第21話夢の続きは夢

 明け方近くにようやくウトウトしかけた

ころ、枕元に立って自分を見下ろしている

悪魔と目が合った信長は


「お乱はどこにいるのだ? たとえわしのことを

 愛していないとしても一目会いたい。そうだ、

 明智の娘そっくりな顔をもつ、

 あのいまいましい魔物に連れ去られる

 前に時を戻してはくれまいか?」

と懇願した。


「そうですね、そのくらいなら

 この糸も傷まないでしょうね」

 そう言うと、悪魔はヨレヨレになった糸を

猛烈な勢いで糸巻きに巻き付け始めた。

 

 早朝にもかかわらず外から聞こえてくる

騒がしい人声と物音で目を覚ました信長は

本能寺のお堂にいることに気付いて驚いた。


「おや、またあの日に戻ってる!

 今度こそ、今度こそ、うまくやってみせる」

と強く誓った後で、信長は


「お乱! 明智が攻めてきたぞ! 早く

 ここから脱出する準備をするのだ!」

と小姓であり愛人(男)でもある森お乱の名を

呼んだが、返事はなかった。


「ええい、誰でもいいから早く来い!」

 その声に応えてやってきたのは

やはり小姓である高橋虎松たかはしとらまつだった。


「お乱はどこにいる!? 敵が攻めてきた

 というのにあの者は一体何をやっているのだ!?」


 虎松は

「お乱殿を探すついでにわたくしが代わりに

 外で何が起きているのか確認して参ります」

と答えるとすぐに駆けだしたが、すぐに戻ってきて、


「大変です! この寺全体が森家の鶴丸つるまるの紋を掲げた

 兵士に囲まれています! それにお乱殿ばかりでなく、

 弟たちの姿も見当たりません!」

と叫んだ。その報告を聞いた信長は血相を変えて、

こう叫んだ。


「でたらめを言うな! ねぼけて見間違え

 ただけだろう。あのお乱がわしを

 裏切るなどありえん! 夕べなんて

 一晩中激しくわしの中で

 暴れまわった後でいつも以上に

 濃厚な口づけをしてきたのだぞ!」


「嘘じゃありません! たしかにあれは

 鶴丸紋でした」

と口答えした虎松に信長はこぶしを振り上げたが、

外にいる兵をバタバタとなぎ倒し尽くした

敵がとうとう建物内部に侵入してきたので

それどころではなくなった。

 あわてふためく小姓たちに向かって信長は


「思い出した! ここに抜け穴があるんだった!」

と言いながら仏像の台座をずらしてみせた。

すると、そこから槍を手にしたお乱が飛び出してくると、

主君めがけて突進してきた。小姓たちは信長の前に

立ちはだかって戦ったが、一人残らず

倒されてしまった。信長は逃げようとしたが、

外から飛んできた鉄砲の弾に足を撃ちぬかれて倒れた。


「お乱! 昨夜はわしの耳元で何度も愛していると

 情熱的にささやいたのにあれは嘘だったのか!?」

 返事の代わりに最愛の美少年は

不動行光ふどうゆきみつをさやから引き抜くと、

この名刀の贈り主である主君の頭めがけて

勢いよく振り下ろした。



「ギャーッ!」

と悲鳴をあげて飛び起きた信長は

傍らに上半身裸のお市が寝ているのを見つけて

再び悲鳴を上げた。


「いつの間に、布団の中に入ってきたのか!

 早く勝家のもとに戻れ!」


「兄さん、あんなつれない恋人(男)の事は忘れて

 もう一度私とやり直してちょうだい」


「いやだ! わしはお乱の方がいい! 

 おまえとはもう終わったのだ!」

 表向きは兄妹である二人がもめているところに、

お市の夫である柴田勝家しばたかついえが乱入してきた。


「信長め、やはりお市とできていたのか!

 やはりあの時、殺しておくべきだった!」

 嫉妬に狂った老人はかつての主君であり、

今は義理の兄である男めがけて刃を振り上げた。

(その昔、信長が同母弟、信行のぶゆきと家督相続をめぐって

 争った際に、勝家は信行側についていたが、

 後に信長側に寝返ってしまい、最終的に信行は

 信長の手で殺された)


「やめて! 兄さんは悪くない! 私が

 自分から誘惑したの!」

と叫んでお市は止めようとしたが、

勝家は信長の上にのしかかって

今にも首を掻き切ろうとしていた。

 この騒ぎで目を覚ましたカエルがのそのそと

近づいてきたので信長は


「今すぐお乱のいるところに連れていけ!」

と命じた。カエルが頭に飛び乗った直後、

寝間着姿のまま信長は山のふもとに

空間転移していた。すぐに愛しの小姓を

見つけた信長は


「お乱! こんなところにいたのか! 坊丸も

 生きていたとはめでたいな、さあ、一緒に

 帰ろう」

と言いながら手を差し出した。しかしお乱は

その手を取ろうとせず、かつて熱愛した

主君に見向きもしなかった。


「なぜだ!? なぜ拒絶する!?」

と動揺する信長の様子を見てあわてた坊丸は


「兄さん、どうしちゃったんだ?

 無礼なふるまいはよせよ」

と兄をたしなめたがお乱は何も言わずに

うつむいていた。そこに例の女神が美女の姿で現れ、


「おいで坊や、わたしと楽しく遊びましょう」

と甘い声でささやきかけたとたん、お乱は

ふらふらとそちらに近づいて行った。坊丸は


「兄さん、だめだよ! 動物に変えられてもいいの!?」

と叫んで止めようとしたが今度はネコに姿を

変えられてしまった。


「やめろ! お乱を返せ! ぶっ殺してやる!」

と半狂乱になって叫び続ける信長の目の前で、

女神はお乱と濃厚な口づけをかわして

見せつけた。


「夢だ! これも夢であってくれ!」

 あわれな中年男の悲痛な叫びが

あたりにこだました。




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