第3話 受容の種

 受容の種。


 受け入れること。

 それ即ち『自他を認めること』である。


 言葉では簡単に表せるが、実践できている人間はどのくらいいるだろうか。


 過去を走ってきた現在の自分を他でもない自分自身が認めて、それに加えて他人を認める人物。

 

 自分のことを肉体的に、精神的に、はたまた両面で傷つけてきた他人に対しても受け入れる心を持った人物。

 まるで悪という存在を知らない人物。


 果たしてそんな聖人と錯覚してしまうほどの人間は存在するのだろうか。


 今の自分を受け入れていられなくともいつか必ず受け入れられる日が来る。

 そう信じたい。


  ***


 ごくっ、ごくっ。

「ふぅ…」

 アイスカフェオレを飲んでようやく私_佐久間神子さくまみこは落ち着きを取り戻す。

 現在、私はクラスの隣人_高峰希空たかみねのあくんとその妹_真那まなちゃんとショッピングモール内のカフェに訪れていた。

 ここは私がよく読書や勉強をしに来る行きつけのカフェ。日替わりケーキとカフェオレのセットが私の一押し。


 簡単な経緯について。

 ウィンドウショッピングをしていたら大量の荷物を抱えた希空くんを発見したので、興味本位で声を掛けたところに真那ちゃんがこれまた大量の荷物を持ってきた真那ちゃんが登場してきたの。そこからはもう真那ちゃんワールドだったね。お互いに挨拶をしていたと思ったら急に真那ちゃんが後ろから抱きついてきて、私がその真那ちゃんの中でもがいているところを希空くんが止めて今に至るってわけ。


 私たちはカフェの4人掛けのテーブルを囲んでいて、私の正面に涙目で申し訳なさそうにしている真那ちゃんでその左隣に呆れ顔の希空くんが座っている。

 こうして高峰兄妹が並んでいるところを見ると目元や鼻など顔のパーツで似ているところがあって兄妹なんだなってひしひしと感じる。別に兄妹じゃないと疑っていたわけではないけどね。

 私が一息ついたところを見た真那ちゃんが何度目かわからない謝罪をしてきた。

「本当にごめんなさい…。勝手に体の至る所を触ってしまって…」

「そうだぞ。神子様は神聖なお方だ。むやみやたらに触れていい存在じゃない」

「まあまあ、謝罪はそのくらいでいいよ。十分伝わったから。あと、『神子ちゃん』でいいんだよ希空くん?」

「そうか。よかったな真那。お許しが出たぞ。いや、『神子様』がしっくりくる」

「それならよかった…?」

 私と希空くんのやりとりを不思議そうに見守る真那ちゃん。

 どうも希空くんは私のことを高次元の対象として扱うきらいがある。

 名前で呼んでくれるのはまだいいんだけど、「様」と付けられてしまうとどうもむず痒い部分がある。だから毎回のように訂正しているんだけど頑なに直してくれない。

 いつか「ちゃん」付けで呼んでくれる日が来るといいなぁ…。


 と、淡い期待で日記みたく区切りをつける。

 私はもう一口カフェオレを飲んでからも謝罪がいらないことに補足する。

「抱きつかれたことに関してはすごくびっくりしちゃったけど、大事に至っていないから大丈夫だよ」

 これ以上謝罪のやりとりをするのは不毛だし、こちらとしても罪悪感が湧き上がるかもしれないのでね?

「それで、話が大幅に変わるんだけど、兄妹仲睦まじくショッピングしてたの?」

「仲睦まじいかはわからないが、休日に妹のショッピングに駆り出された兄を演じていただけだ」

 皮肉混じりな希空くん。素直じゃないのが彼らしい。

「ちょっとお兄ちゃん!?そこは『愛しい妹のためにショッピングの荷物持ちを自ら申し出た』って言う場面でしょ!?お兄ちゃんポイントいらないの?」

 お兄ちゃんポイントってなんだろう。

「荷物持ちって…本音出てるぞ本音。あとお兄ちゃんポイントってなんだ」

 希空くんも知らないんかい。

「しまった私としたことがっ!?」

「自分で墓穴掘っているだけだろ」

「ぐぬぬ…やりますな兄上…」

 なんか漫才見ている感覚。常時こんな感じなのかな。

「2人っていつもこんな感じなの?」

 自然と脳内の疑問が質問に変換される。

「そうだな」「いつもこんなだよね〜」

 いつもこんな感じなのか…。

 一人っ子あるあるだと思うんだけど、知り合いに兄妹がいるとうらやましくなる現象。一人っ子はみんな感じたことない。兄妹がいないと寂しいって。

 親とも友達とも違う自分と近しい関係。兄妹を持っている本人たちは煩わしいと思うかもしれないけど。他愛もないやりとりができるのって憧れを感じてしまう。


 いけない。いけない。

 ないものねだりは親不孝って言われてしまうのでそろそろやめておきます。

 私にも兄妹に近い存在がいたりいなかったりするし、それで十分。

 あまり会いたくはないけど。


 私は高峰兄妹に意識を戻す。

「あれ?お兄ちゃん、私の買った商品はどこ?」

「確かに」

「ああ、あのどこに飾るかわからないインテリアたちならさっき車の方へ運んでおいたぞ。実際、邪魔だったし」

「流石お兄ちゃん♪でも邪魔は余計」

「えっ!?一人で!?ってどのタイミングで!?」

 今年一番驚いたランキングが私の中でどんどん更新されていく。

「もちろん一人でだ。カフェに移動するまでの間にサクッと、な」

「ええ…?」

 何このお兄ちゃん。人類?

 私の中で希空くんと言う人物の謎が深まる。

 その謎を解明するように真那ちゃんが突っ込む。

「お兄ちゃん嘘じゃん」

「バレたか」

 流石に一人は無理だよねあの量は。腕が4本くらいないと無理。

「だって執事さんと運んでたでしょ?私の視野の広さを舐めないでよね〜」

 あれ、なんかいつも気怠げな希空くんがバツの悪い感じになっちゃった。

「執事さんがいるんだ」

 まあだからどうもしないけど。なんとなくお金持ちの家庭ってのは分かっていたし。

 葛藤の表情を浮かべる希空くん。秘密にすべきか否か戸惑っているのかな。

 さてどうしよう今までにないパターンだよね。

「お兄ちゃん?何ビクビクしてんの?」

 真那ちゃんがいち早く察知して対応に出た。

「してないわ!これは武者震いだし!」

「あ〜〜〜そんなこと言うんだ〜私はお兄ちゃんの考えていることが手にとるようにわかるよ」

 兄妹特有のシンパシーかな?

「どうせ『お金持ちの家庭って言うのがバレて神子さんに離れられたらどうしよう…』とか思ってるんでしょ?」

「…」

 私も理解はできる。『お金持ち』に関しては似たような境遇だからね。

「心の代弁ありがとうな!もう図星すぎてお兄ちゃん、妹様に頭が上がりません!」

 希空くんはヤケになって開き直る。

 それも全て見越していたのか、真那ちゃんは希空くんを黙らせる言葉を放つ。

「この際だからはっきり言うけど…」

 喜怒哀楽豊かな彼女の表情はいつになく真剣で。

「もっと自分のことオープンにしたらいいんじゃない?関係が捻じ曲がってしまう事実が露顕したとして、結局離れていく人は離れていくし、残る人はお兄ちゃんを丸ごと受け入れて残るだけだよ。秘密を隠し続けるのは窮屈すぎない?」

「真那…」

 ただ妹の名を呟くことしかできない希空くん。

 彼が何を考えているかはわからないけど、少なくとも真那ちゃんの言っていることは聞くに値することが見て取れる。そして希空くんとともに私も続く彼女の言葉を待つ。

 そこで真那ちゃんは悪戯っ子ぽく妖しい笑みを浮かべて提案をする。

「じゃあお兄ちゃん、勝負しない?」

「勝負?」

 一体何の勝負だろうか?

 その内容はすぐに耳に入ってきた。

「神子さんがこれからの高校生活でお兄ちゃんと疎遠になるかならないかを当てるっていう勝負ね!私は疎遠にならない方にこの場の会計と神子さんの連絡先を得る権利を賭けるよ!」

「えっ、おっ、ちょい…」

 いきなり始まった分が悪すぎるゲームに戸惑う希空くん。

「さあ、神子さん!答えをどうぞ!」


 私は結論を出す前に頭の中で高峰真那という人物についての印象を固めていた。

 第一印象は『兄が大好きな超絶明るく欲に忠実な妹』とあまり良いものではなかったが、彼女が兄を言いくるめている部分を見て初発の感想を取り消すことにした。

 言うなれば第二印象。

『しっかり』とか『真面目』とかで片付けるのがもったいないくらいの『身長が伊達だと思わせないくらいに達観した考え方をする精神レベルの人類』であると暫定した。今後第三印象なるものが生まれルカもしれないよね。


 だからね。

 そんなに素晴らしい人の兄をやっている人とこれから疎遠になるかならないかって?

 テストの一問目よりも簡単な問題であくびが出てしまう。


 そうして私はやがて答えを出した。

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