第8話 ちょっと待て、逃げ道なんてないじゃないか。



 例えば、文化祭では。



「はぁ?! いつの間にこんなっ! 絶対に行かないからな! お前1人で行ってこい!!」


 文化祭当日、俺はアイツにそう叫んでいた。




 実行委員が行うべき作業は、当日にも色々とある。


 体育館の舞台で行われる出し物の監督・進行。

 当日に必要になった学校備品の貸し出し・管理。

 各所のトラブル対応、等々だ。


 その内の1つに、『現場視察』というものがある。



 この作業の主な仕事は、アトラクションの内容が申請通りか、安全面での問題は無いかの確認をする事だ。


 しかし1人で校内の出し物全てを回る事は、時間的に難しい。

 それに体育館での作業に従事する者も備品管理を担当する者も、みんな平等に文化祭を楽しみたいし、楽しんでもらいたいとも思う。


 その為『現場視察』は、みんなにそれぞれ分担される。

 委員たちは2人1組になり3~4か所を回る。

 そうやって運営サイドとして文化祭に参加する傍ら、校内を歩いて文化祭の雰囲気を楽しみ、途中で買い食いなどをして過ごすのだ。



 視察で回る場所は表形式に纏めら、予め面々に配られている。


 それが、正に今。


「はい、これ。変更があったから」


 そう言って『現場視察』のペアにであるアイツから、変更後の紙を渡されたのだが。


「何で俺がお化け屋敷を回る事になってるんだよっ!!」


 他は分からないが、俺の持ち場は1カ所変更があった。

 それが丁度、その部分だ。



 別にお化け屋敷が怖いとか、そういう訳では無い。

 断じて違うのだが、それでもきちんと意義を申し立てておきたい。


「っていうか、何で当日になって場所の変更なんてあるんだよ!」


 再割り当ての内容も不服だが、そもそも当日になって突然変更なんて迷惑極まりない。


「え? 2週間前にはもう変更はされてたよ?」

「はぁ?! 俺は今知ったんだけど!!」

「そりゃぁ今渡したからね」

「はぁ?!」


 思わず噛みつく様な俺の質問に、あろう事かアイツは当たり前の様な口調で切り返してくる。

 さもそれが世界の常識である様な顔をしているアイツに、無性に腹が立つ。


 しかし小首を傾げながら言ってくるのでどうにも憎み切れない。


(……いや、違う。「可愛いかも」なんて、全く、これっぽっちも、1ミリだって思ってはいない。寧ろ憎たらしさが倍増だ)


 大丈夫。

 顔が熱いのだって、きっと怒りのせいだ。



 と、此処で俺は「あれ?」と思った。

 確かこの間も、どこかでコレ系の話をした様な気が……あっ!


(そうだ、アイツとしたんだ。あの雷の日! くっそ、もう諦めたと思って気ぃ抜いてた)


 不覚をとったのだと気付いて、思わず頭を抱える。



 そんな事をしていると、俺がその場から動かない事に痺れを切らしたのか。

 アイツが突然、俺の腕を取ってグイグイと引っ張り始めた。


「さぁ、じゃぁ行くよー!!」

「ちょっ!! 俺本当に嫌だから……!」


 力一杯引っ張ってくるので、俺も力一杯足を踏ん張って抵抗する。

 お陰で俺はへっぴり腰の状態で女子にズルズルと引き摺られるという、何とも残念な様になってしまう。


(くっ、これが運動部と帰宅部の格差か……!)


 なんて考えていると、アイツが楽しそうに笑った。


「大丈夫、大丈夫。もしも怖かったら私の腕ギュッてしてても良いから」

「だっ、誰がそんなことするかぁーっ!!」


 その言葉通りの行動をする自分を、ついつい想像してしまった。


 だからだろう、否定の圧が必要以上に強くなる。


 熱が急激に、顔へと集中する。

 顔色は多分、さっきまでよりも一層ひどい状態になってしまっているんじゃないだろうか。


 嫌な事の上に変な事を乗せされて、俺の脳内はもう大混乱だ。


(……いや、今はソレが問題なんじゃない。話を戻そう)


 膝の辺りに掛かったアイツの手をバッと振り払って、一度深呼吸をする。

 そうして気を取り直してから、実際問題どうにかできるものなのかについて今度は真面目に考え始めた。



 アイツ曰く、『現場視察』の分担が変わったのは2週間も前の事らしい。


 元々の担当者に今更「やっぱり変えてくれ」と言ったとして、融通が利くだろうか。


 少なくとも俺なら、当日にそんな事を言われたら嫌だ。

 先程正に自分がそう思ったのだから、それを強要する事など出来る筈も無い。


 もう既にその場所込みで今日の予定を考えているかもしれないと考えれば、猶更相手に切り出しにくい。

 どちらにしても、俺の現状を知らない相手から見れば間違いなくこちらの我儘に見えるだろう。


 任された事に対して自分の我儘で相手の都合を狂わせるような事は、出来れはしたくない。


(……結局俺に、逃げ道なんて無いじゃないか)


 結果、俺は海の底よりも深いため息を吐く事となった。


「お、意志は決まった?」


 仕方が無しに腹を括った所で、絶妙なタイミングでアイツが声を掛けてきた。

 お陰で俺は反射的に仏頂面へと表情を変える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る