第7話 俺の本体は『眼鏡』じゃねぇよっ!!



 走るのは不得意ではないが、得意でも無い。

 しかし幸いと言うべきか、そんな俺の運動神経は結果に大して影響しなかった。


 アイツは札の所まで一位先行していた上に、『借り物』を得るまでの時間的なロスもほとんど無かった。

 そのお陰で、ぶっちぎりで一着ゴールだった。



 アイツの腹部がゴールテープを切った所で、掴まれていた腕が解放される。


 急な全力疾走を強要された俺はやっとの事で突然の任務から解放されると、すぐさま膝に両手を突いた。

 両手に上半身の体重を預けて中腰になり、肩でハァハァと息をしながらアイツを見上げる。



 忌々しい事に、アイツは何故か息切れなんて微塵もしていなかった。


(……まぁコイツは運動部だし、仕方が無いんだろうけど)


 俺は帰宅部だ。

 普段の運動は体育くらいなものだから、こういう所で差が出るのは仕方が無い。


 そう自分を納得させていると、視界の端にこちらに向かって小走りでやって来る者がいる。


「さて、それでは1位の方にインタビュー! 借り物は何だったんですか?」


 人影の正体は、司会進行をしていた放送部員だった。

 彼女はどうやら勝利者インタビューをする役割を担っているらしい。

 ブースからグラウンドの真ん中まで出張してきていた。


 彼女に応えて、アイツが借り物の書かれた紙を手渡す。


 結局何の借り物だったのか、俺も知らずに此処まで引っ張ってこられた。

 だからその正体が気になって、横から紙を覗き込む。


 そして思わず目を剥いた。


「……眼鏡?」


 紙に書かれていたのは、放送部員の呟きどおり『眼鏡』の文字だった。


「あぁ?!」


 思わずそんな声を上げる。

 だって、眼鏡ならば別に俺じゃなくても良かった。

 その辺の誰かだって持っていただろう。


 それに。


「お前これ、俺が一緒に走る必要なんて全く無かったじゃねぇか!! それとも何だ? 俺の本体は『眼鏡だ』とでも言いたいのか?!」


 眼鏡が欲しかったのならば、言えば渡してやった。

 なのにその説明さえ省いて、コイツは俺を無駄に走らされた。


 そんな徒労に対する、怒りと呆れ。

 それらを込めた悲痛な叫びは、予想外にも会場内に響き渡る事となる。

 どうやらすぐ隣に居た放送部員が持つマイクに、音声が乗ってしまったらしい。


 お陰で俺は会場に居る全員にそのツッコミを聞かれ、尚且つ意図しない笑いを誘う羽目になってしまった。

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