第3話 日曜日午前

 昨日の尾行が何故失敗したのか。

 家に帰って、その手の漫画を読んでた時に気が付いた。


 黒ジャージ野球帽、マスクにサングラスなんて、普通の人はそんな恰好しない!

 だから目立ちまくって、そのせいでバレたんだ!


 本来尾行は、目立たない普通の格好で、加えて記憶に残らないように、尾行しながら服装をさりげなく変えていく。

 そこが重要なんだそうだ。(って、その作品には書いてた)


 普通は、そんなの一人でやるのは大変だから、複数人でチーム組んでやるそうだけど。

 生憎この計画に動員できるのは私一人だけだから。


 私一人でやるしかない。



 今日の私は、灰色の野球帽、灰色のロングTシャツ、黒のジーンズ。

 丸い伊達メガネをかけて変装した。


 ちなみに伊達メガネはあともうひとつ、ふちなしのやつを用意しており。

 ロングTシャツの下に、黒い半袖を着ている。


 計画としては、まず帽子を取り、続いて眼鏡を交換し、続いてロングTシャツを脱いで半袖になる。

 計4形態変化!


 佛野さんの今日の予定が何時間か知らないけど。

 仮に半日外に出るとして。

 計12時間。


 ……3時間を目安に、形態変化させればいいかな?


 ちょっと長いか。1時間くらいで変えた方がいいのかも。

 でもそうすると、レパートリーが……。


 あ、そっか。

 組み合わせを変えれば、もうちょっとレパートリー増やせるよね?


 半袖のままで帽子被るとかさ!

 そしていよいよ無くなれば、最初に戻ればいいのよ!その頃には最初の記憶なんて無いだろうし!

 よし!それで!


 そして鞄はリュックをやめといて、手提げにした。

 だってリュックだと、ロングTシャツを脱ぐときに手間取りそうだし。


 目立たないやつということで、容量だけはでかい、家族が献血に行ってもらってきた、献血マーク入りの地味なエコバックを選択。


 どーよ?

 これでどーよ?


 これで今度こそ、佛野さんを追い切れる!



 例によって昨日と同様、私は佛野さんのマンションの前で、彼女が出てくるのを待っていた。



 ★★★



 あの子、また居る……


 アタシはマンションを出て、また例のあの子が居ることに気づき、ちょっとうんざりした。

 さすがに、昨日の格好がまずかったことに気づいたのか。

 今日はやや自然な格好してたけど。


 こっちはそういう部分だけでなく、相手が意識をこっちに向けてるかどうかも気づくことが出来るので。

 バレバレなのは同じ。あいにくそっち方向、プロなので。


 ちなみに、変装が違うのに同じ子だと気づいたの、髪型と、あと背丈。

 体型もあるかな?


 昨日と違って、眼鏡だったんで顔が見える。

 ちょっと知らない顔。多分、同じクラスじゃない。


 でも、あんな素人丸出し尾行から考えると、多分同じ学校の女子高生と考えるのが自然だと思う。

 アタシ、学校以外に不特定多数の人間との接点無いもんね。

 じゃあ、別のクラスの子かな?

 何でアタシを尾行してるのかはちょっとわかんないけどね。


 さて。

 どうするか?


 撒く?撒いちゃう?


 ……そこまでしなくてもいいかな。

 今日は、別に文人と会う予定、無いもんね。


 あんだけ準備してきたのに、一瞬で撒いてしまうのはさすがに可哀想な気もするし。

 うん。今日もほっとこう。


 そうして、アタシは放置を決め。

 待ち合わせの場所に急いだ。


 ちなみに今日のアタシの服装は。

 白Tシャツに青ジーンズ。

 ブルーとピンクの縦縞模様の布の手提げ鞄を持って、その状態で黒髪長髪ストレートのウイッグ。


 あまり女の子女の子した格好はやめといた。

 今日デートする男の子の要望。

「できれば、あまりに女の子らしい、かわいい恰好はやめて欲しいです」って。


 あの子、だいぶ緊張してたからなぁ。

 しっかり解きほぐしてあげたいよ。



 ★★★



 ビッチ!!

 やっぱ佛野さんはビッチだった!!


 昨日、文人君にあんな顔させといて!!

 あくる日に、全然別の男の子とデートだなんて!!!


 これがビッチで無いなら、世の中の女の子、全員聖女だよ!!!


 昨日と違って、綺麗ではあるけどモデルを疑うような服装じゃ無く。

 そんな恰好でどこに行くのかと思っていたら。


 駅前で待ち合わせしてて。

 待っていたのが知らない男の子。


 佛野さんより頭一つ分背の低い、小柄な男の子だった。

 佛野さんは女子としてはわりと背が高い方だけど、あくまでも女子としては、だから。


 相手の男の子、ありえないほど背が低いわけじゃないけど、小柄であるという事実は変わらない。


 童顔で、眼鏡かけてて、すごく奥手そう。


「き、今日はよろしくお願いします!」


「こちらこそよろしくお願いします」


 双方、頭を下げ合っていた。

 これで確信。


 絶対デート!!

 佛野さん、文人君って素敵な恋人が居るのに、他の男の子とデートしてしまうようなクソビッチなんだ!!

 文人君!これ、知ってるの!?この子、こんな子なんだよ!?


 ユルセナイ!!!


「何かデートプラン立ててる?」


「えーと、映画、ご興味あります?」


「まぁ、それなりに」


「水族館は?」


「好き」


「では、それでいいですか?」


 笑顔でそう男の子と会話する佛野さん。

 どんだけビッチなの!?あなた、今、不貞を犯してるんだよ!?


 こんなの子なのに、文人君はこの子がいいんだ……!!

 そんなのぜったいおかしいよ!!


「手、つなぐ?」


 そう言って手を差し出す佛野さん。

 相手の男の子、傍目にもわかるくらいドキドキしながら、佛野さんの手を握った。

 さすがに、恋人つなぎではなかったけど。


 あの男の子も、こんな遊んでる、股の緩い子でも、綺麗ならいいんだ……!!


 最低!!

 ムキー!!!



 ★★★



 今日、デートしてる男の子の、正田翔太しょうだしょうた君と出会ったのはゲームセンター。

 その日、アタシは、クレーンゲームでドラ●もんのぬいぐるみをゲットしようと奮闘中だった。

 こればっかりはエフェクトでどうにもなんないし。

 まぁ、お金は仕事してるせいでふんだんにあるんで、何も問題ないんだけどね。

 だいぶ、使い込んでた。

 樋口一葉は一人は殉職してたかもしんない。


 で、そのとき。

 学校帰りで。


 それがまずかったのかな?


 ようは、金髪のまんまだったんだよね。


 元々は、学校で告白されるのを避けるために染めたんだけど。

 黒髪のまんまだと、こんなアタシでも外見で気に入って、告白してくる子が結構いたんだ。

 そのたびに「練習台でお付き合いするならいいけど、正式な恋人になって欲しいってのは無理だから」って言わなくちゃいけなくて。

 それで、染めた。

 ある程度の進学校だからね。男の子も、悪い連中と付き合ってそうな女だったら、何があるか分かったもんじゃない。

 頭はそれなりに良い子が多いから、その危険を恐れて、告白してくる子がグッと減ったんだ。


 だから、願ったりかなったり。


 だけど。


 逆に、この髪の毛が悪い連中ホイホイになっちゃって。

 ようは、絡まれた。


「キミ、一人?」


 ようやくドラちゃんのぬいぐるみゲットの道筋がついたとき。

 いきなり後ろから声をかけられた。


 集中してるときに邪魔されたんで、イラっと来て振り返ると。

 アタシと同じように髪を染めて、制服を着崩した男子生徒が4人。

 ちなみに制服が違う。他校の生徒。で、言うまでもないけど、不良。


 ……メンドクサ。


 そのときのアタシの正直な気持ち。

 アタシ、この手の男が大嫌いだった。


 アタシの母親だった牝豚を、父さんから寝取ったのがこういう系統の男で。

 そのせいで、アタシの人生はめちゃくちゃになったから。


 アタシは無視した。

 これで諦めてくれればいいのになぁ、と願いながら。


 そのままクレーンゲームを続けると。


「一緒に遊ぼうぜ」


「なぁ、いいだろ?」


 ……やだっての。

 何でお前らみたいなのと遊ばなきゃならないのよ。


 あぁ、何だかこいつらの顔がそのうち、アタシがこの手でぶっ殺した豚の顔に見えてきそう……

 仕事以外で殺しはしないのが殺し屋の基本だから、そんなのはなるべく避けるべきなんだけどさ。

 アタシ、わりと気が短いからなぁ……


「嫌。他所に行って」


 一言、きっぱり。

 はい、これ。

 最後通牒だから。


 ここから先に踏み込んで、不測の事態が起きてもアタシ、知らないよ?


 でも。


 そいつらは諦めなかった。

 ホント、ウザイ。


 馴れ馴れしく肩に触れてきた。


「そう言うなって」


「楽しいぜ?俺たち、それなりに上手いし」


 ……まぁ、アタシは相手が好きでなくても寝られる女だけどね。

 さすがに、嫌いな相手とは寝たくないなぁ。


 そいつらと視線も合わせないでゲームを続けながら。

 イライラが高まっていく。


 そのときだった。


「……あの」


 小さいけど、はっきりした声で、横から。

 眼鏡をかけた小柄な男の子が、こいつらに立ち向かってきたんだ。


「……その人、絶対嫌がってます。やめてあげてください……」


 震えてた。

 勇気を振り絞ったんだろうね。


 ……ちょっと、キュンとした。

 やるじゃん。


「ああ?」


「すっこんでろ!?」


「シバかれてぇのか!?」


「ひっこめチビ!」


 不良どもは口々に男の子に凄んだけど、男の子は引き下がらなかった。

 こういう手合いは、自分の威嚇の効果が無いと余計激高するもので。


 大方の予想通り、男の子の肩を思いきり突き飛ばし。

 男の子を転ばせた。


 アタシはそうなるだろうな、と思ったので。


「……ええ。K市商店街内のゲームセンターです。今、男の子が暴行を受けてます。はい、お願いします。3分以内に来てくれますか」


 アタシは連中が見てない隙にFH支給のスマホ型端末を操作し、文人に電話を掛けた。

 すぐに繋がり『何だ?』と文人の声が聞こえたけど。

 アタシの話す内容から、何をしようとしているのか瞬時に察して、問い正したりはせず。


『ええ。警官を数名大至急向かわせます。それまで、なるべく身の安全を守るようにお願い致します。店の人にも事態を知らせてください』


 ……即座に警察のフリをしてくれた。

 さっすが。頼れる。

 アタシの生涯のパートナー、大親友だよ☆愛してるよ~親友として。


「……このアマ……!」


 通話を切って、ドヤ顔してみせると。

 警察に通報されたと勘違いした不良4人組が、アタシに掴みかかってきた。


 でも、捕まらない。


 当然だよね。

 アタシ、マッハ5を視認できる目と。

 あと、エンジェルハィロゥのエフェクトで、自分を俯瞰で見ることが出来るエフェクトが使えるんだよね。

 これ「神の眼」と呼ばれるエフェクトなんだけど。


 つまり、アタシには死角が無いんだ。


 だから、どうやってもこんな連中には捕まらない。


 すると連中、はぁはぁ息が上がってきてた。

 鍛え方、足りないんじゃないの?


 駄目押しで言ってやった。


「いいの?逃げなくて?もうすぐ3分経つよ?」


「警察なんて……!」


「アタシ、あなたたちに性的暴行も加えられたって言っちゃおうかな?涙ながらに」


 これで、連中の顔色が変わった。

 そんな真似されたら、下手するとムショに入れられる恐れがあるとさすがに気づいたんだろう。


 覚えてやがれ、と捨て台詞を残して、逃げて行った。


 連中が去ったのを見届けてから


「大丈夫?」


 アタシは、その男の子に手を差し伸べた。




 その後、ドラちゃんを取るまで待ってもらい。

 お礼として、彼にコーヒーを奢らせてもらった。

 二人で向かい合って、コーヒーショップでコーヒーを飲んだ。


 名前を名乗り合った。


 彼の名は正田翔太君。

 K市内の別高校の2年生。

 同い年だ。


「助けてくれてありがとうね」


「そんな。警察に通報したのは佛野さんじゃないですか」


「いやいや、そういう心持ちが大事なんだよ。そんなのは結果論」


 ん~~。

 この子、童貞っぽいな。


 なんか、アタシに対して、すごくオドオドしてるんだよね。

 あと、遠慮がちにアタシの胸、見てるし。


 女に興味あるけど、余裕がないっていうか。


 一応、聞いてみた。


「キミ、彼女居るの?」


「……居ないです」


 居るように見えますか?とも続けてきた。


 うん。自信無いか。

 これは、ボランティアしてあげた方が良いね。

 こんな勇気溢れる良い子が、素敵な彼女を作って素晴らしい青春を謳歌できないなんてさ。

 間違ってるよ。


 で。

 あんなさっきのようなクズみたいな連中が女を独占なんてね。

 馬鹿だから失敗を恐れないだけなのに。


 こういう子、一回女とデートすれば、変わるかもしれないし。

 アタシが練習台になってあげちゃおう!


 だから、アタシは持ち掛けた。


「ん~~、良ければ、なんだけど」


「……はい?」


「アタシ、キミみたいな子に自信つけて欲しいんだよね。正式な恋人になるわけじゃないけど、一回だけ、練習でデートしてみない?アタシと」


 言ったとき、彼、ポカンとしてた。

 俺、夢見てるの?

 そんな感じ。



 ★★★



 クソビッチと男の子は、映画館に向かって。

 一緒に映画鑑賞をした。

 選んだ映画は最近公開されたばかりの劇場版ドラ●もんだった。


 ちなみにどうも、クソビッチチョイスらしい。

 おかげさまで、ドラ●もんはビッチが見るアニメって基本認識が出来つつある。

 本当に、F子F雄先生に謝って!!


 映画館を出た時。

 劇場版のジャイ●ンの男気って最高だよね。ス●夫も善なる現実主義者って感じでさぁ、と嬉しそうに話すのを見て


「心にも無いことを言わないで!!あんたみたいなクソビッチにドラ●もんを語って欲しくないわ!!」


 って真剣に思った。


 本当に、F子F雄先生に謝って!!

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