殺し屋やってるFHエージェントを一般人が見張る話
XX
第1話 土曜日午前
私の名前は
H県立H高等学校2年A組の女子生徒。
私は家に帰ってから、自室のベッドで泣いていた。
今日、私は好きな人に嫌われたから。
『僕はあいつの友人だからさ、悪口言われると腹立つんだよね。徹子の悪口言いたいなら、僕に聞こえないところで言ってくれるかな?』
こんなことを言われてしまったんだ。
絶対に嫌われた。
文人君……。
彼……
そのときは、名前だけ知ってただけだったんだけど。
この学年に、すごいやつがいる、って。
運動神経、学業成績、共にトップクラス。
見た目もかなり良くて、性格は控えめ。
まるで、漫画の中の人物みたいだ、って。
そのときは下村君の実物を見たことは無かった。
私、そこまで男の子大好きで、話を聞くと飛んでいくような子でもないから。
本格的に彼を知ったのは、2年から。
同じクラスになって、目が釘付けになった。
読書が趣味なのか、ものすごく分厚い本をいつも読んでて。
素敵だと思った。
日直の日誌には、その日の日直がコラムを書く欄があるんだけど。
皆はテキトーに書いてるのに、彼だけ違ってて。
人に読ませるための文章を書いてた。
そんなところも素敵だと思って。
あと、いつも本を読んでて、物静かな雰囲気なのに。
クラスのちょっと荒っぽい雰囲気の男子に、全く物怖じしていない雰囲気もかっこよかった。
櫛がしっかり入った髪型に清潔感があったし、キリっとした目元が特にかっこいい。
それで。
特定の誰かだけ愛想よいとか、そっけないとかそんなことなくて。
誰にでも平等に接してくれる。
すぐに好きになってしまった。
それで、友達にそのことを打ち明けたら。
「あぁ、下村君……まぁ、彼、かっこいいのは認めるけどさ」
友達は、ちょっと口ごもるような様子で
何かあるの?と問うと
「……彼、C組の
「で、彼に告白した子、だいぶいるけど、全員玉砕してる。断られた理由は『僕は誰ともお付き合いはしない』だってさ。怪しいよねぇ」
「絶対、付き合ってるはずだよ。一緒に二人きりでいるところを目撃した子も居るし」
え……あの佛野さんと?
C組の佛野さん。
外見だけならミスH高と言われてる女の子。
あくまで、外見だけなら。
スタイル抜群に良くて、顔も相当可愛い。
目が大きくてくりくりしてる。髪型は肩のあたりで切り揃えてて、活動的で良く似合ってる。唇が薄めで、清楚な感じがする顔立ち。
だけど。
男好き。
誰とでもエッチしちゃう子なんだって。
皆そう言ってる。
実際、男子が「童貞捨てたいなら佛野に土下座しろ。やらせてくれっから」って言ってるの、聞いたことあるし。
だから女子は皆、佛野さんのこと嫌ってるし、彼氏の居る子は自分の彼氏にちょっかいを出されるんじゃないかと警戒してる。
そんな子なんだ。
なのに。
文人君が、佛野さんと付き合ってるって。
……すごく、嫌だった。
誠実さの欠片も無い、いやらしい、最低の女の子じゃないの?
2年に上がってからは、髪まで金髪に染めて、ヤクザ相手に愛人をやってるって噂もある。
そんな子なのに。
それでも、外見さえ良ければ、男の子はいいのかな?
悔しかった。
自分は、お世辞にも外見がいいとはいえないと思うし。
顔も体も幼い感じで、アイドル並みに可愛くて、胸の大きさ、腰の括れ、お尻のラインが完璧って言える佛野さんなんかと比べようがない。
佛野の隣に並びたくない。女子は皆言ってて。私も同感。
それで男の子関係がああだから佛野さんは余計嫌われてる。
でも、外見なんて親からの遺伝で、変えられないものじゃない!?
それの良し悪しで、好きな人に振り向いてもらえないなんて。
……間違ってる気がする。
そんなもやもやを、ずっと抱えてて。
今日、文人君と日直が一緒で、一緒にごみ捨てに行ったとき。
途中で、佛野さんが中庭でベンチに座ってるのを見掛けて。
そのときに、文人君が心配そうに佛野さんを見てるのを見て。
ムカムカした。
それで私、爆発した。
言っちゃったの。
ごみ捨てが終わった後、教室に帰るときに。
「付き合ってないって言ってるみたいだけど、本当は文人君、佛野さんと付き合ってるんじゃないの?」
「あんな、最低の女の子でも、外見さえ良ければいいんだ?それ、おかしくない!?」
そんなようなことを。
そしたら。
『千田さんさ、徹子のこと全然知らないよね?そりゃあいつは色々破綻したところあるやつだけど、それでも何を言ってもいいなんてのは……見過ごせない』
『僕はあいつの友人だからさ、悪口言われると腹立つんだよね。徹子の悪口言いたいなら、僕に聞こえないところで言ってくれるかな?』
って、言われた……
文人君、私の言いようにものすごく腹が立ったみたいだった。
他人のために怒ることが出来る。
私はそれを素敵だと思った。
そして。
自分が取り返しのつかないことをしてしまったんだと気づいてしまった。
文人君が、それぐらい怒る相手を、罵ってしまったんだと。
……自分が悪い、とは到底思えない。
撤回なんかするもんか。
そういう気持ちは、私の中にまだある。
でも、やってしまった事実は変えられないよね。
私に正当性があろうとなかろうと、私が文人君の怒りを引き出す行為をしてしまったって事実は。
私が正しいんだから、怒るべきではない!なんて言うほど、私は子供じゃない。
でも……
……どうしよう。この気持ち。
そのとき。
『千田さんさ、徹子のこと全然知らないよね?』
文人君のこの言葉が、また頭を過った。
そしたら、なんかカチンと来てしまった。
……ああ。
だったら、知ってやろうじゃない。
その条件をクリアして、言えば私の言葉の重さが違ってくるんだよね?
文人君の理屈で言えば?
知ったうえで、言えばいいんだよね?
だったら、知ったうえで、堂々と言ってあげるよ。どうせまた怒るだろうけど。
佛野さんは最低の女の子だって!
次の土曜日。朝早くから。
私は佛野さんが住んでいるというマンションの前に居た。
変装している。
黒いジャージに、白いマスクに黒サングラス。
黒の野球帽。
リュックを背負って、中に水とパンを入れておいた。
今日明日は一日見張ってやる!
それで佛野さんがどういう女の子か把握してやろうじゃない!
全然知らないよね?なんて二度と言わせないよ!
……しかし……。
大きなマンション。
マンションの入口近くで見張りながら、私はマンションの大きさに気圧されていた。
ここ、かなりいいマンションだ。
佛野さん、あんなだけど、それなりに裕福な家の子なんだろうか……?
評判の悪さと、男関係のだらしなさから。
きっとあまりいい暮らしをしていなくて、育ちも悪いに違いない。
そう思い込んでいた。
……で、でも!
いくら恵まれた生活をしていたって、心が汚ければ人間の価値なんて無いはず!
それを確かめてやるんだから!
私は思い直し、見張り続けた。
すると。
だいぶ待って。
ようやく、姿を現した。
マスクをして、茶色のスリットワンピースに白いデニムパンツ、茶色の靴といういで立ち。
その上で、ウイッグまで被っていた。カールのかかった黒髪長髪になっている。
マスクで顔が隠れているにも関わらず、佛野さんだとすぐ分かったのは、スタイルで。
あんな足が長くて、身体のラインが完璧すぎる女の子がポンポンいてたまるかってもん。
佛野さんは右手に青いエコバックみたいなものを下げていた。
そのままどこかに歩いていく。
それをしばらく見送って、距離を稼いでから尾行を開始した。
尾行するのは、楽だった。
だって、すごく目立つもの。
あんな女の子、他に居ないから。
だいぶ後ろからでも、見失うことは無い気がする。
そして尾行していって、辿り着いた先は。
市民図書館。
……何しに来たの?
佛野さんと図書館のイメージが繋がらなくて。
私は混乱した。
図書館に入っていく佛野さん。
私はそっとついていった。
佛野さんが向かったのは……
まっすぐに、自習スペース。
そこの一区画に、エコバックみたいなものを置いて、本を探しに行った。
遠巻きに見守る。
佛野さんは、科学の本と歴史の本を探しているようだった。
10分くらいしてから、佛野さんが戻ってくる。
4冊ほど本を抱えて。
そして確保した席に座って、エコバックからノートを2冊出した。
どうも、物理の授業ノートと、世界史の授業ノートのよう。
で。
何か作業をはじめた。
普通に考えると、勉強しているんだろうけど……。
あの本を何に使うんだろう……?
教科書や、問題集を見るなら分かるよ?
問題解いてるんだろうな、って。
でも……出してるのはノートだけ。
20分ほど経ってから、佛野さんは席を立った。
そしてどこかに行く。4冊のうち、本を2冊持って。
……本を返しに行くの?
でも、チャンスよここは。
今なら、何をしてるか確認できる!
そっと主不在の席に近づいて、佛野さんのノートを見た。
ビックリした。
ノートの紙面が直線で2分割されてて。
片側に授業の内容、もう片側にその内容の要点、裏話、背景的なことがびっしり書いてある。
……授業の理解を深めるために、自分で授業内容をまとめて、習ったことの裏話やその背景を調べて書き込んでるんだ……!
一目で分かった。
これは勉強できる人のノートだ、って。
いや、勉強できる人、というより。
勉強ができるようになった人のノート、が正しいかもしれない。
だって、努力が感じられるもの。
私の周囲の子で、ここまでしてる子どれくらい居るだろう……?
いや、それよりも。
私は、どうなんだろう……?
ちょっと、ショックを受けてしまった。
すると、なんか人の気配が近づいてくる予感がした。
肌で分かった。佛野さん、戻ってくる!!
まずい!!
私は急いで席を離れた。
★★★
……さっきから、アタシをつけてきてる子がいる。
気づかれてないって思ってんのかな……?
マンションを出てすぐのところからだ。
サングラス白マスク、野球帽に黒ジャージの、おかっぱカットの女の子。
あきらかに不審者。
視線を感じたから、すぐに気づいた。
あ、あの子、アタシに意識向けてる、って。
まぁ、最初はアタシが目立ってんのかな?って思ってうんざりしてたんだけど。
図書館にまでついてきたから「あ、尾行してるんだ」って確信した。
男の子だったらストーカーを疑うところだけど、女の子だからね。
ちょっと、理解が及ばなかったけど、とりあえずの実害は無さそうだったから放置した。
……当然、あの子がUGNやギルドのエージェントなわけがない。
連中だったら、もっと上手いよ。
あんなアホみたいな恰好で尾行なんてありえない。
絶対素人。だから放置しても問題ナシ。
そんなことよりも、こっちに集中しなくっちゃ。
アタシが図書館に来た理由は、物理と世界史のノートを完成させるため。
自分で内容をまとめ、習った理論や歴史的事実に対し、その裏話、背景を調べて書き込む。
そうすることにより、ノートを完成させる。
暗記や理論が関わる科目は、こうすると頭に入りやすい。
FHチルドレン養成所で文人と同居してたときに、彼に教えてもらった勉強法だ。
一応、アタシが今潜伏してる学校は進学校だから。
勉強では一切手が抜けないんだよね。
アタシ、頭はフツーだし。
別にネットで調べてもいいんだけど、ネットだと調べるのが楽な分、頭への入り具合がイマイチ。
この勉強法の場合は、図書館が一番向いてるんだよね。だから、やってきたんだけど。
……何なのかな?あの子?
気になってきたが、問いただしたら図書館追い出されそうだなぁ……
まぁ、実害無さそうなのは間違いないと思うし。
放置が絶対、今は正しいよね。
ちょっと物理の理論について、裏話や背景を書いたら、2冊ほど用が済んだ本が出てきたので。
返しに行った。代わりにもう2冊、別の本を借りてくる。
で、戻ってきたら
……あの子、アタシのノートを盗み見ていた。
……何なのあの子?
さすがにちょっとイラっとしたけど、ここで暴れるのはリスクが多過ぎるし。
見なかったことにしよう。
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