6 白と黒 光と影



「ん……」



 どうやら私は……シュテルは気を失っていたようだ。

 大神殿にある自室、そこに備え付けられた贅沢なベッドとは比べ物にならないほど質素で堅い布と台の上で目覚めた。

 慣れていない堅いベッドで寝ていたことで、体のあちこちが痛い。

 


 ゆっくりと体を起こし、自分が何か乱暴されたわけでもないことを確認する。彼女がそういったことをする手合いには見えなかったが、念のための確認は必要だろう。

 服も、攫われた時の『木令拝』用に来ていた――やたらと露出の多い――儀礼服のままだ。まぁ、ベッドに寝かすために靴は脱がされていたが。



「……っ……ぁ!……ぅ」



 ふと、隣から聞こえてくる微かなうめき声。

 声のする方を向けば、同じく簡素なベッドで横になっている、私を誘拐した張本人がうなされながら眠っていた。

 泣きたいのに泣けない。辛いけど辛いと叫ぶことは自分が許さない。そんなふうに、自分で自分を追い込む人間特有の苦しみに悶える、見た目11~4歳の姿をした力のない少女がそこにいた。



「汗が……」



 彼女の額には大量の汗が浮かんでおり、それを拭こうとしても布がない。

 まぁいいか、そう思ったシュテルは自分の服。『光女』として与えられた最高級の儀礼服の袖で吹くことにする。彼女が着ている儀礼服は、白を基調に金糸の刺繡がされた特注服であり、同じものを頼めば一般人を10人くらいまとめて、その一生を養えるくらいの値段になる。



 そんなことは問題ではないと、苦悶に満ちた顔に布が触れようとしたとき……。



「触れるな」



 腕ごと掴まれた。

 いつ目覚めたのか、気が付いたのかすらわからなかったが、彼女は月のように綺麗な瞳を開いてこちらを見ていた。



「あ、あの……私……」



「気にするな。寝ていても反射的に起きる体なだけだ」



 動揺する私を、ほんの少しだけ宥めるようなニュアンスを込めてぶっきらぼうに語る。

  


 私の腕をそっと離し、額の汗を腕で拭いながら、全身黒い少女が体を起こす。

 あらためてみる彼女は、寝間着のつもりなのか白のワンピースを着ているだけで他は何もつけていない。服が白いせいで、彼女自身のすべてが黒い色であると強く強調され、自分がまるで物珍しい何かを見ているような視線になっていることに気づくと同時に恥じ入る。



 絶対に見られない髪と肌の色。人為的に染めることも許されない色であり、それほどまでにこの世界では黒という色を忌避している。



(『マルテリア教』が禁止しているだけで、その理由までは知らない……けれどそれで困らないならば、か。大神殿内部の腐敗にうんざりしていたけど、私もその中の一部だったわけね)



 彼女をよく見ていてすぐ気が付いた。

 その全身に残っている生々しい傷痕に。切り傷の類だけならば、過去の戦闘でついたものだと言える。だが、火傷などを含めた、明らかにそういった目的を持って人工的につけられた様々な種類の傷痕は、彼女が生易しい人生を送っていないことがわかる。



「珍しいか?」



「あ……」



「お前の見た目も、一般では十分すぎる程に珍しいと思うがな」



「そう……ですね……」



 彼女の言葉は、彼女が意図せずとも私の心に鋭いナイフを突き立てた。

 


 ――『光女』シュテル・ステーリアの外見を知っているか?



 そう人に尋ねると、100人中100人が同じ答えをするだろう。

 白い方である、と。



 この世界は、人体の色素はどうなっているのかと思うほどに、多種多様な色の髪や瞳をしている人間がいる。赤や紫、緑に青などなど、もはやちょっとした色見本位置と思えるほどに様々だ。



 そして、多様な色が存在する世界で、例外が眼の前の彼女の『黒』と、私の『白』である。別に、白い肌の人がいないということではない。

 ただ、私の全身はそのすべてが白いのだ。まるで、誰もが当たり前に持っている色素をどこかに置いてきてしまったかのように肌や髪、その瞳ですら……。瞳に関しては、眼球の作りの問題なのか、白というよりは灰色に近い色だが、色の存在しない体であることは間違いない。そこに、『光女』として奉るために与えられる衣服も基本が白い色で統一されていた。

 そんなシュテルが外を歩けば、確実に悪目立ちするだろう。



 堅いベッドの上、シュテルが激しく落ち込んで沈み込む姿を、黒き少女は観察する。

 自分の目的に使えるかどうか、それを計るために。



 こうして、『光』と『影』は出会った。



age.12903.04.03


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世界樹の下で黒百合と白菊は咲き誇る -女性しかいない世界で愛を紡ぐ復讐転生者- 大熊猫小パンダ @bosenicht69

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