第2話 土曜日午後
佛野さんは図書館から出て。
公園にやってきた。
佛野さんが勉強を真面目にやってる女の子だったなんて……
髪の毛を金髪に染めてるから、色々言われてたよ。
成績、実は下から数えた方が早いけど、落第しないために教師に身体を売って点数オマケしてもらってるとか。
成績良い子に身体を売って、カンニングに協力してもらってるとか。
さすがに本当だとは思ってなかったけど、そんな噂を立てられてもしょうがない成績なんだろう。
そう、根拠もなく思い込んでた。
でも、多分、違うと思う。
佛野さん、きっと勉強はそこそこ出来る。
でなきゃ、あんなノート書けない。
『千田さんさ、徹子のこと全然知らないよね?』
……くっ、文人君!
この程度で勝ったと思わないで!
これからなんだから!!
私は追跡調査に気合を入れた。
公園に来た佛野さんは、噴水傍のベンチまで歩いてそこに腰を下ろし。
持参のエコバックから、小さな包みを取り出した。
……これは……?
弁当箱だった。
ハンカチかバンダナか分からないけど。
青い布にくるまれてて、それを解くと出てきたのがそれ。
……あ。
そうか。
そろそろ12時だっけ……
私はリュックからフランスパン一欠けと、ペットボトルの水を取り出し、粗末な昼食を取った。
★★★
……あの子、まだついてきてる。
しつこいなぁ。
でも、文句言ってもやめないよね。きっと。
勝手にすればいいよ。
で、これからお昼なんだけど。
……あの子、フランスパンの欠片なんか食べてる。それと水?
メチャクチャじゃん。
エネルギーだけ取れればいいってもんじゃ無いんだよ?食事は。
まったく。
相方とツープラトンで説教してやりたい気分。
相方も、ああいう食事嫌いなんだよね。
ただお腹が膨れればいい、って食事は。
こう言う風にしないとさ。
駄目だよ。そんないい加減なものを食べてたら。
アタシはカパ、とお弁当の蓋を開けた。
……アタシの今日の昼ご飯は。
ちりめんじゃこを混ぜた玄米ご飯。蒸したブロッコリー、玉葱、人参、そして鶏ささみ。あとプチトマトと卵焼き。蜜柑もひとかけ入れている。
玄米ご飯は炊くのに時間がかかるから面倒なんだけど。
健康にはいいらしいと聞いてるので、最近はこれにハマってる。
食感悪くないし、これで健康にいいなら一石二鳥。
一口食べた。
あぁ、ちりめんじゃこの塩っけと、玄米のプチプチ感がなんともいえない味わいになってるなぁ。
美味しい。
★★★
……え?
何あのお弁当……?
すごく、手が込んでる……!
私は佛野さんのお弁当を見て驚いた。
まさか佛野さんの手作り?
だって、今日、休みだよね?
休みの日に、娘が勝手に外に出て行くのに、わざわざ親が子供の弁当作るかな?
平日は作り倒しているのに、休みの日まで作らせる気か!?
今日は外で食べなさい!ってなりそうな気がする。
……でも、あんなお弁当……
並みの腕じゃないよ。
ありえない。
絶対違うと思う。
多分、休みの日もお弁当を作ってくれるような親なんだよ!
でないと、佛野さん、料理上手な女の子になっちゃうよ!
そんなの、ありえない!
食事が終わると、佛野さんは片付けた後、また立ち上がり。
またどこかに向かう。
私はそれについていき……
着いた先は。
バッティングセンター。
佛野さん。
バッターボックスに立って、某イ●ローみたいなルーティーンのポーズをとってる。
スリットワンピースとデニムパンツという、おおよそ運動向きとはいえない格好で。
★★★
さーて。
ちょっと、無双しちゃおっかな。
バッターボックスに立って、アタシは心中ニヤリとした。
これ、相方の前でやると「逆セリエA」って言われて、クサされるんだけどさ。
しょうがないじゃん。ハヌマーンの能力使って、普通の人なら簡単には出来ない事をやってしまうの、面白いんだから。
それに今日は、ギャラリーも居るし。
アタシはストーキング継続中のあの子のことを意識する。
ハヌマーンは、主に速さが強化されるシンドローム。
発症者は動きの速さが強化され、極まると音速さえ凌駕するようになる。
アタシの場合は、最高速度が音速の5倍以上。つまりマッハ5を超えている。
その場合、視力がその速い動きについてこれないと、全力移動時に目が見えないという事態になる。
だから発症者はそういう速さに対応できる眼を同時に備えてるんだけど……
さて問題です。
マッハ5の目を持つアタシには、バッセンの時速150kmのボールの動きはどう見えるでしょうか?
A.止まって見えます。
で。
アタシは自分の動きを加速することが出来るわけで……
そうなると、何が起きるかというと……
バシュ、バシュ、バシュ、と。
ピッチングマシーンからボールが発射される。
カキーン!カキーン!カキーン!
時速150kmのボールでも、アタシにはしっかり見えてるから、それが打ちごろの位置に来た瞬間、スイングをエフェクトで加速して打ち返す。
これだけ。
スイング時だけに加速をかけたら、エフェクト使ってることはまず分かんない。一瞬のことだし。
全て打ち返し、悉く、ホームラン。
イエー!!!!!
来るボール来るボールを全てホームランにして、アタシはガッツポーズをとった。
……こんなだから、相方に「逆セリエA」って言われるんだよね……。
お前、大学生の知力で小学生の学力テストに紛れ込むような真似は止せ、って。
でも、やってる間は面白いんだから仕方ないじゃん!
……まぁ、1人だと終わった後にちょっと空しくなるけどね。
こんなの、ハヌマーン発症者なら出来て当然というか……
まさしく、小学生相手に学力テストで勝ったような気分になる。
今日は、ギャラリー居るからまだマシだけど。
ちょっとしたイタズラを成功させてやった、みたいな。
そんな思いがあったから。
どーだ。驚いただろ?
★★★
え……?
ちょっと待って。
何であれが打てるの?
私は目を疑った。
あまりに速いボールを投げられると、慣れてない人間は、バッターボックスに立った時、動けなくなる。
手を出すという意識が、ボールの速さに圧倒されて消されてしまうからだ。
このバッティングセンターの、今のボールの速さはそのレベルだった。
見てる側が、ギャラリーなのに恐怖を覚えるレベル。
なのに。
佛野さん、鼻歌交じりの感覚で、事も無げに全弾打ち返しホームラン。
え?何で?
どうしてあれが打てるの?
佛野さん、帰宅部だよね?
何で?どうして?
そんなんなのに、どうして佛野さん、帰宅部なの!?
その後も、佛野さんはホームランを打ち続け、バッティングセンターを後にした。
次に、佛野さんが向かったのは、書店。
何を買う気だろう……?
やっぱり、男の子の誘惑の仕方の本を買うのかな?
そう思って見守っていると、佛野さんが手に取ったのは……
ファッション雑誌、メイクの本。
ほら。やっぱり。
誘惑関係よ。
ああいう本で研究して、佛野さんは男の子を誘惑してるんだわ。
思った通り!
ビッチ!!
そして続いて手に取ったのは……
中華料理の本。しかも初心者向けじゃない、本格的なやつ。
あと、ドラ●もん。
……え?
★★★
書店にも用事があったから、行きつけの書店に出向いた。
ここ、相方も……文人も利用するんだよね。わりと本の品揃え、いい。
アタシが買いたかったのは、定期購読してるファッション誌と、メイクの本。
あと、中華料理の本と、ドラ●もんの単行本。
……麻婆豆腐、相方、好きだからさ。
わりと定期的に作ってあげてるんだけど。
日頃お世話になってるし。そのお礼も込めて。
でも同じのばかりじゃ飽きるだろうし、プロが考案した中華料理の知識をインプットしておけば、何か新しい発想出るかな、と。
ネットでも調べられるけど、あれは基本素人が考えたって見るべきだしね。
いや、素人でも美味しいものは美味しいんだけど。
でも本格的に知識として触れるのは、プロ経由のものでありたいかな。
……あぁ、なんか文人みたいなこと言ってるなぁ。
彼に影響されてるってことだよね。
なんだか、ちょっと嬉しく感じてしまう。
ドラえ●んの単行本は、昔、見せてもらえなかったことの影響。
アタシ、牝豚とその不倫相手と言う豚二匹に、10才まで虐待されて育ったから。
当然子供番組なんて、ろくに見せてもらってない。
偶然豚二匹が家に居ないとき、テレビをつけたらドラえ●んやってて。
あのときは、目が釘付けになったなぁ。
で、色々あって豚二匹を始末して。FHに入って。こうして独立して。
買い物もかなり自由にできるようになった後。
そのときの想いを埋めるように、今、単行本を買ってる。
ひみつ道具で欲しいのは、もしもBOXかタイムマシン。
……もしもBOXは万能すぎるから、それを候補にあげてはいけないとか言われてるんだっけ?
でも、アタシの望みを一番理想的に叶えられるひみつ道具は、それしか無いんだからしょうがないよね。
もし、もしもBOXがあったら。
アタシは、牝豚がちゃんとした母親の性質を備えていたらと願いたい。
全部、あの豚が発端だもの。アタシがこうなったの。
タイムマシンがあったらなら、牝豚が父さんのところからアタシを連れ去るのを邪魔しに行きたいね。
連れ去られず、ずっと父さんのところに居られたなら。やっぱりこうはなって無かったと思うし。
……あぁ、でも。
そうすると、文人と出会えてないから、それは困るなぁ。
同時に「文人が道を踏み外さなかったら」「それでも文人と出会えていたら」
もしもBOXで願うときはそれを追加で。
タイムマシンだと、まず文人が道を踏み外す要因を潰すところからはじめて、幼少期のアタシと文人の縁を強制的に作った後、連れ去り阻止。
これだね。
そうしたら、もっと素晴らしい今が……
……ヤバイヤバイ。
最近、ようやく気持ちに折り合いついてきたというか。
言い聞かせが浸透してきたというか。
昔みたいに、気持ちが暴れだすこと、だいぶ無くなってきたのに。
また元に戻っちゃう。
気を付けないと。
彼との約束だしね。
★★★
ファッション誌と、メイクの本……
これはまぁ、分かる。
ビッチ御用達って感じだし。
ビッチである佛野さんには相応しいチョイス。
でも、あんな本格的そうな中華料理の本と、あとドラえ●ん?
佛野さん、あんなの読むの?
あの本、どうみても料理初心者向けじゃないよね?
専門書に見えるんだけど!?
……まさか。
さっきのあの手の込んだお弁当、やっぱり自分で作ったの?
佛野さん、料理上手なの?
急激に、その疑いが濃くなった。
それに、ドラえ●ん。
そんな夢のある子供向け漫画の単行本を買うなんて。
佛野さんらしくない!
佛野さんなら、ハレンチ●園だとか変態●面、オヤマ菊●助を読むべきじゃないの!?
あと南●アイスホッケー部だとか!
謝って!F子F雄センセイに謝って!
★★★
買いたかった本を購入したアタシは、自宅マンションに戻ることにした。
夕方から、約束あるし。
あまり油を売ってる時間、無いんだよね。
……で。
まだあの子、ついてきてる。
ホント、なんなんだろうね?
まさかこのまま、夕方の彼……文人との約束にまでついてくる気じゃないだろうね?
だったら、会話内容気を付けないと。
うっかり、彼との仕事の内容を連想させるようなこと、言えないし。
それが原因で、秘密がばれたらアタシらの今の生活壊れちゃう。
帰ったら、電話連絡しとこうかな。なるべく余計なことは言わないように、って。
……いや、いっそ。
撒いちゃおうか?
★★★
本を買った後。
佛野さんは自宅マンションに戻った。
今日は信じられないことの連続だった。
佛野さんは……
勉強に関しては真面目で
料理上手かもしれなくて
運動神経が抜群に良く
あとドラ●もんのファン。
……確かに、私は佛野さんの事何も知って無かったし、知ろうともしてなかった。
そこは認めるしかない。
でも、私はまだ諦めていない。
佛野さんの最低ぶりを、この目で確かめる瞬間を!
佛野さんがマンションに帰還して、戻っていった後。
私はマンション前で待ち続けていた。
★★★
案の定。
あの子、まだアタシをストーキング中。
まだ気づかれてないとでも思ってんのかな?
書店で買ってきた本を家に置き。
代わりに彼に渡すための麻婆豆腐が入ったタッパーを持って。
再び外出したんだけど、案の定、あの子がバレバレの服装で待っていて。
ついてくる。
そのまま、彼との待ち合わせのファミレスに向かうんだけど。
都会の雑踏を歩きながら。
いい加減、うっとおしくなってきちゃった。
彼と会うの、邪魔されたくないなぁ。
彼は大切な人だしね。
……あぁ。
やっぱり。
撒いちゃおう!
それが一番良いよね。
アタシは走り出した。
★★★
いきなり、佛野さんが走り出した。
かなり速い。
ひょっとして、気づかれた!?
見失うわけにはいかないから、私も走り出す。
佛野さんの走り方は、綺麗だった。
陸上競技の経験なんて体育以外無いけど、それでも一目で分かるほど。
フォームがピシッとしてて、無駄な力を使わない。
それが見てて分かってしまった。
これに追いつくのは至難の業……!
佛野さんは、クイッっと方向転換し、ビルの隙間に飛び込んだ。
ここで追わないと、完璧に撒かれる……!
焦りながら、私も飛び込む。
そしたら……
居なかった。
飛び込んだのは数秒前で、そこには身を隠すところなんて何も無くて。
それなのに。
誰も居ない。ゴミが落ちてる狭いビルの隙間があるだけ。。
……何で?
★★★
……よし。これで撒けるはず。
アタシは、ビルの屋上に居た。
ビルの隙間に飛び込んで、人の視線を切れる位置に到達した瞬間。
アタシは、超音速モードに入り、そのままビルの壁を駆け上がって、屋上に到達した。
これぞ秘技・壁走り。
そこで、アタシはもうひとつのシンドローム……光を操るエンジェルハィロゥの力を使い、光を屈折させて自分の姿を隠す。
下では……
あの子がキョロキョロしてる。
うふふ……探してる探してる。
でも、絶対見つかんないよ。
だって、あなたからはアタシ、見えないんだから。
しばらく探してたけど。
見つからないから諦めて、あの子は去っていった。
残念でした。
次からは、もう少しバレにくい服装で尾行してね☆
で。
……さて。
撒いたはいいものの。
どうやって、降りたもんかな。
そこに気づいて、ちょっと悩んだ。
壁走りで降りるのは、重力の関係上、ちょっと難しいし。
できれば、この屋上が施錠されてなくて、階段で降りれれば楽なんだけどな。
あんまり無茶な降り方をすると、麻婆豆腐がえらいことになりそうで。
あまり軽率なことは出来ない。
ホント、どうしよう?
とりあえず、アタシは昇降口の施錠について確かめた。
まずはそれから。
開いて無ければ、壊して出ることも視野に入れるべきなのかな?
ここの管理者には申し訳無いんだけど。
……あ。
開いてる……
ラッキー☆
★★★
佛野さんを見失ってしまった……
尾行に気づくなんて。
佛野さん、勘もいいのか……
結局、今日、分かったことは。
佛野さん、外見だけじゃなくて、色々すごい女の子だってことが分かっただけ。
学校の女子、皆佛野さんの悪口言ってるけど、佛野さんの悪口を言えるほど、ちゃんと立派に生きてるの?
なんだか、そんな気にさせられて……
負けた気分になって、悔しかった。
もっと自堕落で、ろくでもない生活を送ってて欲しかったのに。
あの後、私を撒いた後、佛野さん、どこに行ったんだろ?
何か包みを持ってたけど、あれには何が入ってたのかな?
色々考えて、頭の中をぐるぐるさせながら。
項垂れてとぼとぼ歩いていると、ファミレスの傍に差し掛かった。
すると。
店内の客の中に、見つけてしまった。
視界の端に引っかかったんだけど、気づいてしまった。
好きな人だったから。
気づいちゃったんだ。
……文人君!
文人君、誰かに会ってるみたいだった。
その誰かは、顔は見えなかったんだけど……
後ろ姿で、その服装。
肩までは見えてて、その形、服の色。
今日、一日見張ったから、間違えようが無かった。
絶対そうだ。
文人君、佛野さんに今、会ってるんだ……!!
僕は徹子とは友達なだけで、付き合ってない。
そう、彼の口から聞いたけど……
絶対、嘘!!
あの表情!
あんな、相手を慈しんでるような表情、見せたこと無いよね?
他の誰にも!?もちろん私にも!
あんなの、友達に向ける笑顔じゃないよ!!
嘘吐き!!どう見ても恋人じゃん!!
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