不倫の末路

笠井菊哉

第1話

夫が若い女性を家に連れて来た。


仕事関係の女性かと思っていたら、夫は

「彼女のお腹には、俺の子供がいる。別れてほしい」

などと抜かすや否や、土下座した。


その間、女の子は泣くばかり。

「既婚者と知って、関係を持ったの?」

女の子に訊くと、夫は

「やめろ。ナギちゃんは身重なんだ。労りなさい」

不倫相手の味方をして、私を

「怖いオバサン」

と言った。


夫の事は好きだったが、この瞬間、私の中で何かが切れた。


高校生の長男も中学生の長女もボー然としている。


2人揃って吐きそうだ。


年頃の少年少女だから、無理もない。


ナギちゃんを慰める夫と、この先一緒にいられる自信がなくなった。

「分かりました。離婚しましょう。貴方は近日中に出ていって」

私がそう言うと、今まで泣きじゃくっていたナギちゃんが、

「どうしてオノダさんが出るのですか?」

初めて口を開いた。

「この家は、私の名義だからです。正確には、御先祖が建てた家を継いだだけだけと。御存知ないの?サトヒコさんは養子よ」


ナギちゃんが青くなったのを、私は見逃さなかった。


夕食の席で、私達は離婚するけど、とちらに着いていくのか子供達に訊いた。


これは、彼らの自由意思。


私にも夫にも決められない。


長男、長女はしばらく黙っていたが、長男が

「俺は父さんと行く。男同士、支えたいから」

そう言うと、長女も

「私もパパにする。ナギさんは赤ちゃんがいて大変だろうから、私が家事炊事を手伝うわ」

夫を選んだ。


1か月後、夫とナギちゃんからたっぷり慰謝料をもらい、泣く泣く夫と子供達を見送った。


2人に選んでもらえたというのに、夫は不満そうである。


ナギちゃんとの新婚生活をして邪魔されると思っているのだろうか。

そこまで最低ではないと信じているけれど。


4か月後。

夫のいない家には、私と子供達の笑い声が響き渡っていた。

「傑作だったよ、親父もナギちゃんも!!」

と長男。

「下手なバラエティー番組より、ずっーーーーと面白かった!」

滅多に笑わないちゃんが笑っている。


よほど、面白いものを見たのだろう。


それは是非見てみたかったと思う。


新居に夫だけではなく、子供もらいついて来たのでナギちゃんはご立腹だったという。

「コイツらはしっかり者だから、ナギちゃんを助けてくれるよ」

夫が宥めても、ナギちゃんの機嫌は直らない。


2人とも家事能力が異様に高く、何も出来ないナギちゃんに

「そんな事も出来ないのですか?」

を連発するので、更に機嫌が悪くなった。


そして、兄弟のような年齢差しかない連れ子の存在に、遂にナギちゃんは限界を迎えた。


私に支払った慰謝料が予想より高く、今までのようにブランド品だの海外旅行だの高級レストランでのディナーだのといった贅沢が出来なくなったのも手伝い、

「もう、無理!」

夫に離婚を申し出た。


お腹の子供はどうするのだと夫が訊くと、ナギちゃんは妊娠は真っ赤な嘘だと白状した。

「子供が出来たと言えば、サトヒコさんは離婚すると思ったし、そしたらあの大きな家で贅沢三昧の日々が送れると思った。婿養子だなんて聞いていない。連れ子にもウンザリ」

言いたい事だけ言うと、ナギちゃんは荷物をまとめて若い男性と逃げてしまった。


慌てた夫は、2人の子供に助けを求めた。

「お前達は、お父さんを見捨てないよな?」

と言う夫に2人は、

「不倫するような奴の味方なんて出来ない」

「もう、私達に近づかないでね、オジサン」

冷たくそう言い残して、この家に戻ってきた。


上手くいったと思った。


ナギちゃんは、まだ19歳。

妻子のいる47歳のオッサンを、本気で愛しているとは思えない。


ナギちゃんを家に連れて来た日、夫が彼女を家まで送りに行った時に私は、子供達にナギちゃんの化けの皮を剥がす方法を相談した。


すると、小説家志望の長女が今回のシナリオを書き、実行してくれた。


思った通り、ナギちゃんの目的は夫ではなく、この家の莫大な財産だった。


気の毒な彼女は、夫が婿養子であると知らなかったのだ。


私と結婚したお陰で曾祖父の創業したら会社に入社出来た上、「創業者の曾孫の夫」という理由だけで役員にもなれたのに、ナギちゃんと不倫して離婚したものだから、夫は会社を追い出されてしまった。


その後はガソリンスタンドのアルバイトで食い繋いでいたが、あまりにも仕事が出来ないのでクビになり、ナギちゃんに逃げられた後に借りたアパートの家賃も滞納し、追い出されたらしい。


離婚後、再会した夫は、薄汚れたボロボロのスエットを着てきて本当に惨めな姿であった。


「やり直そう、ショウコ。あの時、俺はどうかしていたんだ」

懇願する夫に、その気はないというハッキリと言った。

「どうしてだ。元夫婦なのに。情けはないのか」


夫に対する情けなど、ナギちゃんを連れて来た日になくしてしまった。


「貴方には1ミクロンの情けもありません」

と言っても夫は門に張り付いており、困っていたら学校から帰宅した長男が追い払ってくれた。


それから夫は来なくなった。


御先祖様から引き継いだ財産と、夫とナギちゃんからもらった慰謝料を使って長女を芸術高校文芸学科に入学させて、長男をドイツの医大に留学させてあげる事が出来た。


夫の消息は、依然不明のままである。


自宅近くの河川敷で、夫によく似ている人が寝泊まりしているの見たと、長女から聞いた。


しかし私は、確認に行く気すら起きなかった。

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不倫の末路 笠井菊哉 @kasai-kikuya715

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