第13話讒言
さんざん秀吉をいたぶって得意になった信長は
大声で
「お乱! 早くこっちに来い!
いいもの見せてやる!」
小姓という立場上、いつも自分のそばにいるのが
当たり前になっていたお乱がすぐに姿を現すものと
信じて疑わなかったのだ。
しかし何度呼んでも返事がないので
激しい不安に襲われた信長は
「おい、サル! 貴様、お乱をどこに隠した!?」
とわめきながら尻から血を流して倒れている
秀吉の肩をつかんでゆすぶった。
するとこの棚ぼた天下人はクックと喉を鳴らして
笑い出した。
「ふっふっふ! あの小姓はあんたのことなんて
少しも愛しちゃいない、とんでもない裏切り者ですよ」
「何!? でたらめを申すでない!」
まんまと罠にはまって動揺する信長を
秀吉は心の中であざ笑いながら
「うそじゃありませんよ。あの小せがれときたら、
あなたの身柄と引き換えに生意気にもこの私に大金を
要求してきたんですよ。主君でもあり恋人(男)
でもあるあなたを売り渡すなんてさすがに
ひどすぎやしないかと言ってやったら、
『こんな野郎、もう用済みだ。権力を失った
ただの中年オヤジには何の興味もない』とまで
言いやがったんですからね。もし明智の
今度の事件を起こさなかったとしても、
嫌われ者のあんたはいずれあのガキに
寝首をかかれるはめになったに
違いありませんな」
この言葉に激怒した信長は秀吉の横面を
思い切り張り飛ばした。目は血走り、
髪の毛は逆立ってまるで鬼のような形相で
にらみつけられた秀吉は思わず悲鳴を上げた。
「殺す!」
と叫びながら信長はかつての部下に
とびかかった。あまりの剣幕に恐れおののいた
秀吉は死に物狂いで部屋の外に飛び出すと、
「
と大声で助けを求めた。
ようやく異変に気付いた秀吉の家来たちがどやどやと
駆けつけてきたかと思うと、
「殿を傷つけるとはけしからん! 殺しちまえ!」
と言いながら一斉に刃を向けてきたので丸腰の信長は
壁際に追い詰められてしまった。首筋に槍の穂先を
突き付けられながら
「馬鹿者! おまえら、わしが誰だか
わかっていてそんな真似をしているのか!?」
と絶叫した信長だったが、男たちは
「あんたなんか知らねえよ!」
「そうだそうだ! オバサンがさかやきみたいに
頭を剃ってて変なの!」
などとあざわらった。
「ええい、愚か者どもめが、わしは天下の織田信長だぞ!」
立腹した信長が自分の名を名乗ったとたん、
あたりは爆笑の渦に包まれた。その上、
「何こいつ? 自分が信長公だって妄想に取りつかれちゃって
るの? 大体、燃え盛る本能寺から逃げ出せるわけないじゃん」
と言った者がいたので、男たちの笑い声はますます激しくなった。
「ふざけやがって。おまえら全員ぶっ殺してやるからな」
と悪態をつく信長の声は心なしかいつもより弱々しかった。
傍らでその様子を見ていた秀吉は中途半端に
女体化した信長を指さしていつまでも
笑っている家来たちに向かって、
「何をしている! そいつをさっさと殺せ!」
と命じた。スケベ心を起こしかけていた家来たちは
あわてて武器を手に持ち直した。
信長が今にも槍で喉を突かれそうになった瞬間、突然、
頭の真上から真っ黒なガマガエルが降ってきて
肩の上に着地した。
「中国大返しに使った空間転移用の
生体魔道具がなぜここに!?」
とあわてた家来たちはカエルを取り返そうとしたが、
カエルに口から毒液を吹きかけられて全員失神した。
「これはもしや
もとになった魔性の生き物か!?」
と気づいた信長は
「ここから脱出させてくれればうまいものを
たらふく食わせてやるぞ」
とカエルに話しかけた。
「ちくしょう! 逃げ出して天井裏に隠れていたのが
転移してきたのだな! こんなことなら
蛇に食わせてしまえばよかった!」
などと思いながら秀吉は自ら手を伸ばして
この秘密の生物兵器を取り返そうとしたが、
次の瞬間、信長の姿はカエルとともに
煙のように消えてしまった。
その頃、森お乱と信長の黒人小姓だった
弥助は教会を出て弥助の自宅に向かっていた。
「しばらくうちに泊まっていきなよ。
女房と子供も紹介したいし。
いろいろおいしいものをごちそうしてやるから
元気だしなって」
「あんなに大きな安土城が燃やされたなんて信じられない!
上様だけでなく跡継ぎの信忠様まで殺されてしまった上に
城までなくなって、おれはひとりぼっちでこれから
どうやって生きていけばいいんだ!」
などとわめくお乱の肩を抱いて弥助は
慰めようとした。
ちょうどそのとき信長が空間転移してきて
「お乱! 無事だったか!?」
と言いながら駆け寄ってきた。その姿を見たお乱は
「この人誰? お市殿にどことなく似ているが
あの人、あんなに胸デカくなかったよなあ」
などと考えていたが、相手の着ているものに
見覚えがあったので驚いた。
「あれはおれが上様にあげた小袖じゃないか!」
本能寺を脱出したときからずっと着た切り雀で
薄汚れた姿の主君を憐れんだお乱は
重ね着していた自分の小袖を脱いで
主君に着せてやっていたのであった。
「おい、おまえら、やっぱりデキていたな!
弥助の泥棒ネコ!! せっかく家臣に取り立てて
やったのにわしの愛するものを奪おうとするとは
恩知らずめ!」
などとヤキモチを焼いてわめいている主君を
お乱は抱きしめた。
「上さまーっ! 生きておられたのですね!
変化の術で女人に化けられてもこのお乱には
すぐわかりましたよ!」
「
殺そうとしてきたのにおまえだけは
わかってくれた!」
と叫ぶ信長の目から涙があふれてきた。空間転移の術を使って
秀吉の魔の手から逃れた後、生き残った子息たちの元を尋ねた
信長は偽物呼ばわりされて危うく殺されかけたのだった。
「では今すぐ城に戻ろう!」
などと言いながら上機嫌で歩き出した信長の後ろを
お乱と弥助は浮かない顔でついていった。忠実な二人は
とても残酷な現実を告げる気になれなかったのだ。
しばらく歩いて行くうち、小高い丘の上から
遠くを見渡した信長は安土城があったはずの
場所が更地になっているのを見て真っ蒼になった。
「ない! ない! わしの造った安土城がない!」
落胆のあまり動けなくなった信長を
背負って弥助は黙々と歩きだした。
お乱は主君の額に手を置くと
「上様! 城はなくなってもおれは
ずっとそばにいますよ」
と耳元でささやいた。信長は騒ぐのをやめて
無言のまま目を閉じていたがやがてそのまま
寝入ってしまったのだった。
夢の中で例の悪魔に出会った信長は
「謀反が起こった前日か当日じゃなく、
もっと前に戻してくれよ!
そうすれば先に明智を始末するなり、
供回りを大勢連れていくなりして
反乱を未然に防げるものを!」
と叫んだ。
「それは不可能です。そんなえこひいきをしたら、
わたしが時の番人にしょっ引かれてしまいます。
ただでさえ、人間の分際で神になろうとしたあなたは
天界ににらまれているんですからね」
「じゃあもう一度、あの日に時間を巻き戻せ!」
「糸がボロボロで限界なのでもう無理です。
今ある生を懸命に生きてください」
この言葉を残して悪魔は再び闇の彼方に去っていった。
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