第10話 睡魔の種 後編
*このお話は前回の続きになります。
「くしゅん!」
可愛らしいくしゃみが聞こえて、僕_
ポケットからスマートフォンを取り出して、時刻を確認する。
15時半過ぎ。
かれこれ2時間くらい眠っていた。
しかしそんなことはどうだっていい。よくないけどどうだっていい。そんなことは。
問題なのは時刻の下に表示されているメッセージアプリの数件の通知だ。
送信者は『
2時間前『希空く〜ん』
2時間前『お〜い、起きてる〜?』
1時間前『不在着信』
終わったわ。
これからとてつもなく恐ろしい祟りや災いが起きて世界が終わるのだ。
そんなどこか遠くを見つめる僕の耳に吐息がかかる。
「ひゃっ!」
変な声が出てしまう。
「あはは〜おはよ〜のあぁ」
ニヤッと細い目で僕の肩に顎を当てて画面を覗き込む
顔近っ。
自然に彼女の目から視線を外す。
あ、僕この状況本で見たことあるぞ。あざといシチュエーションってやつだ。
彼女の方は狙ってやっているわけではないところがリアルに感じられる。
「誰からのメッセージ…?ともだち…?」
「まあそんな感じですね。会う約束をしていたんですが、見事に寝過ごしてしまいましたね…」
「そっか〜なんかごめんね…」
「いえ…僕が言ってなかったので落ち度はこちらにあります」
「それは…本当にそうだね〜私はまったく悪くな〜い」
「日本人の謙虚さどこ行った!?」
欧米で殴ってこないで。
「それで誰〜?そのメッセージの人。私、知ってる…?」
「ご存知かは分かりませんが佐久間神子って人で…」
「それは私のこと?サボりの希空くん?」
僕史上、命の危機を感じた瞬間。
背中にじわりじわりと圧力の存在を感じさせる言葉は、普段僕に向けられる温厚さはなく、冷酷さで支配されていた。
世界の終焉のお知らせです。さようなら。
みなさん来世でお会いしましょう!
僕が現実逃避をしている側で、告森先輩が口を開く。
「あーみこちーじゃ〜ん。おひさ〜」
「こよりさん、お久しぶりです」
二人は知り合いだったんか。もう…なるようになってくれ…。
***
私_佐久間神子は今日の13時半から希空くんと勉強をする予定だった。
現在の時刻は14時。
定刻を回ったところに希空くんが現れないからメッセージを送ったけれど一向に彼からの返信が来ない。
一応電話もかけてみようかな。
ツー……プルプルプル…プルプルプル…………
うーん、繋がらないみたい…
通話を掛けれるから電源は入っているはずだし、メッセージに気がついていない状況ってことだよね?
まさか事故とか起こったりいないよね?
ちょっと不安になってきた。
そうじゃなければなんでもいいので、彼からのリアクションを信じて待つことにしましょうか。本でも読んでよ。
15時20分。
たまに遊ぶ先輩から画像とメッセージが飛んできた。
「こよりさん…?なんだろ?」
どうしたんだろうな〜と軽い気持ちで画像を見る。
「えっ?????」
素っ頓狂な声が出てしまう。そして悔いるように隅から隅まで確認する。
画像に写っていたのは、『自撮りをするVサインの先輩と気持ちよさそうに眠る希空くんのツーショット』だった。
メッセージ内容は「この一年生知ってる〜?私の添い寝フレンドにしちゃていいかな〜笑 屋上で待ってるよん♪」
私は混乱する思考をどうにか制御して、「屋上」という情報を取得した瞬間に荷物をまとめてすぐさま身体を突き動かした。
今までに感じたことのない疾走感で廊下を駆け抜ける。
廊下を走ってはいけない、なんてどうでもいい。
抱いたことのないモヤモヤした感情すら置き去りにしてもっとはやく行きたい。
***
屋上。
確か学校側が立ち入り禁止としているはずの場所。
扉にも張り紙が貼られているし。
私がこの高校に入学して校舎全体を探索した時に、この扉の前までやってきたが立ち入り禁止の張り紙を見て、残念だと感じたのが遠い昔のことに感じられる。入学してもう一年以上はいるくらいには学校に馴染んだってことかな。
そっと私が屋上の方へ耳を澄ますと知っている2種類の声。
一つはこちらの眠気を誘う女性の気怠げな声。
もう一つは相手方に困惑する男性の声。学校に来れば絶対聞く声だ。
私はゆっくりと足音を立てないように近付き、経過を観察する。
出ていくのが怖いからじゃないからね?決して臆病なわけではなくて…。ほら!状況を把握するのって失敗しない上で大切なことだから!ねっ!
ふむふむ。
こよりさんは私が来たことに気がついたらしい。こちらに会釈してくる。私も会釈し返す。挨拶みたいなものだ。
あえて私が来たことを希空くんに知らせないのがいたずら好きな彼女らしさ。
「ご存知かは分かりませんが佐久間神子って人で…」
私が屋上にやってくる以前の会話の展開がどのようであったかは読めないけど。
名前が呼ばれたので登場するタイミングとしては絶好だ。
ヌッと近くまで忍者のごとく足音を立てずにさらに二人に近づく。
「それは私のこと?サボりの希空くん?」
恐る恐る振り返って私の顔色を伺う希空くん。
彼の顔がだんだん青ざめていくのがわかる。
「あーみこちーじゃ〜ん。おひさ〜」
「こよりさん、お久しぶりです」
こよりさんは2年生の先輩で、私がショッピングとかテーマパークとかときたま遊ぶ人だ。
間延びした声が多い人でいつも眠たそうにしている。
四字熟語で表すと絶対に『自由奔放』が当てはまる。
いつも相手のうちなる感情を利用して彼女はいたずらを仕掛けてくる自称エンターテイナーだ。よく私はおもちゃにされている気がする。
出会いは入学式の日で、部活動の勧誘で先輩方に囲まれてたじたじになっていた私をこよりさんが助けてくれた。
ぬるっとした動きで妖しい笑みを浮かべながら私に近づいてくるこよりさん。
経験が私に訴えてくる。「身を守れ」と。
「はっ!しまっt…」
声を上げるよりも先に行動すべきだった。
「後ろ取ったり〜」
「ひゃあっ!!」
私の背後に回り込んだこよりさんがよくする行動の一つ。
胸を触ってくる。
「ちょっと!こよりさん!?触らないでください!」
「やだ〜みこちのお胸ちょ〜好き〜。反応いいし…ずっと触っていたい…」
私よりもだいぶ背の高いこよりさんに拘束されて身動きが取れない。
緩やかな感じからは造像もつかないほど力が強い。
こうなったらもう彼女の独壇場だ。
今の私にはもう周囲の景色を説明することしかできない。そうだ詩人になろう。
今日は朝から曇り空で、夏にしては涼しさが感じられる。
風がこよりさんのピーチの匂いを香らせ、私の焦りを緩和し、リラックスさせてくれる…って危ない危ない。罠に陥るところだった。
落ち着いて…すぅ………はぁ………そういえば希空くんは?
久しぶりに希空くんに意識を向けると、あの青ざめた顔は消え失せ、目も当てられないと言いたげな彼の手で顔を隠す仕草が見られる。
「そろそろ、やめて上げましょうよ告森先輩」
「え〜なんでそんなこと言うの〜のあ〜。あ、分かったぁのあも一緒にこうしたいんだよね…?」
「いや、そうではなくてですね…」
その言葉に残念がる私。
ん?残念?どうして私は残念がった?
自分の言葉に自分で気が付く。
私は希空くんに…?
「みこちー?顔赤くなってるよ…?」
「どうしたんだ?」
変なことを想像して顔が熱くなる。
待って今のなし!なし!なしだからっ!
「うわーみこちーえっちな気分になっちゃってる〜」
「なってません!ああーー今日は暑いな〜アイス食べたーい」
「今日は涼しいぞ?」
「あああああああ」
自分でどんどん自滅していってる。
もうやだなにこれ…
それから数分ずっとこよりさんにいじられる佐久間神子であった。
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