第22話美少年、浮気したあげく頭にうさ耳を生やす
戦国の世にその名をとどろかせ、恐れられた
てっぺんにつるされ、森お
妖艶な美女と濃厚な口づけを交わす場面を
延々と見せつけられるという憂き目にあっていた。
憧れの美女である
とまったく同じ顔を持つ邪悪な女神のとりこに
なってしまったお乱には
「やめろーっ! 化け物め、おれの清らかな宝を
汚すなーっ! お乱の馬鹿ーっ! 浮気者め!」
と絶叫する主君の声など遠くで聞こえる
犬の遠吠えも同然なのだった。
「なんと激しい接吻なのだろう。
この女は神を自称しているが実体は
妖魔に近いだろうからいずれおれの肉体を
跡形もなく食らい尽くすだろう。
だがこれほどの美女に殺される
のならそれでもかまわないか」
肉体的快楽の誘惑に負け、自分の身などどうなっても
かまわないという気持ちになりかけたお乱だったが、
ふと足元の水たまりに目を落としたとたん、
醜悪で巨大な鳥に唇をついばまれる自分の姿が
映っているのがみえたので思わず悲鳴をあげた。
その途端、本来の姿に戻った女神は悪意に満ち満ちた声で
「今わたしのこと、気味が悪いと思ったでしょ!!
絶対に許さないからね」
と言い放つと、汚れた翼でお乱を打ちすえようとした。
しかしその寸前に、美少年を救うべく
例のカエルが跳んできて
女神が変じた醜いお化け鳥を瞬間移動で
どこかに連れ去った。
「危ない、危ない。見かけの姿に惑わされる
ところだった」
と呟きながらお乱はそっとネコを抱き上げ
顔を近づけた。なにかひんやりしたものが
唇に触れたと思った途端、
ネコが弟の
戻ったのでお乱は大喜びで抱きしめ
ほほずりした。二人の様子を見ていた
信長は嫉妬のあまり唸り声をあげて
空中で手足をジタバタさせていた。
「兄さん、いつまでもここにいたら危険だ。
遠くに明かりがみえるからそこまで
歩いて行こう」
「お前の言うとおりだがさっき邪悪な者に
ふれたせいで気分が悪い。もう少し休ませてくれ」
「しょうがないなあ。おんぶしてあげるよ」
坊丸は動けなくなった兄を背負うと、
人家をめざして歩き出した。信長はたまらず
「兄弟同士でチューしたあげくわしを置いて行くのか!」
と叫び声を上げたが無視された。
しばらくして戻ってきた女神が
「待て! おまえも私と同じ化け物にしてやる!」
と恐ろしい声で脅しながら
背後から追いかけてきたので坊丸は
「兄さん、この剣で切れば倒せるかも」
と言いながら
お乱は弟の背中から飛び降りると、
迫りくる邪神に名刀の刃を向けたが、
相手が再び美女に姿を変じたのでへなへなと
その場に座り込んでしまった。
「何やってるんだ! しっかりしてよ!」
「だめだ、おれにはお玉殿を殺せない」
「あんな化け鳥がお玉殿なわけないだろう?」
こんなことを言いあっているうちに
とうとう追いついた邪神は兄弟をまとめて
獣に変えようと呪文を唱え始めたが、突如
馬鹿でかい十字架で邪神の胸を突き刺した。その瞬間、
邪神の体は霧となって四方八方に飛び散り、
足元の花や木々の葉を枯らした。
黒人小姓として知られる
幻獣から降りると、お乱の足元にひざまずいた。
それを見て驚いたお乱は
「助けに来てくれてありがとう! あれっ、
どうしたんだ? まさかさっき魔物を退治
したときに毒気でも浴びたのか?」
と心配して声をかけた。少しの間、弥助は黙ったまま
うつむいていたが、やがて意を決してこう言った。
「お乱ちゃん! おれ、決心したよ!
もし君のおれへの気持ちがまだ変わらないなら……」
こう言い終わらないうちにお乱が悲鳴をあげたので
驚いた弥助が顔をあげると、
「ワーッ! 坊丸の頭に猫耳が生えてきた!」
「そういう兄さんの頭にもウサギ耳が生えてるけど」
と言いながら兄弟がふざけ合っていたので拍子抜けした。
「ゲーッ! 今頃呪文の効き目が現れたか!
普通、魔物を倒したら呪いは解ける
はずなのに一体、どういうわけだ!?」
「またチューしてみようよ。そしたらもとに戻るかも」
兄弟は目を閉じて顔を近づけたが、
「それだけはやめろーっ!」
と絶叫しながら飛んできた信長に阻止された。
弥助の乗ってきた
みなに忘れられたあわれな元天下人を
自分の背に乗せて運んできたのである。
かんしゃく持ちの中年男は額に青筋を立てて
「よくもわしの目の前で浮気してくれたな!」
と叫んでこぶしを振り上げたが、ウサギ耳をつけた
美少年が目に涙をためながら媚びるような
色っぽいしぐさをしてみせたとたん、
「こんなかわいい生き物、怒れない」
と言いながら真っ赤になってくねくねし始めた。
「ある意味、さっきの女神よりこっちの方が魔性かも」
とあきれた坊丸がつぶやくと、弥助も
首を縦に振って同意したのだった。
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