第2話二次元? 三次元?

 ちょっと魔王の横に回らしてもらおう。


「なによ、タケシ。どうしてなんともないのよ」


 そんなふうにうろたえている魔王の斜め45度に回ると、しっかり斜め45度から見た感じに見える。だけれども、どうにも平面的と言うか何と言うか……真横に回ると……おっ?


「タケシ、どこに行ったの? 見えないわ。さては、空間転移魔法を使ったのね。なんて恐ろしいやつなの。きっとあたしに不意打ちをくらわす気ね。これは油断できないわ」


 画面から飛び出した魔王の姿が見えなくなってしまった。けれど、声はしっかり聞こえる。魔王は魔王で俺が見えないようだけれども、俺は俺で魔王の姿が見えない。薄い一枚の紙を横から見てもなんとなくその厚みは分かるものだが、この魔王にはそれらしい厚みが一切ない。


 画面ではあんなに俺を興奮させていた爆乳が影も形もない。なんというかがっかりだ。それでは魔王の真後ろに回らさせてもらおう。ほう、これはこれは。魔王のケツは悪くない。悪魔のしっぽが生えている尻は俺を探してあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていて、実になまめかしい。


 ゲームでは尻の描写には気合が入れられていなかったから、こうして三次元に現れた二次元として鑑賞させてもらうと実にそそられる。


「は! タケシ! いつのまに我の背後に回ったのだ。恐るべきやつだな」


 魔王の尻を楽しんでいたら、後姿から前向き姿に切り替わった。相変わらずの二次元フラット画面だが……いったいどんな仕組みになっているんだろう。少し触らせてもらうとするか。


「なにをするのだ! やめろ! あ、そんなことをそんなふうにするのではない」


 魔王を触った感触は折り紙みたいだ。ためしに山折り谷折りしてみると簡単に折りたためる。で、しっかりフラット平面の魔王はそれに反応する。これはすばらしいゲームなのかもしれない。


「あああ、魔王である我がこのような姿に……なんという屈辱! いっそ殺すがいい」


 魔王の両手両足を折りたたんでだるまのようにしてみた。魔王はそんな自分の姿を恥ずかしがっている。欠損フェチの人間なら大喜びしそうなシチュエーションだ。で、例えば左手をもとの平面の形に伸ばしてやると……


「やめろ、タケシ。我の体をそのようにもてあそぶでない」


 しっかり左手が機能している。といっても、こちらの世界には干渉できないみたいだけれど。無様にぴょこぴょこ、体から一本だけ生えた左手を動かしてるだけだ。


「じゃあ、もとのだるまさん状態に戻しますね、魔王」


「くっ、魔族の長である我がこのようなはずかしめを受けるとは……」


「ごめんね、魔王。君でもう少し遊んでいたいけれど、俺もしがない高校生でね……宿題をしなくちゃならないんだ。そういうわけで、ちょっと俺の三次元の世界を見物しててね」


「なにお、宿題だと。なんだそれは。そんなものがこの魔王よりも重大だというのか?」


 だるまになってぶうぶう言っている魔王の文句をBGMにしつつ、俺は数学の宿題に取り掛かる。なになに……『一般角 θ に対して sinθ、cosθ の定義を述べよ。また、その定義にのっとって三角関数の加法定理を証明せよ』かあ。へえ、こんな基礎の公式の証明が東大の入試問題になったのか。


 確かに当たり前のように使っていた公式だけど、それをいざ証明しろと言われると難しいな。一年の時も二次方程式の解の公式を証明せよなんてテストで出されたっけ。


「 sinθ? cosθ? なんじゃそれは?」


「だから、それが今回の問題で問われていることなの。ええと、まず直角三角形の定義でやるかな。単位円までの拡張は後回しだ。ええと、長さ1の斜辺を持つ直角三角形ABCで、斜辺がACで、∠Aの大きさがθで、∠Bが90度で……sinθがBCで、

cosθがABだから……」


「なんじゃ、トライゴノメトリックファンクションのことか。そのアッドティブセオリーを証明するんじゃな。たしかに、公式だけ覚えていればいいと言う愚かな人間に出すには良い問題と言えるかもしれんのう」


「え、加法定理がわかるんですか、魔王さん」


「当たり前じゃ。我を誰だと思おうておる。二次元世界を支配する魔王なるぞ。そんな加法定理の証明なぞ赤子の手をひねるよりもやさしいわい」


 へえ、てっきり『人間は悪! 人間はエサ!』なんてシンプルな思考の魔王だと思っていたけれど……なかなかインテリジェンスにあふれているじゃないか。待てよ……二次元世界を支配する……


「魔王さん、球ってわかりますか」


「球? なんじゃそれは」


「だから、一点を中心に決まった長さの紐をぐるっと一周させると円ができますよね」


「バカにするでない。そんなこと百も承知じゃ」


「で、それを三次元に拡張すると……」


「三次元? タケシ何を言っているのじゃ? 次元は二までと言うことなぞ世界の常識じゃぞ」


 なるほど、そういうことか。この魔王は二次元のことならなんでもござれだけど、それ以上のこととなるとさっぱりなんだな。まあ、俺も四次元立方体のテセラックなんて言われてもピンとこないからなあ。



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