよ、君達はもう辿り着いてるよ。」

痺れを切らしたサガミの発言に答えるように、辺りに少年の声が響く。間違いない、この声は…

「カヤツリ!?」

「何…?奴がいるのか、どこにいる?」

サガミは即座に槍を構え周囲を見回すが、誰もいない。

そして、また少年の声だけが響く。

「もちろん、管制塔にいるよ。あーまだ表示してなかったのか。普段は見えないようにしてるからさ、ゴメンゴメン。」

カヤツリがそう言い終わると同時に、地面が大きく揺れた。

突如、次々と巨大なオブジェクトが出現した後、それらが一体となり、俺達を取り囲むようにして1つの施設が出来上がった。

しかしその施設は外見からして、「管制塔」というイメージからは少し外れているような感じがした。

「この建物が管制塔だってのか?それよりは…まるで「学校」みてぇな…」

茫然としている俺をよそに、サガミは周囲を見回しながら呟く。

目の前の光景について、サガミは俺とおおよそ同じ感想を抱いているようだった。

唯一違う点を挙げるとすれば、目の前の建物が『俺にとって見慣れたものである』という点。


「これ、雪高?なんで…?」

自分の名前以外の記憶はハッキリしている。外観が似てる学校なんて日本中に山程あるにしても、教室の窓硝子の位置・形状、少し離れた体育館等々…ここまで似ていれば疑う余地もない、これは俺の通ってる高校だ。

いつの間にか俺達は学校のグラウンドの中心に立っていた。

しばらく呆気にとられていると、またアイツの声がした。

「うん。外観は都立雪落高校と同じものにしてあるけど、これはまぁクルクマ君に合わせた訳じゃなくて、僕もここに在学中でさぁ。たまたまなんだよね。」

今明かされた、割りとどうでもいい、が。

衝撃の事実。

「いや僕も最初はおどろいたよ。最後に残った管理者候補の君が、同じ学校の人だったなんてね。まあ今はそんなことよりさ_ 」

「僕に話があるんでしょ?管制塔に来てくれたってことはそうだよね?」

…そうだ。今は目の前の事より、やるべき事を果たさなければならない。

俺は気を取り直して、実体のない空中の声を睨み付けた。

「ああ、お前に話がある。管制塔の最上階にいるんだったな?」

「そうだけど…場所わかる?管制塔(がっこう)の最上階といえば、ほら。」

カヤツリが言いたいのは、多分…屋上の事だ。校舎の中央階段を最後まで上がって、ドアを開ければ入れる。

「…伝わったみたいだね?今、管制塔のドアの鍵

は全て解錠したから、何処からでも入れるよ。じゃ、話は会ってからで。」

一方的に声が途切れた。まぁ俺も、ここでアイツと長話する気なんか無い。

「…行こう。」

「おう。しかし、何処から入るんだ?」

サガミが俺に問う。

「正面玄関から入る。そこが屋上に行ける階段に一番近いから。」

「なるほどな」

俺達は正面玄関まで歩いて入口の大きな扉を開け、中に入った。

内装は細かい所までしっかり再現されている。

ただ1つ。校舎内の雰囲気に違和感があった。

それは、なぜか「文化祭の準備、装飾がなされていること」だったが、今それらに反応している場合ではない。気になることがあれば上に行って直接聞き出せば良いのだ。

まあ、これに関してはそこまで興味ないけど。

そんなことを考えながら俺達は階段を上り、最上階の踊り場、屋上ドア前へ辿り着いた。

「この先に、カヤツリがいる…」

「俺はいつでも良いぜ、ドアを開けるのはお前のタイミングに任せる。」

サガミは既に槍を手に持ち、強く警戒している。

俺は恐る恐るドアを開け、屋上に出た。

さっきまで真っ白だった外の世界は、いつの間にか暗くなっていた。空には星のような小さな光がいくつも見える。恐らくカヤツリが演出として、空間に夜のテクスチャでも貼ったのだろう。

数秒後、屋上用のライトが点灯し始めた。

明かりが点ききった所で、20メートルほど先に

一人の少年が居る事に気付く。

俺達はそれの半分くらいの距離まで近づいていった。

「カヤツリ…!」

「ようこそ《クルクマ君》。管制塔最上階へ。

さぁ、僕に話があるんだろ?早速聞かせて貰おうじゃないか。」

「すまん、ちょっと。」

口を開こうとした俺を遮るようにして、サガミは少年に問いかけた。

「先に俺から質問していいか?」

「ん?君は一般プレイヤーの…サガミさん、か。まぁいいか…質問どうぞ。」

「…俺は「町」を拠点にして、バグエネミーになっちまった一般プレイヤーの排除を行ってきた者だ。単刀直入に聞く、この世界に飽きたらず、なぜあんな残酷なモンを作りやがった?」

「必要だったから。」

少年は即答した。

「はぁ?必要って、そりゃどういうことだ?」

先程から平静を保っていたサガミの表情は、みるみる強ばっていく。

「うーん。簡単に言うと、ここに入った人の意識を、こちらでコントロールするシステムを今開発してるんだ。バグエネミーに関するシステムはそれの、「試作の試作のまた試作」って感じかな?」

少年は表情を変えず、淡々と喋る。

「試作…だと?お前、人の命を何だと思ってやがる!?」

「人の命って。殺して回ってたのは君だよね?僕は感染者が暴走するようなプログラムを組んだけれど、感染した人が死ぬような物じゃないよアレ。僕はコントロールしたかっただけだってば。わかる?」

「…わからねぇな。暴走して、自分の体を食いちぎって死んだ奴もいた!!第一お前はなぜそうまでして、人をコントロールしたがるんだ!?」

「…それは、一般プレイヤーでしかない君には関係の無いことだよ。話す必要は本当に無い。」

一転して、少年の男を見つめる目は冷酷な物へと変わった。

「もう質問は終わりで良いよね?僕は元からクルクマ君にしか用が無いんだ。」

少年はそう吐き捨てると、目の前に透明なタッチパネルを出現させ、粗雑に操作した。

「…108匹でいいかな?グラウンド入りきらないし。」

「てめぇ何を、するつもりだ!!」

槍を構えた男は少年に突撃するが、突如目の前に現れた黒い穴に吸い込まれ姿を消した。

「…サガミ!!」

「大丈夫だよ、今はグラウンドにワープして貰っただけだから。まぁ、これから大量のバグエネミーにもみくちゃにされるんだけどね。」

少年はそう言うと悪辣な笑みを浮かべた。

「何だと…!助けに行かないと…!!」

「無駄だよ。ドアはもう開かなくしたし、屋上の空間にバリアも張ったからね。」

「…これで邪魔者はいなくなった。さあ、今度こそ話し合いを始めようじゃないか。」

このままだとサガミは死んでしまう。

ここから出るには、カヤツリと決着をつける他に…無いみたいだ。俺の持てる物全てを使って、なんとかなるか?

深呼吸をして心臓を落ち着かせてから、俺は口を開く。本当は落ち着きなんかしないけど、そう思い込むようにした。

「カヤツリ、お前の目的は…何なんだ!?」

「前にも言った事だけど、君が管理者になってくれるなら僕の目的を共有するよ。」

「俺も前に言った!!、ここの管理者にはならない!!」

「うーん、平行線だね。じゃ、君がもっと興味を持つように、少しだけなら教えてあげよう。」

カヤツリはどうしても、俺を管理者にしたいようだった。

「このゲーム…いや、この世界はね。ある人に頼まれて作った物なんだよ。まだ完成してないけどね。そしてその人が望んでいるものは…人類の平穏なんだってさ。良く分かんないよねぇ?うん…ここまでかな。これ以上は教えられない。」

俺は、今カヤツリが言ったことを頭で整理する。

この世界は…頼まれて作ったもの?それが、依頼者の考える人類の平穏に繋がる?こんな世界が?

「どうかな、少し興味持ってくれた?」

カヤツリは無邪気に俺に問いかける。

「カヤツリ、…やっぱりお前は間違ってる。平穏を目指してるのに、どうして人を死なすんだよ?」

「それはほら、技術の確立には「犠牲はつきもの」って奴だよ。でも、何となく目的は掴めてきたみたいだね。…うん。」

カヤツリはそう言うと真剣な表情で俺の目を見据えた。

「…これが僕からの最後の質問になるかな。それで君は…どうする?やっぱり管理者になるのかな。」

俺はこれからどうするか、そんなのもう決まっている。カヤツリを倒して、皆をここから出す方法を見つけることだ。

ただ、具体的なやり方は思い付かなかった。

カヤツリと正面から戦っても、多分勝てない。

ここから脱出することも叶わない。

サガミが、俺の命の恩人が死にそうになってるのに、俺は何も出来ない。

そんな今の俺に出来る事はなんだ?考えろ考えろ、考えるんだ。何か見落としてることはないか?今この状況を打破するために何が必要だろうか?俺に今必要な物、いや、俺にとって本当は余計だった物、それは…


「…………それしか、無いよな。」

俺はもう一度、少年の前に立って、力なく呟く。

「…答えは出たみたいだね。聞かせて貰おうかな。」

ただの少年に。カヤツリに向かって俺はハッキリと、唯一の答えを叩きつけた。






《全て巻き戻し(ロールバック)だ。》





「え?」

唖然とする少年。

その答えだけは予想してなかった。そう言う顔だ。

瞬間、周りの全ての物が勝手に、規則的に、動き出す。

「なんだ、これ。クルクマ君…?何を?」

数秒後、カヤツリは少し後ろに体が引き寄せられた。

そして、少年の目の前には黒い穴が出現し、そこから先程自分がグラウンドへ放ったはずの男が飛び出してきた。

「これは…ロールバック!?

…こんな速さで時間を戻すなんて、やりすぎだ。君にそこまでの権限はないはずだ!!それになぜ…」

「それになぜ!「僕に感知できなかった」!?

管理者であるはずの僕が!!」

取り乱す少年に向かって俺はこう言い放つ。

「カヤツリ。お前は今、本当に管理者なのか?」

「?何を言って…!!!!!」

少年は空間から透明なタッチパネルを取り出し、ユーザー情報を確認する。しかしそこに管理者であることを示す表記は、無い。

「なぜだ…なぜ…。」

「教えてやるよ、カヤツリ。俺がお前にしたことをな。」


俺が下した決断。それは、今余計なプライドを棄てる事だった。

冷静に考えれば、俺がこのゲームの管理者になることを選べば、恐らくグラウンドにいるサガミも助けて貰えるし、今後この世界をどうするかについて、俺の意見も建設的に聞いて貰える。

単純に、管理者になりたくない。というのは俺の意地でしかなかった。

一度管理者の立場に立って、それを利用することが俺がカヤツリに勝利する唯一の方法だったのだ。

俺は最初のカヤツリの問いに、「管理者になる」と答えて、それから現実で仲間のフリをして、1年間共同開発をした。

そして、ここのシステムについて調べに調べて、ついに本人に気付かれないように、カヤツリを管理者から除外することに成功したのだ。

そうして、記憶改竄したカヤツリをこのシステムに誘い込み、あの日のデータを局所的に再構築することによって俺はここに戻ってこれたのだ。

勿論。システムを改良したことによって、1年後もサガミ達は生きている。

「…そうか、そういう…ことか。僕の敗けだよクルクマ…君」

カヤツリは目の前の事象にただ身を預け、弱々しく呟く。

「ああ、俺の勝ちみたいだな。」

時の巻き戻りが加速し、カヤツリはすぐ見えなくなった。今までの光景が高速で目の前を通りすぎて行く。

「そう言えば、色んな事があったな…」

最後に俺は、最初にいたあの場所に着いた。

白い空に白い床。所々に岩や草のオブジェクトが配置されているだけの、不思議な空間。

俺はそこに横たわって目を閉じた。

そしてすぐに、真っ白な光が俺の視界を包んだ。




(続く)

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