第4話ツンデレヒロインアケミ

「……ということだな。公式を丸暗記するだけと言う学生の姿勢に疑問を問いかけたという点。それを東大が入試で出題したという点で話題になったんだ」


 三角関数の加法定理の証明を数学の女教師である佐藤先生が解説している。年齢は非公開にしているが、言葉の端々からすでに三十路を過ぎているのではないかと推測できるのではないかと一部の生徒の間でネタになっている。


「いいか、君たち。基本をおろそかにしちゃいかんぞ。同じ東大の入試で『円周率が3.05より大きいことを証明せよ』なんて問題も出たんだ。先生が小学生の頃円周率が3.14からおよそ3になってな。それだけでもショッキングだったのに東大がこんな問題を入試で出したんだからこれまた話題になったんだな。で、この問題の解き方だが……」  


 佐藤先生、そんなことをうかつに言うと円周率がおよそ3になった年度から先生の年齢が逆算されてしまいますよ。


「佐藤先生、わたしが解いて見せます!」


「おおそうか、ではやってみろアケミ君」


「はい!」


 そう威勢よく手を挙げて東大の入試問題とやらを解き始めたのはクラス委員長のアケミだ。品行方正な真面目を絵に描いたような堅物女だ。ゲームをなにより毛嫌いしているらしく、ゲーム好きな俺を目の敵にしてくる。


「……こうして単位円に内接する正十二角形の一辺の長さを計算すればその長さの十二倍が3.05の二倍の6.10より大きいことが証明できます。単位円の円周は2掛ける円周率ですから、円周率が3.05より大きいと証明できました」


「うむ。よく勉強しているな、アケミ君」


「いえ、このくらいできて当たり前です」


 東大の入試問題に正解したアケミが誇らしげに俺を見つめてくる。またか。


……


「どう? タケシ君、わたしのあざやかな回答は」


「なかなかお見事だったんじゃないか」


「なによ! その淡白な反応は、タケシ君? きっと内心では『どうせ、前もって予習しておいたんだろ。がり勉のアケミらしいじゃないか。さすが秀才ですな。俺はそんな勤勉さは持ち合わせておりませんからとてもじゃないですがまねできませんぜ』なんて思っているんでしょう?」


「そんなこと思ってないよ」


「いえ、思っているに決まってます! タケシ君は『初見の問題もそんなすらすら解けたらすごいんだけれどアケミには無理だろうな。アケミにできることは解答パターンを丸暗記するだけだもんな』なんてわたしをあざ笑っているんでしょう?」


「だから、思ってないってば」


「タケシ、この小娘はなんでおぬしにこんなにつんけんしているのじゃ」


「ああ、魔王。それはな……以前高校の合宿でちょっとしたことがあってな。その合宿は一週間携帯やスマホを一切使わない、とにかく自分で考えるというモットーのものだったんだが……」


「ほほう、それでタケシ。どうなったんじゃ」


「その合宿の初日に、『地球上で南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ進むと出発点に戻るような地点は何か所あるでしょうか』なんて問題が出てな、魔王」


「そんな地点は存在せんぞ、タケシ。南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ進んだら、正方形をぐるりと描いてしまうじゃないか。元の地点に戻ることなぞありはせん」


「だからさ、魔王。それはドラクエ的な二次元ルークリッド平面の話で、地球みたいな球の表面だったら必ずしもそうじゃないだろう」


「それもそうじゃな、タケシ。球をイメージすると……例えば北極だったら元の地点に戻るな」


「そうそう、その通りだよ魔王。そんな感じで一日じっくり考えたら俺は正解にたどり着いてな。数学の佐藤先生にえらく褒められたんだ。『正解にたどり着いたことはすばらしい。だが、そこにたどり着くまでじっくり考えたのはさらにすばらしい。タケシ君は研究者の適性があるようだな』なんて」


「そんなに過去の栄光をひけらかさないでちょうだい、タケシ君。なによ、わたしがこれは解けないとさじを投げた問題を自分が解けたからって偉そうに。そんなに自分がじっくり物事に取り組める天才肌だってことを自慢したいの?」


「落ち着くのじゃ、アケミとか言う小娘。さきほどのお主の円周率が3.05より大きいことの証明を聞いていたがなかなかのものじゃったぞ。前もって調べていたとしてもあれだけしっかり言葉に出して説明できるものはそうはおらん。お主、きっとよい官僚になれるぞ」


「そうだよアケミ。いつも数学の模試ですらすら解いているじゃないか。俺も含めてほかのみんなは『時間が足りない。最後まで解けなかった』って嘆いているのに」


「なによ、それ! いやみなの、タケシ君? そりゃあ、普通の模試だったらそうだけれど……東大模試や京大模試みたいに設問のレベルが高くなるとてんで駄目になるわたしを馬鹿にしてるんでしょ。『センターレベルならすらすら解けても、難問はダメなんですね、秀才さん』って……待って、タケシ君。そのスマホの画面にいる魔王とやらは何なの?」

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