第6話 鷲掴みにされ、走り出す。
例えば、体育祭では。
当日の昼前。
俺はその時丁度、体育祭実行委員としてグラウンド正面の本部テントに詰めていた。
プログラムは、借り物競争。
俺はそれを、他の実行委員と共に眺めている。
選手の中にはアイツの姿もあった。
「あ、出てる」なんてと思いながらなんとなく眺めていると、アイツがスタートラインへと立つ。
そして、パンっという音と共にスタートを切った。
アイツは球技も上手かったが、走るのも早かった。
誰よりも速くコースを駆け抜け、借り物札へと手を伸ばす。
(何でコイツ、スウェーデンリレーや100メートル走じゃなくてこんなのに出てるんだ?)
借り物競争は障害物競走と同様に、比較的足に自信の無い奴が出る競技だ。
単純に走る以外の物を要求される為、勝敗を運や足の速さ以外の身体能力にゆだねることが出来る。
しかし逆に、それらは競技の中で純粋な走りを邪魔する物があるという事だ。
だからそもそもアイツの様に単純な足の速さで勝負できる様な奴はこの競技を選ばない。
そんな疑問を抱いたところで、ちょうど手元に種目毎の選手一覧を見つけた。
ペラペラと捲り確認してみたら、スウェーデンリレー・100メートル走共にアイツの名前が上がっている。
(確か、個人種目は一人2種目までの出場だった筈だけど……)
などと思いながら借り物競走の欄を確認してみたら、そこには別人の名前が挙げられている。
しかし二重線で消してあり、代わりにアイツの名前が手書きされていた。
(……なるほど、誰かの代打か)
おそらく出場者が何らかの理由で出られなくなり、その代わりにでも抜擢されたのだろう。
俺がそんな事を確認している内にも、協議は続いていた。
俺が視線を戻してみれば、丁度札を確認し終えたところの様だ。
誰よりも早く、走り出す。
借り物競争と言えば「○○持っている人ー」等と、周りに呼びかけて回るのが主流だ。
その方が周りも協力しやすい為、ありがたい。
しかしアイツは違った。
(ん? 何かこっち向いて走ってきてる……?)
アイツはまるで自分の借り物がどこにあるのかを最初から知っているかの様に、わき目も振らずに走っている。
しかも俺の思い違いでないならば、まっすぐとこちらへ向かって。
もしかしたら、アイツの引いたお題は本部テントにある『何か』なのかもしれない。
ならば確かに皆に自分の借り物をわざわざ周りに触れ回る必要は無い。
(クラスは違うが、体育祭のチーム分けは同じだ。仕方が無いから協力してやるか)
なんて考えながら、俺はキョロキョロと辺りを見回して周辺物を確認する。
その時だった。
「ねぇ、ちょっと来て!!」
相変わらず主語は無い。
でもその物言いに、あまりにわき目もふらずこちらに走ってくる様子も相まって「俺関係の『何か』か?」と思わせるには十分だった。
だから自分で自分を指差して「俺?」と無言のまま尋ねる。
しかしアイツは、それに答える手間さえも省いた。
「早くっ!」
すぐ目の前へと走り込んでくるや否や、アイツは指差していた俺の腕を躊躇なく鷲掴みにした。
そして思い切り引っ張る。
突然晒された引力に、俺は酷く驚いた。
同時に予期せぬ接触に、アイツが掴んだ所がカッと急激に熱を帯びる。
俺の鼻が、高い位置で括られたアイツの髪からふわりと香った甘さを敏感にキャッチする。
心臓が大きく、早鐘を打つ。
(ち、違う! これはアイツがのせいじゃなくて……そう! 走ってるからだ!!)
熱いのも、いやに甘さが鼻孔を掠めるのも、心臓が煩いのも。
全ては突然の運動のせいだと言い訳して、引きずられるままに俺は走った。
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