第2話 驚きと感嘆は一瞬で。
アイツと初めて会ったのは、1階の渡り廊下だった。
5月の事だ。
丁度高校一年の一学期中間テストの結果が返って来た頃だ。
とても天気が良い日だった事を、良く覚えている。
次の授業が英語の移動教室だった為、俺は友人と二人で教科書やらノートやらを抱えて歩いていた。
その時に通りかかったのが、1階の渡り廊下だった。
渡り廊下に差し掛かったところで、突風が吹いた。
「あーぁ、残念。『春の季節』『突風』と来れば、翻るスカートなの――ふべしっ」
友人が隣で馬鹿な事を口走りそうになったので、すぐに脳天にチョップで黙らせた。
「ちょっ! 話してる途中にそれは止めてよ! 舌噛んじゃったらどうするの?!」
「どうもしない! 自業自得だろうがアホ」
向こうから女子達が丁度歩いてきてるんだ、そんなアホ抜かしてるな。
俺が同類だと思われるだろ。
呟く様にブツブツとそう言えば、友人から「それはね、オープンとムッツリの違いでしか無いんだよ?」と、ニヤニヤしながら言ってきた。
無性に腹が立ったので、もう一度チョップをお見舞いしておいた。
そんなアホなやり取りをしていた時だ。
進行方向、約2歩ほど前に紙が滑り込んできたのは。
(多分先程の突風に煽られたんだろう)
なんて思っていると、前方の女子集団から1人が飛び出した。
1人だけ慌てている所を見ると、おそらく彼女の持ち物なのだろう。
(これ以上飛んだら、追いかけるのも大変そうだ)
そう思って、俺は地面に落ちたその紙へと手を伸ばす。
「あ、ごめん。ありがとう!」
上から謝意が振ってきたので、その声に答える様に顔を上げた。
するとそこには先程突出したあの女子が居た。
少しホッとした様な表情をしていたので、やはり此処で食い止めたのは正解だったのだろう。
女子に笑顔でお礼を言われれば、一高校生男子としては嬉しくない筈が無い。
俺はその紙を渡しながら、笑顔で「どういたしまして」と答え――ようと思った。
紙を差し出す時、その紙へと視線を落とすまでは。
あとから思えば、この些細な行動がいけなかったんだと思う。
その紙自体は、俺も良く知る物だった。
(高校一年生の、化学のテストの答案用紙か)
瞬時にそれを判別し、「同い年だな」なんて漠然と思った。
しかし次の瞬間。
その目に飛び込んできた点数に、思わず言葉が口を突いて出た。
「12点って」
その時俺が抱いた感情は、あくまでも驚きと感嘆だった。
絶滅危惧種にでも遭遇したかの様な、そんな心情だった。
その点数を貶めるつもりなんて微塵も無かった。
少なくとも俺は、こんな点数の答案を見た事が無い。
というのも、元来俺は友人と答案用紙を見せ合ったりはしない。
だから添削済みの他人の答案用紙は、基本的に見る機会が無い。
尚且つ俺は、テストの点数が総じて良い方だ。
自慢じゃないが、少なくとも平均点の10点オーバーを割った事など今までの人生で一度も無い。
つまりあれは、俺の住む環境が生んだ『事故』だった。
しかし驚きも感嘆も、その女子の次の言葉で全て吹っ飛ぶ事になる。
「頭良いからって初対面の相手に上から目線でそんな事言うなんて、ちょっと失礼過ぎるでしょ! アンタなんか、うーんと……チビの癖にっ!!」
「はぁ?!」
思わず声が裏返った。
俺には色々とコンプレックスがある。
しかしその中でも一番のコンプレックスが、平均的な男子よりも背が随分低い事だ。
それをアイツは指摘してきた。
「何だと?! 折角拾ってやったっていうのに!!」
正に『売り言葉に買い言葉』だった。
あの時の俺は、俺にしては珍しく頭に血が上っていた。
それも急激に上った物だから制御が聞かなかった。
結局この後、両者が共に言葉の応酬を始めた所で互いの友人に止めに入られた。
腹は立つが、周りに迷惑をかけるのは本意ではない。
その日は仕方が無く、引き下がった。
……後から知った事だが、どうやらアイツはあの点数を「流石にヤバい」としきりに気にしていたらしい。
悪気は無かったとはいえ、あの時弁解をせず簡単に言葉を買ってしまったのは悪かったかもしれないなとは思う。
しかしそれにしたって、大して仲良くも無い相手の身体的特徴を引き合いに出すのはどうなのか。
今でもそう、思っている。
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