第5話 日曜日夜
抵抗する間もなく、一瞬で車に引っ張り込まれた。
そのときの私は、事態が理解できなくて混乱してて。
落ち着いてきたとき、事態を理解して。
恐怖に、震えた。
……私、拉致された……!
どうして……?
車は走っている。
拉致された私を乗せて。
男たちは、5人居た。
1人は運転手。
4人が私を車に引っ張り込んだ連中。
「上手く行ったぜ」
その男たちの一人、サングラスをかけた黒いジャージの男がスマホで誰かと話してた。
見るからに、凶悪な雰囲気がする男だった。
そいつが、薄笑いを浮かべつつ、誰かと通話してる。
……こいつ、私の拉致の成果報告してるのか……
「ああ、言われた通り、ショートカットの女を……え……?」
この言葉で気づいたけど。
なんだか様子がおかしかった。
「あのエロボディ?……お前、幼児趣味でもあんの?」
「は?お前、ショートカットっつったじゃん!?え?金髪ショート?そんな女居なかったぞ!?」
「え?今はカツラ被ってるって言っただろ!?知るかよ!!もっとわかりやすく言え!!」
……電話越しに喧嘩を始めた……
そこで、理解した。
自分が、佛野さんの身代わりで拉致されたってことを。
こいつら、他人の話を聞かな過ぎて、佛野さんが金髪ショートの髪型がノーマルモード、って話だけをインプットし。
その上「金髪」を忘却して、本当は佛野さんを拉致しようしていたところを、ショートカット=佛野さんと思い込んで、たまたまその場でおかっぱだった私を佛野さんと勘違いし、拉致したんだ……
……なんて……ついてないの……!!
でも……
「ひ……人違いなんでしょ?降ろしてよ……いや……降ろして……ください……」
ポロポロ泣いて。
声を震わせながら、お願いした。
見るからに凶悪な男たちに。
「……そういうわけにはいかねーな」
しかし。
「ミッションをミスった上に、勝手なことしてさらにミスったら、ハヤシさんに殺される」
目の前のサングラス男は、私のお願いを却下し。
「……ま、諦めな。あんなとこを女のくせにのこのこ拉致りやすいように歩いてたのが悪いのよ」
「ハヤシさん次第だけど、殺されることはまぁ、多分ねーわ。無事でも済まんだろうけどな」
そこまで言って、男は下卑た笑みを浮かべた。
「……この際だ、楽しみな」
……そんな……!
★★★
……とんでもない現場に出くわしちゃった。
アタシの目の前で、誘拐事件が起きるなんて。
ターゲット、アタシだったら何も問題なかったのに。
アタシだったら捕まって無いから、事件自体起きてない。
なんてツイてないんだろう、あの子。
……アタシを尾行してて、事件に巻き込まれるなんて。
原因はあの子?それとも、ただの不運?
まぁ、どっちでも、アタシの行動は変わらないけど。
車が走り去っていってから、アタシは行動を開始した。
さすがに見過ごせない。
ああいうのが、お仕事のタネだけど、アタシたち、別に稼ぎたいから仕事してるわけじゃないしね。
仕事の依頼自体が未然に減るなら、減らしたいよ。
耳を澄ませる。走り去っていくエンジン音。
男と女の声。ドラ声と怯えた声。
明らかに、異常。
……捉えた!
周囲を見回す。
誰も居ない。
エフェクトを、発動させた。
壁を走り、壁を蹴り。ビルの間を跳躍し。
超高速で追跡を開始する。
高速で走りながら、邪魔になるのでウィッグを外し、手に持っていた布製の鞄に押し込んだ。
金髪を晒して、アタシは夜のK市を駆けた。
★★★
途中で、アイマスク、猿轡をされてしまった。
手も縛られて。
どこかに運ばれた。
その間
「ハヤシさん、どのくらい怒るかな?」
「何て言おう?」
「ったく、最初からストレートに『チチがデカイ女』って言えばいいだろが!!ハザマのボケが!!」
男たちが悪態を吐き合っていた。
その中に、私に悪いことをしたという言葉は、ひとつもなかった。
……所詮、こいつらには沢山いる女のうち、その一匹を捕獲した。
その程度の認識なのだ。
私を拉致した、ということは。
それが良く分かってしまった。
それが悔しくて。
それが怖くて。
余計、泣いた。
やがて、車が停まる。
「降ろしてやる。自分で歩け!」
アイマスクの目隠しだけ外されて、乱暴に身を起こさされて外に出された。
……どうも、廃業したラブホテルらしい。
無人で、埃が溜まっており、汚れている。
ここから見える外の景色も、手入れされておらず荒れ放題だ。
「行くぞ」
腕を引っ張られる。
逆らいようもない。
引き摺られるように、奥へと連れていかれた。
★★★
……ここかぁ。
あの子を拉致した連中の目的地。
廃業したラブホテル。
もう、ぼろぼろ。
塀も汚いし、看板もぼろぼろ。
ここが昔賑わっていたとしても、とても信じられない。
それぐらい、汚く、寂れていた。
車がその中に入っていくことを確認し、アタシは手荷物の布製鞄を隠した。
門の前の茂みの中に。
……一応、財布からクレジットカードと、お札だけは抜いておいた。
邪魔になるからしょうがないけど、盗まれたらホントに困るものだけは抜いとかなきゃね。
……さて。行きますか。
助けてあげないとね。
腕と足を軽く伸ばし、アタシは連中の根城に踏み込んだ。
★★★
連れてこられたのは、ラブホテルの一室。
男たちが集まっていて、古くなったベッドの上に、大柄な金髪の男が腰掛けていた。
多分、こいつがボスだと思う。
そいつは、私たちを見るなり、つかつかと歩み寄ってきて。
「馬鹿野郎が!!」
思わず息を飲んだ。
私をここに連れてきた男の一人……成果報告を入れていたサングラスの男が、いきなりボスの男に殴り飛ばされたから。
サングラスは割れ、鼻血を噴いて、男は「スミマセンスミマセン!!勘弁してくださいハヤシさん!!」と土下座する。
「テメエは前もやったよな!?他人の話を聞かずに勝手な真似しくさって!!どんだけ馬鹿なんだテメェは!!?殺すぞ!!?」
「勘弁してください反省してます!!」
……この男。獣だ。
私は肌でそれが分かってしまった。
人の言葉が分かるだけで、精神性は獣そのもの。
相手より優位か優位でないか。
暴力で上回っているか上回ってないか。
そこに義理人情、慈しみなどはなく。
下の存在には何をやってもいいと思ってる。
……ファンタジー作品だったら、ゴブリンめいた精神性……。
私……そんな奴らに攫われたんだ……!!
私、何をされるんだろう……?
やだ……やだよ……
助けて……お母さん!!
恐怖で足が竦み、震えてくる。
「お前ら!!何を突っ立ってる!?ハメヤマだけが悪い、自分らは関係ないとでも思ってんのか!?」
他の拉致メンバーにも怒りの矛先が向いた。
真っ青になった他の連中も、ハメヤマと呼ばれたグラサンに続いて土下座する。
「……で、どうします?ハヤシさん?」
ボスの男……ハヤシと同じ金髪の男が、ライターでハヤシの煙草に火をつけながら、意向を確認した。
私の処遇のことだろう。
怖い……!!助けて……!!
「そうだな……」
ふう、と煙を気持ちよさそうに吐いて。
「お前をコケにした金髪エロボディ女はまた今度攫うとして」
ここで、私をねめつけて、言った。
「……こいつはまぁ、適当に玩具にして、ビデオ撮影して放り出せ。撮影しときゃサツにもたれ込まんだろ」
……!!
背筋が凍る。
「……あぁ、適当っつっても、当然穴は全部使えよ?それぐらいじゃなきゃ、たれ込む勇気が出ちゃうかもしれないもんなぁ?」
私の反応を愉しむように。
薄笑いを浮かべて、ハヤシは言った。
こんな凶暴な男たちに輪姦されて、当然避妊もされなくて、妊娠してしまう……!
もしくは脅迫されて、一生こいつらの奴隷として仕えることになる……!
頭の中を、恐ろしい想像が駆け巡る。
……嫌だ……
嫌だ嫌だ嫌だ
嫌ァーーーーーーー!!!
誰か、誰か助けて!!!
私が泣きながら、悲鳴をあげそうになったときだった。
バン、と。
閉じられていた出入り口が、開いたんだ。
ドアを開けたのは。
白いTシャツ、青ジーンズの女の子。
ウィッグだけ外して、いつもの金髪ショートカット。
可愛いうえに、スタイルが抜群にいい女の子。
佛野さんだった。
目を、疑った。
何で?どうして?
★★★
「何だてめえは!?」
奥で、デカイ金髪がなんかわめいてるなぁ。
まぁ、間に合って良かったよ。
音だけは聞こえてたから、まだ大丈夫だろうとは分かってたけどね。
「ハヤシさん!!あの女です!!」
「何ィ?」
デカイ金髪に、ショボイ金髪が何か言ってる。
まぁ、どうでもいいけど。
周りを見回す。
ひぃ、ふぅ、みぃ……
うん。10人ね。
よゆーよゆー。
強攻策必要ナシ。
アタシはそのまま部屋に入る。捕まってる女の子に向かって。
「捕まえろ!!」
デカイのが号令をかけてきた。
うっとおしいなぁ。
前にも言ったけど、アタシ、死角無いんだよね。
そして、動体視力も超良いの。
だから。
後ろから掴みかかってきた男を躱して、左から掴みかかってきた男を躱し。
それぞれに、膝への足刀蹴り、顎への掌底をプレゼント。
当然、インパクトの瞬間に加速をかけて威力を底上げ。
おかげさまで、1人昏倒。もう1人は片足ダメになっちゃった。
これで残り8人。
ぎゃああああああ!!
アタシが膝関節の可動域を増やしてあげた男が膝を抱えて転げまわって苦しんでる。
良かったね。
「……その子、返してもらうからね」
さらに進もうとすると。
今度は3人の男が掴みかかってきた。
前蹴りの間合いに入ってきたヤツの腹に、前蹴りを叩き込み。
加速をかけて蹴り込んだ足を、引きながら反対側の男に足刀蹴りを同じく腹部に。
最後に軸足をスイッチし、後ろ回し蹴りを放って、最後の男の頭を蹴っ飛ばした。
……これで残り5人。
ハッキリ言って、本気でエフェクトを使わなくても非オーヴァード相手なら余裕で勝てちゃう。
相手になんない。
ゲェゲェ吐いてる奴、気絶した奴を放置して、アタシは進んだ。
すると。
「……おもしれぇ……」
ずい、とデカイ金髪が動いた。
こっちはうっとおしいだけなんだけどな。
★★★
……佛野さん、何者なの……?
私は目を疑った。
佛野さんは運動神経はいいらしい。
それは昨日の尾行で知ってたけど……
複数の、こんな凶暴そうな男を相手にして、まともに戦って、勝つなんて。
骨格の違い、筋力差、体重差。
そういうことを、完璧に無視した勝ち方だった。
手玉にとっている。そういう表現が一番しっくりくる気がする。
そんな彼女の前に、今度はあのハヤシが立ち塞がった……
佛野さん……
私は祈った。
昼間、散々彼女の悪口を言って来たのに、こんなときに彼女に祈るのは自己嫌悪が湧いた。
けれど。
私は祈ってしまった。
彼女の勝利を。
だって、それしか縋れなかったから。
★★★
面倒なので、挑発した。
香港映画のヒーローみたいに、デカイ金髪を指先でクイクイと挑発する。
すると、効果覿面だったようで。
「ぶちのめした後、腹が裂けるまでヤってやるぜ!!」
踏み込んできた。
構えからすると、空手かなー?
でも、あんまり関係ないよね。
どうせ当たらないし。
そのままワンツーパンチ、ローキックのコンビネーション。
常人相手なら多分強いんだろうけどね。
打ち方、綺麗だったし。
でも、アタシには生憎全部スローに見えてて。
加えて……
「ぎゃあああああああ!!!」
ローキックを躱しざま、蹴り足の後ろふくらはぎを思い切り蹴り込んであげた。無論加速つき。
デカイ金髪の足が大変なことになった。
彼の蹴り足も、関節の可動域が増えた様子。
良かったね。
加速エフェクト使って、インチキ格闘。
これが出来るし。
相手になんないよ。
一応アタシも月城教官に格闘技訓練は受けてて、系統としては中国拳法に近いらしいんだけど。
練度は多分、それなりにあるんじゃないかなと思う。
妥協を許さない月城教官が、何も言わなかったからね。
だからまぁ、完全素人に負けたわけじゃないから。
気を落とさずにね。
そのときだった。
「動くな!!」
連中、あの子を人質にとって、脅してきたんだ。
ナイフをあの子の顔に近づけて。
★★★
「動くな!!」
ハヤシが、一瞬で佛野さんに倒された。
その信じられない光景を見た、ハヤシの手下たちは、すぐに動いた。
このままだと負ける。
そう判断したんだろう。
もう一人の金髪の男が、私を羽交い絞めにして、言ったんだ。
ナイフを私の顔に突き付けながら。
「おとなしくしねえと、こいつの顔めちゃくちゃにするぞ!!」
そんな……
ナイフを見つめて、私は絶望した。
★★★
……
………
あ~あ。
そう、来ちゃうか。
残念です。
この状況だと、バレないようにインチキ格闘使って、全員倒してあの子救出。
これ、出来ないな~。
折角穏便に済ませようと思ったのに。
今、足を壊してあげたデカイ金髪の手下……ショボイ金髪が、あの子の顔にナイフを突きつけてるのを見て、ため息が出た。
ここで、アタシが取りうる選択肢は3つ。
1)連中の言いなりになり、気のすむまで玩具になる。
2)人質無視して継続して暴れる。
1)も2)も、論外だよねぇ。
1)は意味わかんないし。2)は何しに来たの?って話だし。
じゃあ、3、かなぁ……
……3番とは?
全員、殺す。
……うん。殺そっか。
★★★
ハザマ!でかした!!
何だかよくわからない動きで、下段蹴りを躱された上に、力の動きに沿う方向に、思い切り蹴り込まれて。
蹴り足の関節を、自分の力とこの金髪女の力でぶっ壊された……!
理解不能、見たことも聞いたことも無い技を喰らって、激痛にのたうち回っていたら、ハザマが動いてくれた。
ざまあみやがれ!!
いざとなればこっちには人質がある!
おとなしくしろってんだ!!
……この足の礼は、させてもらうぜぇぇぇぇぇ!?
頭の中で、この女をどう凌辱してやろうかを考え始めた。
どんな声をあげて泣くのか、中で出してやったらどんな顔になるのか……。
あの胸を、握り潰すくらいの力で揉んでやるぜ!!
金髪女は、ハザマの方を見ていた。
動かない。
いや、動けないんだろう。
いい気味だ……!!
カラン……
そのとき。
何かを落とす音を聞いた。
見た。
……ナイフが、床に落ちていた。
……ハザマのナイフ……?
ハザマ……?
ハザマは、顔面蒼白になっていて。
目を見開いて、ガタガタ震えていた。
金髪女を凝視しながら。
「おい!ハザマ!何をやってやがる!?」
すぐナイフを拾え!
そう命じようとしたとき。
金髪女が、こちらを振り向いた。
そのとき俺は、心臓が凍るというものが何であるかをはじめて知った。
……女は、人間の顔をしていなかった。
目がおかしかった。
命を絶つのが愉しくてたまらない。
化け物の目……。
足の痛みを完全に忘れた。
そのまま、地べたに頭を擦り付けた。
「私たちが悪かったです!!どうか許してください!!」
★★★
いきなりだった。
私が、もう絶対だめだ。
佛野さんに見捨てられても、見捨てられなくても、私の人生は終わる。
そう思ったのに。
いきなり、私を羽交い絞めにしていた金髪の男が、ナイフを落とした。
それだけじゃない。真っ青になって、ガタガタ震え、腰のあたりにぬくもり……
……こいつ、洩らしてる!!?
汚いとは思ったけど、理解不能の事態。
そっちの方が気になった。
そのまま視線の先を見た。
佛野さんが、ハヤシの方に振り返っていて。
ハヤシも真っ青になり、いきなり土下座した。
「私たちが悪かったです!!どうか許してください!!」
……なんで?
★★★
「……分かってくれたなら、もういいよ。二度と、こんなことしないでね」
金髪女はそう言って、立ち去って行った。
俺たちが攫ってきた、あのおかっぱ女を連れて。
女がおかっぱを連れて部屋を出て行き、ドアを閉じたとき。
俺は、自分の命が助かったことを自覚し、大声で泣いた。
嬉し涙だった。
ハザマも同じだった。
「ハヤシさん……?」
まだ動ける奴らが、俺に戸惑っていた。
「どうしてあいつらを行かせたんですか!?」
「ハザマもだ!?絶対イケただろ!!」
非難する馬鹿ども!
瞬間的にキレて、手の届く範囲に居たのをぶん殴った。
「馬鹿いえ!!」
殴りつけてやってから、口から唾を飛ばしながら、怒鳴りつけた。
「あいつの顔見なかったのか!?あいつ、絶対殺し屋だ!!しかも一人や二人じゃない!!きっと数十人単位で人を殺している!!」
「あのままだったら、俺たち全員、殺されてた!!多分、生まれてきたのを後悔するような、惨たらしい方法で!!」
言ってる間に恐怖が蘇る。
人の顔は、あんなに恐ろしい表情が浮かべられるのか……!
もう、やめよう。
こんなことをするのは。
でないといつか、あれと同類に遭遇して、俺たちは、終わる。
普通の終わり方じゃない。
最悪の終わり方で、だ。
俺はこの日、チームの解散を決意した。
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