気になるアイツに「放課後残ってて」って言われたけれど。

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第1話 俺はアイツと約束する。



 ――最近、どうも落ち着かない。


 理由は簡単、今前から歩いてきているアイツのせいだ。




 時刻は丁度昼前。

 休み時間の廊下には、沢山の生徒たちが歩いていたりたむろしていたりする。


 そんな中さえ、いつもアイツはすぐに見つかる。


 確かに原因は俺にもあるだろう。

 しかし同時にアイツにもあると思う。



 アイツはいつも、何かと言えば無駄に目立つ。


 落ち着きが無くて、騒がしい。

 加えて背も、女子にしては高い。


 だから探すまでも無く分かる。

 もっと言えば例え見えていなくても、声の方向とかで大体の居場所は分かる。


 ……否、コレは俺特有かもしれない。



 今日もそうだった。

 友人と話しながら廊下を歩く。

 ただそれだけの事なのに、何故かアイツはしきりに視界へと入る。


(……何だ? 今日はちょっといつもと違う様な気がする)


 そんな不自然さを感じたのは、アイツがいつもと違って静かだったからだ。


 いつもはこちらを見つけると、距離なんてお構いなしに食って掛かってくる。

 なのに今日は、それが無い。


 ちょっと、気になった。

 しかし俺は気にしない振りをする。

 そうやって、自身の感情を取り繕う。


 それが『落ち着かなくなる前の俺』的には、きっと正しい行動だった筈。

 そう、信じて。


 すると。


「ねぇ、ちょっと」


 声を掛けられた。

 その声に、思わず視線が引っ張られる。


 別に名指しされたわけじゃない。

 なのにそんな反応をしてしまったのは、きっとアイツの物言いのせいだ。


 アイツがあんな言い方で人を呼び止めるのなんて、俺相手でしか有り得ない。

 俺に対してはいつもこんな感じなくせに、他には意外と愛想が良いから。


 だから一層、素直になれない。

 どこかぶっきらぼうなアイツの声と言葉に対抗するように、俺はつい回りくどい小細工をしてしまう。



 アイツの居る場所なんて、もう既に分かっている。

 にも関わらず、俺はわざわざその声の主を探す様な素振りをしてみせた。



 アイツと俺との間には、まだ少し距離がある。

 この状況で、声の主がアイツで、名指しされていないのに相手が俺だと分かって、アイツが居る場所を探すまでも無く見つけようものなら。


(きっと「あれー? 何? どうしたの? やっぱり相方の事、気になるのー?」って、多分揶揄われるからな)


 そんな風に心中で呟いたのは、ただ単に『彼女への意趣返しに対する言い訳』がしたかったからだ。

 しかしすぐ隣を歩く友人を見ながらそんな事を考えて、気付いてしまった。


(――この友人なら、絶対にやるな。)

 

 友人とは中学からの付き合いだから、もうかれこれ3年以上の付き合いになる。

 勿論3年間も何だかんだでつるんでいるのだ、悪い奴という訳ではない。

 しかし。


(そういう所は信用している。勿論、悪い意味で)


 だから思わず苦虫を噛み潰したような心境にもなる。

 少なくとも今は、コレ系の話題には触れてほしくない。

 心情的に、とてもデリケートな時期だから。


 そんな事を考えつつ、しかしずっとそちらに思考を割いている訳にもいかない。

 アイツの声に答える為に、懸命に平静を装いながら答える。


「……何だよ?」


 「あ、居たの」という顔まで演技して見せて、歩きながら彼女と対峙した。

 するとアイツの元々の仏頂面に、また少し磨きがかかる。


(まったく。何でこんな、俺にだけ無駄に愛想の悪い奴の事なんて、気になるのか)


 自分でも、そんな自分が理解できない。


「今日の部活の後、そっち行くから残っててよ」


 『そっち』というのはおそらく、生徒会室の事だろう。

 俺が生徒会長をしている事もあって、放課後はそこに居る事もあるから。


「どうせ今日も放課後は生徒会室なんでしょ?」

「……そうだけど」


 今日の予定をまんまと言い当てられて、正直少し驚いた。

 答えにタイムラグがあったのは、そのせいだ。


(何で分かったんだ、コイツ)


 最初はただ素直に驚いた。

 しかし後から少しずつ、苛立ちの様な物が芽生えてくる。


 まるで休みの日に「どうせ暇でしょ?」という言葉で呼び出された時の様な、そんな時の心境だ。

 「確かに暇だけど、なんか気に食わない」みたいな。



 しかしだからといって、別にその申し出を断る理由も俺には無い。


「……別に良いけど」


 理由が無いから『仕方が無く』、俺はアイツにそう答えた。


 アイツの事だ、こちらが拒否した所で無理矢理やってくるかもしれない。


 此処で断って、後で「果たして来るのか、来ないのか」と頭の中をグルグルさせるよりは、最初から来ると分かっている方が余程健康的だろう。

 そんな理由を付けた。



 俺達の会話は、たったそれだけだった。


 元より廊下を互いに移動中なのだ。

 互いに足を止めでもしない限り、このくらいの会話しか出来ない。



 互いに互いの横をすり抜ける。

 その時俺の友人が、アイツら一行へ向かって「ばいばーい」と手を振った。


 アイツらと俺達は、何だかんだで顔見知りだ。

 すれ違えば挨拶くらいはする。



 アイツの友人が、俺に向かっても手を振ってきた。

 それに微笑で答えていると、不意にアイツと視線が合う。


 心臓が、思わずビクリと飛び跳ねた。


 多分、だからだと思う。

 反射的に、俺はアイツから顔を背けた。


 ドキドキという波は、残念ながらそう簡単には引いてはくれない。

 しかしやっぱり気になって、俺はすれ違った後でアイツをチラリと見た。


 盗み見たアイツは、非常に不機嫌な顔をしていた。



 アイツとは、いつもこんな感じだ。


 会えば必ず何かしらの会話をし、喧嘩する。

 今日はいつもより静かめだったけど、結局その根本は変わらなかった。

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