第3粒「村の風習」

「そんじゃ、だから、

 しっかり頼んだよ。」


 そう言って彼女の母親から渡されたのは、1体のだった。



 この日、僕は彼女の実家に婚約の挨拶に来ていた。

 彼女は地方出身で実家は過疎化が進む山奥の村にあった。

 その村の風習で、村で生まれた女性が嫁に行くときはその証として村のにある神社に雛人形を納めに行くという風習があった。

 なんでも、この雛人形は僕の彼女が生まれたときに作られたもので、村の人曰くらしい。

 この村に生まれた女性は皆、親の子であるとともにとされ、生まれたときに直ぐ雛人形を作り、女性が嫁ぐ際、夫となる男と2人きりで神社に行き、村の神様に自らの分身である雛人形を神社に納め、嫁に行くことを報告しているという。

 ただ、この風習は現在では形式的なものになっていて、神様の祟りへの恐れや深い信仰心により行っているわけではなく、いわばとして残っているだけだと彼女の祖母が言っていた。



「それにしても、風習が残っているよな。」


「は?面白くないし。こんなの怖いだけで全然意味わかんない。」


 僕たちはその風習にならい、神社に向かっていた。

 村出身の彼女より、の僕の方がむしろ風習に興味津々だった。


「まあまあ、君の生まれ育った村なんだからさ。伝統とか風習とかそう言うのは大切にしてあげようよ。」


「でもさあ…何でわざわざ日が変わる直前に納めて、日が変わったらお参りして帰ってくるの?昼間でもよくない?私、このが苦手なのよ…」


 彼女の言う通り、今は夜11時過ぎで、神社に雛人形を納めた頃にはそろそろ日が変わるだろう、という時間だった。

 手に持った懐中電灯とが照らす明かりが、辺りの闇をかえって際立たせていた。


「またか…ほら、もう神社に着くし、しっかり納めて、お参りして帰ろうぜ。」


「うん。……あれ?ねえ、あそこに誰かいない?」


「え?」


 彼女にそう言われて目を凝らすと、神社の境内の奥に生えている神木の横にぼんやりとしたが見えた。


「誰だろ?宮司さんかな?」


「そんなはずないわ…さっき話を聞いたときに言ってたじゃない。を行うときは、村中の家の明かりを消し、神社に行く2人以外はって………」


「だよなあ…」


 彼女の言う通りだった。

 田舎に訪れたにも関わらず、僕を歓迎してくれた村の人たちは、僕たちが彼女の家から出る直前までは彼女の親戚でもなんでもない、でもお祝いの飲み会が行われ大騒ぎしていたのだが、いざその時刻になった途端、全ての家の明かりが消されて、村はまるでの様に静かになっていた。


「…ちょっと…どうする?」


「どうするもこうするも、あんまりもたもたしていると日が変わっちゃうし、行くしかないだろ。」


「そうだけど……わかった、行こ。」


 僕たちはをなるべく見ないようにしながらゆっくりと神社に近づき、予め設置された奉納台に雛人形を置いた。

 それから数分後、手に持っていた蝋燭ろうそくの火が消えた。

 この蝋燭が消える時間になると、ちょうど日が変わる様に計算されていて、それはまさに、いま日が変わったという合図だった。

 それを確認した僕たちはお参りを済ませて彼女の家に帰宅した。

 帰宅すると、直ぐにが回り、近所の人達が再び彼女の実家を順番に訪れ、今度はお祝いの品も持ってきてくれた。


 朝方になり、やっと近所の人達が帰ったあとで、僕たちは神社で見たののことを彼女の母親と祖母に聞いてみた。

 すると彼女の祖母は驚いた顔をしながらも、奉納した帰りに2人とものなら大丈夫だから安心しなさい、と言っていた。


 後で詳しく聞いた話によると、その神社に奉られている神様はとても嫉妬深く、雛人形を納めにいった際に稀に姿、自らのらしい。

 そして、場合、帰りにが起こり、さらに後々、良くないことが起きるということだった。

 しかし、僕たちはそれを見たものの、認められたらしく、帰りに何も起きなかったので、逆に後々に良いことがあると言われた。


 その後、僕は彼女と無事に結婚し、数年後には子供が出来て、仕事も順調で家族揃って順風満帆な生活を送っている。


 あの時に見たあのが本当に神様なのかどうかはわからないが、こうして幸せに暮らせていることに感謝し、彼女の実家に行った際は必ず最初と最後にあの神社にお参りをしている。













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