第18話兄と妹

 お市と信長から突然出生の秘密を知らされた茶々は

錯乱のあまり、


「こんな変質者が父親だなんて死んだ方がましよ!」

などとわめきだした。お市が情緒不安定な娘の口を

手で塞いで家の外に連れ出すのを見届けた信長は、

小姓たちのいる方に向き直って、


「おい、褒美に抱いてやるからこっちにこい」

と命じた。その言葉を聞いたとたん、

矢じりに塗ってあった薬のせいで

肉体が少女になってしまった小倉松寿おぐらまつじゅ

主君の胸に飛び込もうとしたが、


「今のはお乱に言ったのだ。悪いが松寿、

 わしは小娘に興味はない」

と冷たくあしらわれ、すごすごと出ていった。ところが

当のおらん森蘭丸もりらんまる)はというと、大急ぎで

服を着こんで逃げる準備をしている最中だったので信長は

かっとなって、こう叫んだ。


「こら、どこに行く! 明智の真似をしてわしを裏切る気か!?」


「あーれーっ! せっかく着たばっかりなのにまた

 脱がさないでください!」

という懇願もむなしくあわれな小姓はあっという間に

全裸にされて押し倒されてしまった。狭い後庭いりぐち

容赦なく巨大化した下腹部の先端が侵入

してきた瞬間、お乱は激痛に悲鳴を上げた。

愛しい小姓が苦しむ姿を見て我に返った信長は


「すまん。大事なおまえを傷つけるつもりはなかった。

 サルにかけられたいまいましい呪いが解けて男根モノ

 元の大きさに戻るまでわしが抱かれる側になろう」

としおらしい調子で言った。その言葉が終わらないうちに

返事の代わりに口づけをあめあられと浴びられた

信長は天にも昇る心地になり、お乱に好きな女性が

いるというのはねぼけて聞き間違えたのだと

思い込んですっかり安心してしまった。

 例のモノが巨大化したことをのぞいて、全体的に

女性的な容姿になった主君をお乱は優しく取り扱ったので、

信長はうっとりと目を閉じてされるがままになっていた。

その様子を窓の外から亀子(弥助やすけの妻)が目をギラギラさせながら

のぞいていた。亀子は赤ん坊を近所の子守に預けた後、

井戸端会議が長引いて帰りが遅くなったのだが、

見知らぬ人物が自宅に出入りするのを見て

警戒し、庭に隠れていたのである。


 交わりがひと段落した後、主従は抱き合ったまま

板張りの床に寝転がっていた。しばらく沈黙が

続いた後で、お乱は


「上様、実の妹であるお市様と恋仲だったというのは本当ですか?

 茶々様がお二人の間に生まれた姫君だというのも?」

と先ほどから気になっていたことを尋ねた。


「ああ、たしかにおれたちは昔そういう関係だったが、

 実はわしとお市は兄妹ではなく、いとこ同士なのだ。

 浅井家に嫁がせるにあたってわしと血のつながりが

 濃いおなごをよこしたと思わせる方が上策だから

 妹ということにしたのだ」

という答えを聞いてお乱は安堵した。

 その後しばらく二人は他愛のない話をしていたが、

疲れがたまっていたので主従そろってうたた寝を始めた。

そこに嫉妬に狂った松寿が刃物を手に忍び寄ってきた。


「こいつさえいなければ、おれはもっと愛されるはず!」

と思いつめた松寿はお乱を殺そうとしたが、亀子が


「乱ちゃん、あぶない! 逃げて!」

と叫んだので襲撃は失敗に終わったのだった。



「この方が上様? 本当に?」

 お市の夫、柴田勝家しばたかついえは目の前にいる中性的な姿の人物が

織田信長と同一人物であるということが

どうしても信じられなかった。もしかしたらお市は

爺である自分のことが好みでないのでなよなよした

愛人をにせ信長に仕立て上げてそばに置こうと

しているのではないかと内心、疑っていた。


「そうよ! 兄さんがこんな姿になったのは、

 秀吉の奴が変な薬で兄さんを女にして自分の

 お妾にしようとしたからなの! 秀吉を倒して

 兄さんがもう一度天下人になるのを手伝って!」

とお市は叫んだが、勝家は半分も聞いていなかった。


「お市様、騙されてはなりませんぞ! どう見ても別人です!」

 その一言で腹を立てた信長はいきなり立ち上がって、


「この恩知らず! 信行のぶゆきと組んでわしに逆らったときに

 許してやったのを、お前は忘れたのか!」

と叫んだ。怒りに燃えるその顔はまさしく

第六天魔王そのものであったので勝家は震え上がった。


「この狂った目! こいつは間違いなく、あの男だ!

 まさか姿を変えて生きのびていたなんて!」

 老いた家老はころりと態度を変えてひざまずくと、


「お許しください! この勝家、わが命に代えても 

 上様をお守りいたします!」

と叫んだのだった。

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