第14話招かれざる客

 元夫である信長を裏切って小姓ともども奴隷商人に

売り飛ばしてしまった後で、濃姫はやはりあの場で

全員殺しておくべきだったと後悔していた。


「あの第六天魔王の事だから、戻ってきて

 復讐に来るかもしれない。それにどこかで

 秘密がもれないとも限らない。

 いや前にあの男の行方について

 陰陽師に占わせたら、乗っていた船が途中で沈んだ

 という結果だったじゃないの、森の小僧たちと

 一緒に海の藻屑になっているにきまってる」

 そう自分に言い聞かせて不安な気持ちを

沈めようとしたものの、その晩濃姫は一睡も

できず、朝一番に陰陽師を呼びつけると、

憎き信長の生死を占わせた。

 その結果、思いもよらない答えを聞かされた

濃姫はヒステリックな金切り声を上げて陰陽師に詰め寄った。


「おかしいわね。そんなはずがないじゃない!

 もう一回占ってちょうだい!」


「何度やっても同じことです。信長公はたしかに生きており、

 何らかの術で顔と姿を別人のごとく変えて

 この国のどこかに身を隠しています」


「あの男、なんて悪運が強いんだろう!

 こうなったら絶対見つけ出して始末してやる!」

などと息巻いている濃姫に陰陽師は


「詳しい居場所を調べるには通常の倍の料金をいただきますが

 いかがいたしましょうか?」」

と取引をもちかけると、まむしの娘はニヤリと不気味な

笑みを浮かべたのだった。




 信長を背負った弥助やすけと森おらん森蘭丸もりらんまる)は真っ暗な夜道を

とぼとぼと歩いていた。大男の連れがいるとはいえ、

心細くなったお乱は


「まだつかないの? ずいぶん遠いんだね。

 せめて馬があればなあ。疲れただろうから

 おんぶを交代しようか?」

と話しかけたが弥助は


「君みたいな美しい人にこんな重い荷物を背負わせるなんて」

と言って断った。お荷物呼ばわりされているとも

知らず、死んだように熟睡していた信長は

懐の中に隠していたカエルが

もぞもぞ動いたせいでようやく目を覚ました。


「うわ、真っ暗だな。この先、追剥おいはぎでも出たら大変だ。

 そうだ、このカエルは空間転移の力を使えるんだった!」

 弥助の家に移動するよう命じられたカエルが

ゲコと喉をならした瞬間、、三人は弥助の家の前に立っていた。

 弥助が戸をたたくと、赤子を抱いた日本人妻が出てきた。


「まあ、あなた無事だったのね! 上様と

 一緒に戦死したものと思って茶太郎と一緒に毎日

 泣き暮らしていたのよ。また会えたなんて

 夢を見ているみたい」


「ただいま。おれもここに帰ってきたのが

 信じられないくらいだよ。ところで亀子かめこ

 大事な客を二人連れてきたから

 せいいっぱいもてなしてくれ」

と二人を紹介した弥助に妻の亀子は


「あなた! 私以外にもきれいな奥さんが二人もいたのね!」

と金切り声で叫んだ。


「誤解しないでくれ! あの二人は男だよ」


「うそおっしゃい! 何で男が私より

 胸が大きいのよ!」


 夫婦のやり取りを聞いていた信長は

「何やらもめているようだな。色々あって乳がデカくなってしまった

 わしらをおなごだと勘違いしているらしい」

とつぶやくと、いきなりお乱の下腹部を

服の上から手で撫でまわした。その様子にめざとく気づいた

亀子の目は二人の客に釘付けになった。


「あん、やだ! いきなり何するんですか!?」

 突然の攻撃にお乱は真っ赤になりながらも

お乱は自分がされたのと同じように主君の

下腹部を手でしごいたがその感触に驚いた。


「顔も体つきも女の人みたいになったのに

 ここだけ前よりごつくなってる

 のは一体どういうわけだ!? こんな武器で

 毎晩攻められたら体がもたない!」

と怖気をふるったお乱は


「上様、この辺で元の姿に戻ってはいかがでしょうか?」

と提案した。


「まずい! 秀吉の野郎を痛めつけて薬の効き目をなくす方法を

 聞き出しておけばよかった! 今後もしわしが織田信長であることを

 証明できなければわしはもう元の地位に戻れないだろう。

 そんなことを知られたらわしはお乱に捨てられるかもしれん」

 こんな恐ろしい可能性に思い当たった

信長は冷や汗をかきながらこう言ってごまかした。


「おまえたちには面倒を書けるが、もう少し情勢が落ち着くまでわしは

 このままの姿で潜伏していようと思うのだ。そういうわけで、

 わしの正体がばれないよう、わしのことを上様と呼ぶのはやめにせよ」


「うーん、じゃあご主人様とお呼びしても

 よろしいでしょうか?」


「うははは、なんだかエロい響きがするのう」


 「ご主人様」という単語が聞こえた瞬間、

聞き耳を立てていた亀子は大いに興奮してこう言った。


「どうやらあの人たち、本当に男の人なのね。

 しかも主従関係であると同時に恋人同士! 

 なんだか胸がドキドキしてきたわ」

 重度の腐女子である亀子が機嫌をよくしたのを

見てとった弥助はすかさず


「実はな、あの方々は織田信長公と森お乱殿なのだ。

 わけあって姿を変えておられるから

 信じられないかもしれないが……」

と声を潜めて二人の正体について説明した。

それを聞いた亀子は


「そうね。あのお若い方はたしかに森お乱殿で

 やたら密着しているもう一人の方は信長殿なのね。

 ではあなたを引き立ててくれた人に恩返しをしなければ」

と言うと、二人を家に上げて歓待した。

実は安土城で侍女として勤めていた頃、

亀子はしょっちゅう二人が愛し合う現場を

のぞき見ていていたのでお乱の顔に

見覚えがあったのだった。

  

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