03 復讐者は止まらない。それが、たとえ自分の復讐でなかったとしても
まぁ、そんなわけで今の俺は、処分された『闇の子』の一人。
一応、この世界に移動するにあたって、この世界の『女神マーテレア』自身と直接対面し、何をしてほしいのか。そして俺に対する見返りなどを含めた話し合いもした。正直、自分とは全く関係のない世界に干渉するなど、見返りもなしやろうなどとも思わない。俺はそこまでの善人ではない。
話し合いの内容を簡単にまとめると、『闇の子』と呼ばれる存在を救うこと。もう一つは、とある少女を『マルテリア教』から引きはがしてほしいということ。その二つだけだ。そのための手段は一切問わないとも……。
ただ、世界を変える。そして世界に住んでいる多くの人間の意識を変えるのは並大抵以上の努力。そして絶対的な力がいる。それを可能とする程の力を用意する代償は、魂の転移時における俺の魂自体の崩壊と喪失。
力を得るためには代償がいるのは前述のとおり。
剣を持って強くなろうとすれば剣術の鍛錬を。学者であれば知識の探求を。多大な時間による蓄積が必要だ。
そして、『闇の子』と呼ばれる存在にはそれがあった。
この『世界:ユードルラシア』は、世界が創造されてからすでに1万年以上が経過している。
最初からそうではなかったものの、その長い歴史において処分された『闇の子』の数は軽く億にのぼる。
それだけの数の魂、そして死ぬ間際の感情を集めて与えられた。それが今の俺であり、この死んだ少女の体が動き出せる理由でもある。
「ふん……復讐を遂げて死んだ俺にピッタリすぎる体だな」
首謀者の手によって爆殺された最後が、復讐を遂げたと言えるのかどうか疑問ではあるが……そう自嘲しながらつぶやく。
億を超える怨念の中、そこに放り込まれてもなお自我を保つだけでなく、そのすべてを取り込んで自らの力にする。それが出来る魂だから選んだとも言われている。
「にしても……胸の辺りがやらと痛いな。それに、今自分がいる場所にこの体の状態も把握しないとまずいか……」
ようやく立ち上がり、辺りを見回す。
そこはまるでゴミ捨て場だった。多くの人骨が散らばった、そこに人に限らず死体を分解する小さな虫が放たれている穴。
「お楽しみの後の処分場所、か。歴史の長さだけ深まった闇の象徴だな」
このような使用用途で存在する穴がここだけにしかないとは考えられない。そう考えると、呆れ半分感心半分といった心持ちでわずかに漏れ出るため息。
気を取り直して、今度は自分の体を見る。そもそも、『闇の子』でありながらこの少女の体は11歳ぐらいまで成長している。何故か?
『マルテリア教』の上位役職者や貴族。それらが奴隷と同じように平然と使い潰せる人材として、一部の『闇の子』は秘密裏に育てられ、思想教育と契約魔術によって逆らえないようにされた者が欠片の容赦もなく使い潰される。
そしてこの少女は――あぁ、リコと呼ばれてたみたいだな――は、とある人物の加虐的趣向を満たす為に色々とされていたようだ。
魂と肉体が馴染んできたおかげで、リコの記憶が思い出せる。まだすべてではないが、とても……それはとても楽しそうに拷問する女の顔が思い出せる。
そして、胸の痛みの場所に目を向ける。そこには刃物ではありえない貫通孔と酷いやけどの痕が存在していた。現在は力と俺の魂を受け入れたことで体のありとあらゆる拷問痕もある程度の治癒が行われている。が、このやけどの痕だけは完璧な状態で残りそうだ。傷口が塞がるだけましといったところか……。まぁ、他の傷痕も薄っすらとだが残るだろう。
「記憶によると、高熱を発生させる剣でゆっくりと貫いた。それも、魔術によって気を失うことも許さずに……」
生々しい、自分の体を少しずつ焼かれていく責め苦の記憶が蘇る。
下衆が……。心の中でそう吐き捨てたとて、誰に責められる謂れはない。少なくも、まっとうな人としての精神を持ち合わせているのならば忌避することは間違いない。
そう思いながら、自分の体を更に確認する。
髪の色は黒で、長さは腰より少しだけ長い程度。肌は薄い褐色。塗ったわけでもないのに爪まで黒になっているのに気が付いて、まるで物語の悪役の存在になった感じがすごい。そして、近くにあった小さな水たまり――恐らくは数日前の雨によってできたもの――をのぞき込んで、少女の顔を確認する。完璧な美少女……とまではいかないものの、それなりに整えられた顔。つり目ぎみの両の瞳は、月の妖しさを含んだ金の瞳。服は最低限の布切れを纏っただけで、下着すら身に着けていないので色々と見えている。
「確か……女神が言ってたのは魔法と魔術は似て非なるモノ。俺なら魔法も使えるけど、今のままだと負荷で壊れるからやめておけ……だったか」
この世界に移動させられる時、武術はともかく魔術や魔法に関しての知識はゼロだ。なので、世界の基本的な知識と合わせて教えられている。より正確にいうと、刷り込まれたが正しいだろう。使えるのであれば問題は無いが。
魔法。それは魔力を持つ存在が、自らの意思を世界に反映し、望む形へと強制的に改変する技術ではない能力。その力を拡大していけば、世界に新たなる法則をねじ込むことも出来る規格外の神の御業。
対して魔術は、魔力を持ちながらも世界を改変できる能力を持たない人間が生み出したもの。術式と呼ばれる技術を用いることで似たような現象を引き起こす形態化された技術だ。
龍種のような、超自然的な存在であれば生まれた瞬間から魔法を使うことも出来る。だが、人は出来ない。
そして、刷り込まれた記憶によれば、今の俺は億を超える人の魂を代償に力を得たことで……ある種の高次存在へとシフトアップしているらしい。ゆえに魔法を使うことも出来る。
問題は、中身に合わせて変質を始めたばかりのこの体、未だ人の枠から脱していない肉の体では負荷に耐えられないのだそうだ。
「記憶に刷り込まれた魔術……あぁ、これが飛行の術式か」
とりあえずこの穴から出ることにする。此処にいつまでもいても意味はないし、何よりここはもう抜け殻だ。この骨の元になった者たちの中身はすべて俺が呑み込んでいる。
最後に、もう一度だけ穴の底に無造作に打ち捨てられた無数の人骨を見る。
名前も顔も知らず、本来であれば全くと言っていい縁もゆかりも無かった存在たちに、わずかに黙礼する。
「そうだ……所詮俺は復讐者。たとえ、最後は前回のように俺自身が破滅するとしても、俺は抗い続けて見せよう。どこまでも壊して見せよう」
だから少しだけ安らかに眠れ――そう心の中で呟く。
ゆっくりと飛行の魔術で浮かび、ろくな当てもなく飛び去った。
その彼の言葉に応じる存在はいなかったが、飛び去った後のその穴から突如として音が鳴り始め、それは絶えることなく響き続けていた。
その音は、まるで喜びに打ち震えているかのように骨が振動していたことで起きた音。
カタカタ……
カタカタカタカタ……
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
その後、音に気付いた者が不気味に思い、その穴は跡形もなく埋められることで音は途絶える。
しかし、音が鳴り始めたきっかけである、穴から飛び立った反逆者にして復讐者。その存在を知る者は地中の中の骨たちだけだった。
age.12899.07.15
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