第4話 日曜日午後
映画の後。
時間的にお昼だったので。
クソビッチと男の子は、中華街に来て中華料理を食べていた。
注文したのは小籠包と、卵とトマトの炒め物。あとサラダみたいなやつ。
それを二人でシェアして食べていた。
完全に、ラブラブデート。
ここを文人君に見られたら、言い訳もしようがない。
写真に収めてやりたいけど、ちょっと盗撮は危険すぎるから泣く泣く断念した。
この股ゆるゆるのクソビッチこと佛野さん、勘が鋭そうだから多分一発でバレる。
その予感がする。
私は、なるべく二人の席の近くに陣取り、注文した中華まんひとつでお茶を飲みながら、二人の会話に耳を欹てた。
★★★
「ドラ●もん、好きなんですか?」
翔太君がそう聞いてきた。
チケット売り場前で彼がアタシに「何が観たいですか?」って聞いてきたときに「ドラえ●ん」って即答したのが意外だったようだ。
「幼少期の反動ってやつだよ」
まぁ、本当のことを言うと絶対引かれるから言わないけど。
嘘を言うとつじつま合わせが面倒だからね。
部分的に本当のことを言っておく。
「見たかったけど、見せてもらえなくてさ」
「今になって、ハマってんの」
うん。嘘は言ってない。
見せてもらえなかったのは本当。
ただ。
その理由が、普通じゃないんだけどね。
「……ご両親、厳しかったんですね。アニメも見せないって」
勝手に納得してくれた。
本当はただの虐待なんだけどね。
でも説明するとデート、台無しになるしな~。
スルーしかないよね。
「そういえば、ゲームセンターでもドラえ●んのぬいぐるみを狙ってましたよね。キャラクターとしても一番好きなのドラ●もんですか?」
「え、そうだけど?何か変?」
あのアニメを最初に見た時。
ドラちゃんは、自分の最低の境遇を救ってくれる唯一の存在に思えたんだ。
だから、一番好き。
「変じゃないと思いますよ。普通に可愛いデザインでもありますし」
「ちなみに、一番欲しいひみつ道具って何ですか?」
「もしもBOXとタイムマシン!」
「……もしもBOXは万能じゃないですかぁ~」
彼、だんだんとアタシに対するオドオドさが無くなってきてる気がした。
それに、ちゃんと会話を繋げてくれてるし。
アタシに対して、サービスしようって努力してくれてる。
うん。いい人だよね。
こういう人には、幸せになって欲しいし。
変な女にも引っ掛かって欲しくない。
しっかり、今日で女に慣れて欲しいな。
★★★
クソビッチ佛野と、男の子は。
中華料理屋でドラえも●話、大長編はどれが好きかだとか、●人兵団のラストが、あの世界に与える影響はどうだとか、魔界●冒険の、●●●ンの心臓に銀のダーツを投げるシーンは最高に熱いだとか。
ドラオタトークに花を咲かせて。
最高にいい感じで、手をつないで店を出て行った。
終始、笑顔が絶えない感じだった。
……文人君、可哀想!!
絶対、騙されてるんだ!
このドラオタのクソビッチに!!
あなたに文人君は相応しくない!!!
あなたみたいなクソビッチは、家で延々ドラえ●ん芸人の録画でも見返してなさいよ!
怒りを燃やしつつも、平静を装い、私は尾行を続行した。
ちなみに、変装は変更し、今は野球帽を外して、眼鏡を替え、ロングTシャツを脱いでいる。
当初予定していたレパートリーを使い切った感じ。
ここからは、組み合わせを変えて変化をつけていかなきゃなんない。
二人が次に向かった先は……水族館。
当初の予定通り。
ついていかなきゃ話にならないから、当然ついていく。
入場料800円を支払い、私も入場した。
★★★
尾行者は、変装を変化させつつ、まだついてきてて。
今の格好は、野球帽を後ろ被りして、黒の半袖Tシャツ、黒ジーンズ。
眼鏡は外している。顔、もろだし。
顔関係、レパートリー尽きたの?
さすがに気になるのか、アタシが振り返るたびに彼女は横を向いていた。
……いやそれ、厳しいでしょ?
しかし。
……あの子、アタシに対して怒ってるみたいな感じするなぁ。
ひょっとして、翔太君、気づいてないだけで片思いされてた?
同じ学校の女子かと思ってたんだけど、違うのかも。
一応ね、このデートの約束をした後、文人に翔太君について調べてもらって。
「正田翔太には決まった恋人は居ない」ってお墨付きもらってるんだけどね。
(そうしないと、万一翔太君が嘘を吐いていたときに、アタシは自分が一番避けたい「他人の恋人に手を出す」をやっちゃうことになっちゃうから)
でもそれは、彼に片思いしている子が居ないことにはならないよねぇ。
まぁ、その場合、アタシは悪くないよね。
そんなに怒るくらいなら、とっとと翔太君に告白して彼女になってしまえば良かったじゃん。
自分からアクション起こさないで何言ってんの?
もし食って掛かってくるようなら、そう言ってあげるかな。
そして、あくまで今日のデートは、翔太君に男になってもらうのが目的だから。
アタシは彼の彼女になる気なんて毛頭ない。
これも。
あ、でも。
それは翔太君にとっても良いのかも。
練習デート終了時に、いきなり彼女候補が現れるわけだし。
誤解が解けて、翔太君があの尾行者の彼女が気に入れば、それで終了。
あとは、彼女が良い女性であれば言うことないよ。
翔太君も幸せになれるじゃん。
そうだったらいいな。
★★★
あのクソビッチ、キラキラ笑いながら、魚の群れを見て喜び、イルカショー見て喜び、ペンギンショー見て喜んだ。
水槽を悠々と泳ぐエイを見て、目を輝かせていた。
違うでしょ!
あなたの興味あるのは、ドラ●もんと男の子でしょ!?
純情っぽいフリ、すんな!!
この毒婦が!!
世界三大悪女を、世界四大悪女に書き換えたい気分だった。
四人目は当然、佛野徹子。
罪状:下村文人という、最高の男の子を恋人にしておきながら「ステーキは美味しいけど、たまにはみそ汁と納豆ご飯も食べたいよね」とばかりに、他の男の子に手を出しまくっている。文人君を裏切り、他の女の子にも不安を与えている。
『巨乳は人類の敵。決して気を許してはいけない』
H県反巨乳同盟のサイト管理人の北条U子さんの言葉が思い出される。
U子さん、最近素敵な彼氏が出来たらしく、サイトで喜んでたけど、内心、邪悪な巨乳が彼を誘惑しないか気が気で無いそうだ。
彼に捨てられないために、色々頑張っているらしい。
努力家のU子さんを尊敬するとともに、胸のでかさだけで天下を取ったと勘違いし、傍若無人に振舞う巨乳どもについて怒りが湧いた。
あの男の子も、きっとその被害者だ。
巨乳の一時の気まぐれで、弄ばれているんだ……!
巨乳だったら偉いの!?何をやっても許されるの!?
こんなの、こんなの、ぜったいおかしいよ!
★★★
ん~。
やっぱ、生で見ると迫力、違うよねぇ。
エイだとか。ワニだとか。イルカだとか。
だから水族館は大好き。
……超巨大水槽を誇り、ジンベエザメまで飼育している世界最大の水族館・海王館。
一回行ってみたいんだけど、まだなんだよねぇ。
O府関連でFHの特別要請があれば、また文人と観光に回れるんだけどなー。
行きたいよ。彼と。
……一緒にバベル行ったときはホント、楽しかったなぁ。
おっと。
今は翔太君のおもてなしを受けてるんだから、例え彼であっても、今、他の男の子のことを考えるのは失礼だよね。
全力で、楽しまないと。
いくらなんでも失礼過ぎる。
アタシは翔太君の手を引き、水族館を回った。
「次、あの生き物を見よう!」
★★★
水族館を出て。
……畜生……
周りの人、この女がとんでもないクソビッチだなんて知らないんだよねぇ。
尾行しながら、私はムカムカしていた。
周りの人の宣言したい!
この女、清楚で純情に見えますけど、とんでもないクソビッチ!ヤリマンですよ!!!
……その場合、通報されてしょっ引かれるのは私だろうけど。
衝動を抑えながら、私はついていく。
二人が向かった先は……
昨日。クソビッチが遊んだ、バッティングセンターだった。
★★★
「惜しい!翔太君!もっとボールをよく見て!!」
アタシからも一個くらい、プランを追加してあげた方が彼の自信も付くと思うんだ。
彼のプランが終わった瞬間、ハイさよならじゃ、まるで彼とのデートが楽しくなかったみたいだし。
だから彼を連れてきた。アタシがよく遊びに来ているバッティングセンターへ。
さーて、もてなすよ。
今度はアタシが。
翔太君、見た目通り、あまり運動が得意でないみたい。
打率は正直芳しくないんだけど、打てたときは大きく褒めてあげた。
で、アタシが打席に立つ順番が回ってきて。
……知っての通り、アタシにとってはここのゲームは、大学生の学力で小学生の学力テストに挑むようなもので。
好成績が取れて当然の状況。
だからといって、あまりバカスカ打ちまくると、翔太君のプライドが木っ端微塵に吹き飛んじゃう。
男の子にとって、身体能力の高さって重大だしね。
だからまー
適度に、手を抜いた。
★★★
クソビッチ、空振り!
盛大に空振りしていた。
たまに当たるが、全部ヒットどまり。
ホームランは、出なかった。
……
………
……アンタ、昨日、あの殺人級の速度のボールを、全弾ホームランしてたよね?
今日の、明らかにそれより速度ユルいよ?
何で、それが打てないの?
……そっか。
わざとね?わざとやっているのね?
……男の子の気を……引くために。
うーわ。
超引く。
あまりのあざとさに、血の気が引いた。
そこまで男の子のためにやっちゃう?
そこまで、男の子を虜にしたい?
ビッチ過ぎる!
頭の中、男の子のことしか考えて無いんでしょ!?
★★★
時刻は夕方になっていた。
そろそろ陽が落ちて、世界は闇に包まれる。
バッティングセンターを出た後。
二人で、手をつないで駅の方に歩きながら。
人影が減ってきたので、アタシは彼に話しかけた。
「今日は楽しかったよ。翔太君」
「……本当ですか?」
「本当だって」
「……そう、ですか……」
翔太君、嬉しそうだった。
自信、つけてくれたかな?
……一応聞いとこっか。
事前に、周りを見回す。
……よし。あの子以外、誰も居ない。
これなら、声量を抑えれば大丈夫。
「ねぇ、翔太君」
「……なんですか?」
そっと、耳打ちした。
「これからアタシで童貞捨てる?」
「……え?」
★★★
……私には、分かってしまった。
あのクソビッチが何をあの男の子に耳打ちしたのかは聞こえなかったけど。
絶対、こう言ったはずだ。
「エッチしよう」
って。
だって、耳打ちされた男の子、真っ赤になってるし!!
それ以外ありえないよ!!
佛野徹子は誰とでもエッチする。
本当のことだったんだね!?分かってたけど!!
最低!ホント最低!!!
★★★
「……か、からかわないでください!」
翔太君はキョドりまくっていた。
正直、可愛いと思った。
「冗談じゃないよ。本気で言ってる」
「そんな馬鹿な!?騙そうとしてますか!?」
「してないよ。翔太君が、いい人だから言ってるんだよ」
耳打ちした。
「アタシで捨てとけば、将来身体を餌に他のクズみたいな女に誘惑されても耐えられるでしょ?」
これは、アタシの偽らざる本心。
アタシで翔太君が女絡みで冷静さを失う要因を減らせるなら、積極的に協力したい。
だから、持ち掛けたんだ。ちょうど、アタシは生涯フリーだしね。
おあつらえ向きじゃん。
「……そんな理由で?本当に?」
「うん」
彼の眼を見て、頷いた。
「……何で、そこまでするんですか?」
「翔太君のような人こそ、非童貞であって欲しいから」
何故そう思うかは言わない。
アタシの最初の殺人に触れることになるしね。
「……それとも、アタシじゃ嫌?それならしょうがないけど……」
「嫌じゃないです!」
いきなり、かなり大声で否定された。
驚いたんで、アタシは硬直してしまう。
遠くの人も、振り返ってきていた。
あ、注目されてる……
「翔太君!」
ちょっと、落ち着いて!
そういうニュアンスを込めて囁く。
すると、彼には伝わったようで。
「す、すみません!」
彼はペコペコ頭を下げた。
「……嫌なわけがないです。佛野さん、すごく綺麗だし……」
顔を真っ赤にしながらも、彼はアタシの眼を見て言ってくれた。
そして。
「でも」
「でも?」
彼の言葉を復唱する。
それに続けて、彼は言った。
「……もうちょっと、自分で頑張ってみます。こういうの、自分の力で成し遂げないと意味が無い気がするんで」
だいぶ、無理して笑っていた。
……やせ我慢かな。でも
「……そう」
……かっこいいね。
やるじゃん。頑張ってね。
「じゃあ、頑張ってね。大丈夫。イケるよ。翔太君、素敵だし」
彼の肩をバンバン叩いてあげた。
「……でも、焦ってスカを掴まないようにね。よ~く、選ぶんだよ?そのために、今日アタシ、キミと遊んだんだから」
「はい!ありがとうございます!」
「卑屈になっちゃだめだよ?もし告白して断られても、自分の良さが分からないなんて馬鹿な奴だ、って思って忘れてしまうくらい、図太く、自信を持ってね」
「分かりました!」
これで最後になると思い、アタシは手を差し出した。
彼はそれを握り返し。
最後に握手をして、彼とお別れをした。
★★★
クソビッチ、振られたのか。
……男の子、グッジョブ!
そのままホテル街にしけ込むのかと思っていたら、なんだか違うよう。
クソビッチが笑顔でバンバン男の子の肩を叩いて、握手してバイバイしていた。
……あ、フラれたんだ……。
あの男の子、すごく意思が強いんだな……
男の子の意思の強さに、拍手。
ざまぁ、クソビッチ!!
おっぱいが大きいからって、何でも思い通りになると思うなよ!!
クソビッチ、男の子に手を振って見送っていた。
どうせ、見えなくなったら唾でも吐いて毒づくんでしょ!?
それがクソビッチだものね!!
そして。
見えなくなったのか、クソビッチは手を下ろして。
スタスタと歩き出した。
そっちは、クソビッチの自宅の方向だった。
★★★
歩きながら。
ん~。久々だなぁ。
断られたの。
最初は、文人で。その後も、高校潜伏はじめてから、ちょくちょく。
養成所だとほぼ100%断られなかったんだけどね。
今から思うと、あれは養成所がいつ死ぬか分からない環境だったから、余裕が無かっただけだったのかもね。
文人も言ってたし「死を予感すると、人間は性欲が高まるように作られている」って。
だからま、こんなこともあるよ。
それにね、ちょっと嬉しい。
きっと、彼は真っ当に自信をつけてくれれば、いい男になるよ。
そうすれば、きっとアタシみたいな人生を歩む子が減るし。
だからね、頑張ってね。
アタシは心の底から彼を応援し、家路についた。
★★★
私はクソビッチの尾行を続けつつ。
チャンスを待った。
周囲から人が消える時を。
人が消えたら、背後から近づいていって、一発引っ叩いてやるつもりだった。
あの女、最低すぎる。
文人君がどんな気持ちなのか、昨日彼の表情を見て分かった。
それなのに、今日のこれ。
許せなかった。
私が欲しくてたまらないものを手にしているのに、それをぞんざいに扱うなんて。
叩いてやらないと気が済まない!!
でも、周囲に誰か居たら、途中で止められてしまうから。
だから、チャンスを待ったんだ。
はやく、はやく二人きりに!
……私は、集中していた。
そのせいで、気づかなかった。
自分の後ろから、車が近づいていることを。
それが私を追い抜き。(ミニバンだった……)
車体を斜めにして、私の進路を塞いできたとき。
自分が、狙われていたことに気づいた。
もう、遅かったけど。
ドアが開いて。
複数の男の腕が伸びてきた。
抵抗する間もなく。
私は、車体に引っ張り込まれた。
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