第12話すれ違う心
秀吉のもとから命からがら逃げ出した。しばらくして
目を覚ましたお乱は地面に飛び降りるやいなや、
「大変だ! エテ公に上様が捕まった夢を見た!
早く助けに行かなきゃ!」
と叫んで走り出した。夢現の状態でも主君の身に起きたことに
お乱が気付いていたことに驚いた作兵衛は襟首をつかんで
引き留めると
「やめろ! そっちに行ったら殺されるぞ!
あんな暴君のために羽柴の
一緒にお陀仏になるなんて馬鹿げている!
あの腹黒いエテ公はな、かつての主君の顔を一目見た瞬間、
『亡き上様の名をかたる不届きな偽物め、今すぐ打ち首にせよ!』
と眉一つ動かさずに部下に命じたんだぜ。あんなに
豪華な葬式まで済ませちまった後で実は信長が
生きていたなんてばれたら都合が悪いからな。
おれたちも口封じのために危うく殺されるところだったんだぜ。
信長の首が地面に落ちる音をおれは一生忘れられないだろう」
などとでたらめを吹き込んだ。いつもだったら、
主君を呼び捨てにされたら激怒するところだが、
お乱はガタガタ震えながらその場に
崩れ落ちると、顔を覆って泣き出した。
「そんな……! 上様があんな卑しいエテ公ごときに
殺されてしまったなんて……! おれの馬鹿!
失神さえしなければ身代わりになって
さしあげられたものを……!」
などと嗚咽を漏らしながら大声で嘆くお乱を抱きしめると、
作兵衛はタラコ唇をタコのようにとがらせて
目の前で泣いている美少年の赤い唇に吸い付こうとした。
ところが次の瞬間、お乱は顔を上げて
作兵衛をキッとにらみつけると、
思い切り平手打ちを食らわせた。
そこはちょうど例のできものがある場所だったので、
作兵衛は痛みに耐えられずにしゃがみこんでしまった。
その間にお乱は全速力で逃げ出したが変態作兵衛は
激しい怒りをエネルギーにして復活し、
「おのれ卑怯者め、こうなったからには
なぶり殺しにしてくれよう!」
などと脅し文句を並べながら猛然と追跡を開始した。
あと少しで追いつかれそうになったとき、黒人武官の
魔性の力を宿した作兵衛は敷地に入ることさえできず、
すごすごと引き返すしかなかった。
あの運命の日、明智勢との戦闘で負傷した弥助は
光秀の計らいで、南蛮寺に身柄を引き渡されていた。
そもそも信長の家臣になる前の弥助は
ポルトガル宣教師の使用人だったので
下手に殺してしまって国際問題に発展する
ことを恐れた光秀はこの異国出身の捕虜の
命を奪うことをしなかったのだ。
さて教会の中に与えられた弥助の居室に
招き入れられたお乱は胸をはだけて弥助に
しなだれかかった。
「弥助、おれは今でも君のことを想っている!
上様はもうこの世の人ではないのだから
今すぐおれを抱いてくれ!」
と迫られた弥助は内心どぎまぎしながらこう言った。
「お乱殿、上様にあんなに愛されていながら
なぜ裏切るようなまねをするのです?
おれにはどうにも納得ができない。
遺体が見つかっていない以上、
上様がどこかでまだ生きている可能性もあるし、
固く禁じられているのだ」
「だって好きなものは仕方ないだろう。
おれの心はどんな神様にも止められやしない。
それに上様は殺されてしまったよ」
お乱は作兵衛から聞かされた信長の最期を
弥助に説明した後で、こんなつぶやきをもらした。
「それにあの方はおれのことなんて愛してなどいなかった。
ただ一時の気まぐれでおれを手ごろな
遊び道具にしていただけだ」
この言葉を聞いた弥助は憤然とした面持ちで立ち上がると、
こう叫んだ。
「いや違う! 上様は鉄砲で撃たれた自分の腕の傷じゃなく、
真っ先に君の胸の刺し傷の手当てをするために
おれが差し出した貴重な万能薬を
全部使ったんだ! 身分の差や年の差など関係ない!
これを無償の愛と言わずして何と言おうか!」
「そんなこと、信じられないよ。上様がおれのことを
そんなにまで愛しているはずがないんだ! もしご自分の
おけがを治した後でうまく脱出できたならば
おれの代わりになる美童なんて
いくらでも見つかっただろうに!」
と口では否定しながらもお乱は色白のほおを赤らめ、
うっとりしてあらぬ方向を見つめていた。
「それに君は上様が死んだ現場を見たわけではないのだろう?
あの作兵衛とかいう変態野郎にだまされているんじゃないか?」
このもっともな指摘をなぜかお乱は素直に信じる
気にはなれなかったのだった。
その頃、謎の薬で女体化させられた信長は
秀吉によって寝室に連れ込まれて押し倒されていたが、
唇を奪われまいとして必死の抵抗を試みていた。
すでにひげは抜け落ちて、剝き出しになった上半身には
大きな丸い皿のような乳房が二つ揺れていた。
さかやきがなければ女性と間違えられそうな
見た目になっている信長が
「やめろ! わしはお前みたいな醜い猿男は好みではない!
さわるな! なめるな! そもそも近寄るな!」
などとわめいて抵抗する様子を面白そうに
見ていた秀吉は
「ははは。お声が高くなって力も弱くなってきましたな。
もしわしと寝るのがどうしてもいやというなら
代わりにお市殿を嫁に頂けますかな?」
ととんでもない提案をした。
「馬鹿者! おまえのような変態エテ公に
わしの大事な妹を取られてたまるか!」
言い争う声と悲鳴を聞きつけてお市その人が駆けつけてきた。
信長が生きており、二人きりで会いたがっているといわれて
秀吉に呼び出されたのだ。
「無礼もの! 兄上様を離しなさい!」
と叫ぶと、兄に似て気性の激しいお市は
懐刀で峰打ちして秀吉を気絶させた。
「殺してしまいたいのは山々ですが、
今ここで捕らえられたら私ばかりか、
兄さんまで始末されてしまうので
やめておきます。さあ兄さん、早く逃げましょう」
とお市は促したが、信長は自分の袴の中を覗き込んで
首を傾げていた。
「何やってるの!?」
と言いながら真っ赤になって目をそらしている
美しい妹の存在などおかまいなしに信長は
「あれっ!? 前より大きくなっている!
エテ公の野郎、わしを女体化させようとして
変な色の薬を溶かした風呂に沈めたが、
女っぽくなったのは上半身だけじゃないか!
よしこうなったからには存分に仕返ししてやるぞ!」
と復讐を宣言した。
「もう付き合ってられない! 私、
嫁に行くけど、兄さんは連れていかないからね。
そもそもこの人、本当に兄さんなのかしら?」
と言い捨てると、お市はさっさと帰って行った。
その夜、すりこぎのような巨根をぶちこまれた
秀吉の悲鳴が城中に響き渡ったが、
あらかじめ今夜のおたのしみの邪魔をしたら
殺すと命じられていた家来たちは
誰一人助けに行かなかったのだった。
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