4話 クエストクリア

「…そんで、兄貴のPCに触れたらここに来たってか。そんなこともあるんだなぁ」

一度落ち着いて、サガミに今までの経緯を伝えた。

自分で話してみて気づいた事だけど、この世界に飛ばされる前と後の事、兄貴の事とかはしっかり覚えていて、自分の名前だけがさっぱり思い出せなくなっているようだ。

今置かれている状況についてはなんとか理解できたつもりだけど、不安と焦りがどうしても拭い去れない。早くこの世界から抜け出したい。

「えっと。俺はこれからどうすりゃいいんすかね…ここに長く居すぎると死ぬって…」

「結論から言うと、ゲームクリアでこっから出れる。」

サガミははっきりとした口調で答えた。

「ゲームクリア…って具体的には?」

「ここに入ってきた人間には、このゲームから出るための課題がそれぞれ課される。それがさっき俺が言ったクエストって奴だ。クエストを全てクリアすると《脱出パスワード》がもらえる」

「つまりそれって…」

「そう。自分の本名さね、名前を思い出して、晴れてゲームクリア、脱出って訳だ。下らねぇだろ?」

淡々と説明する口調とは裏腹にサガミの表情は強ばっている。あまりの理不尽さに憤りを隠せないって感じだ。

「悪ぃ、説明してたらイライラしてきてよ…」

「いや…しょうがないっすよ。俺もこんなのおかしいと思うし…」

「そうだな、キレても何も始まらねぇ。よし!今から「クエスト」やってみるか?」

「おっ…始めるんすね!もちろんやるぜ!」

「その意気だ!今日はお前のクエストを手伝ってやるよ。低級の《モンスター討伐》ならすぐ終わると思うぜ」

「はい!…所で俺のクエストってどうやって確認するんすか?」

「あぁ…目の前の空間に、こう、頭で念じるイメージ?でメニューを出現させてだな、そこのクエスト欄から選べばいい。」

だいぶざっくりした説明だったけど、何となくその通りにやってみたら、本当に目の前に半透明の電子ボードが出現した。

「すげぇ…えーと《クエスト欄》は、…ん?」

「どうした」

「俺のクエスト欄、真っ白なんすけど。」

「…は?そんな筈ねぇ。ここでは誰しもがクエストを…マジだ。」

衝撃の事実。唯一この世界から出る手段である「クエスト」が俺に課されていないのだ。

俺が軽く絶望、いや、非常に絶望していると。サガミが何か呟き始めた。

「まさか…これがこいつの《バグ》か?」

俺は新たな単語を耳にする。

「え…?《バグ》って?」

「バグってのはな…クエスト中に説明しようと思ってたんだが、今説明しよう」

「まず、このゲームのシステムはスゲーよく出来てる。人の精神を幾つも吸い込んじまうくらいにはな。だが、よく出来てるが故に欠陥も幾つもあって、それが俺らの身体にも大体一つはある。」

なんだそれ、この世界はそんなに雑に作られたゲームの中だっていうのか?そう言われてみると、今いるこの広い空間も、まるでデバッグルームみたいな…作りかけのゲーム画面のような感じが…

「…とにかく、レベルは上げとけ、ステータスの向上に繋がるし、戦闘も命懸けだからな。

協力プレイでも経験値は全プレイヤーに同値入る。今は仕方ねぇから俺のクエストやるか。」

「あ、あぁ」

とりあえずサガミの指示に従った。

「俺がクエスト選択して、近くにいるお前を招待する。お前はそれを承認すりゃ協力プレイ出来る」

目の前のボードにサガミからの招待が届き、承認のボタンを押した。

「さぁ来るぜ、今回は大戦兎(おおうさぎ)1体の討伐クエストだ。」

「お、俺はどうすれば?」

「今は下がってりゃいい、それだけで勝手に経験値が入る。」

「なるほど!」

俺はサガミから少し距離をとった位置で待機した。

『_クエスト開始です』

機械的なアナウンスから数秒後、全長6メートルを超えた塊が目の前に現れた。

その姿は、大きな角が額に付いていて、灰色の体毛に血走った黒い目をした兎のようなナニカだった。

「いいか、そっから動くなよ!こいつ程度でもお前は巻き込まれりゃ、タダじゃ済まねぇ!」

そう俺に忠告すると、鎧を纏った騎士は、目の前の空間から長槍を取り出し兎に向けた。

仕掛けたのは敵の方から。牙を剥き出しにし、一直線に突進してくる。

「来い…!はぁっ!」

男は、獣の鎌のような牙を槍で上手くいなし、獲物の眉間目掛け思い切り突き刺す。

兎は悲鳴をあげ、その場で体制を持ち直そうとするが、しかし何度もよろめく。

「上手く効いたみたいだな、この毒槍が!」

男の長槍には毒が仕込まれており、それが兎の神経系を蝕んでいるのだ。

「さぁ仕上げだ…そらっ!!」

男は兎に近づき、とどめの一撃を喰らわせようとするが、その一瞬。兎は大きく飛び上がり、その槍を優に飛び越えた。

「なっ、しまった!!後ろにはあいつが!!」

「え…うわあああああああああああ!!!」

飛びかかってくる兎に俺は何も出来ず。ただ八つ裂きにされた。

『_プレイヤー1名脱落しました』

その機会的な音声と共に俺の死亡が確定した。

はずなのだが。

「あれ…?」

俺の意識はハッキリとしている。今バラバラにされた身体も元通りだ。しかし、目の前には静止したサガミと兎の姿が。

それらは唖然としているのではなく完全に停止している。

「どうなってんだ?」

とりあえずサガミに近寄ってみたが、反応はない。そしてある事に気がつく。

「何だ?このボードの…停止ボタンみたいな…」

マークに触れた瞬間、両者が動き出した。

「なっ…お前、いつの間に…!?」

「いや俺もわかんなくて…死んだと思ったらいつの間にか元通りになってて…」

俺の言葉を聞き、サガミは安堵した表情を見せたが、すぐに敵の方を向いた。

「よく分からねぇが…無事ならいい、やられねぇようにもっと距離をとってろな…」

「わ、分かった」

「俺も次はしくじらねぇよう、確実にヤツを仕留めるからよ」

男はニヤリと笑った。

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