第3話

 里帆と私は同じ中学でこそなかったが、仲の良い、親友と呼んでも差し支えない間柄だった。いつも一緒にいるから、周りからも仲が良いと思われていたし、事実そうだった。

 彼女はどちらかと言えば活発で間逆のタイプではあったけれど、なんだかんだで私たちが馬があったし、彼女もまた会話の中で言葉を選ぶ人だった。だから私は活発なタイプを嫌っていたのにも関わらず、彼女に苦手意識を持たなかったのだと思う。部活動の帰り(その日はたまたま彼女が早かった)校庭で怪我から復帰して高跳びの練習をしている水戸くんを見て、彼女は立ち止まり「かっこいいよね、水戸くん」と言った。その声がかすかに色づいていたのを、私は知っている。彼女が水戸くんに恋をしているということははっきりとわかった。

 いずれ近いうちに彼女は水戸君に思いを伝えるだろう。そして、一途な彼は私の存在を理由にその好意を拒絶する。何も知らない彼女は私に泣き付いてくる。彼とは気まずくなって、せっかくなったマネージャーも辞めてしまうかもしれない。ならば私のすべき事は一つだった。彼を縛る中途半端な存在、つまりは私を切り離すことだ。でも、とてもじゃないけれど本当の理由なんて言えない。彼は繊細な人だから、すごく気を遣う人だから。

 私は彼に「話がある」と連絡をした。彼女の思いを聞いてから一週間が経っていた。その時間を必要としたのは、今更彼のことが惜しくなったわけでも彼女のことを嫌いになったからでもない。私は大会が終わるまで待ったのだ。生真面目な彼のバランスが崩れる要素をできるだけ持ち込まないために。

そして誰もいない場所で(けれどももちろん身の安全性が確保された場所で)別れを告げた。言葉は簡単であっさりとした文脈だった。

「別に好きな人がいるから別れて欲しい」主語をぼかしたのはわざとだった。もちろん主語は私ではなかった。

 正確に言うならば「あなたに別に好きな人がいるから別れて欲しい」だが、そこまではっきりと事を伝える必要などない。あまりに身勝手な理由にも思えたが(実際の理由よりかはマシな体裁であったかもしれないけれど)そっちのほうが都合が良かった。私のわがままな理由で、彼を善人にしたまま別れてしまいたかった。けれども水戸くんは申し訳なさそうな顔をして「ごめん」と言った。

「どうして謝るの」それは驚きで疑問符を失って、人を不快にするような響きを持っていたかもしれない。自己満足の謝罪なんていらない、と突っぱねるような言い方だったから。でも彼はもう一度ごめんと言った。

深青みおに落ち度なんてないのに、こんな悪者にするような別れ方になっちゃってさ。もっと気持ちに早く気づいて俺から言えばよかったな」

 違う。

 これは彼にどうにかできる問題ではない。女たちの自分勝手な事情だ。彼がどれだけ善人だって、魅力的だって変えることのできない、どうしようもないこと。

「水戸くんが気にすることはないよ。人の気持ちは見えないもの、仕方のないことなの。多少のすれ違いがあったって」

 彼は「そうかな」と言った。彼なら、見えるよ、と言いそうで怖かった。そう言われてしまうと、自分が何の気持ちもなく親友のために彼と別れたのがバレてしまいそうで。

「そうだよね、ごめん」その声が何そうなことに気づいて、私は踵を返して立ち去った。 

 どうして。別れなんて慣れているはずなのに、ほかにもこっぴどくふられてことだってあるでしょう?なのにどうして泣くの。

 そんなことでは、そのうち恋愛にのまれて死んでしまう。

 そうか。私もまた噂に踊らされて、期待していたんだ。彼が恋愛に慣れて、事務的に女の子と付き合っているって。だから傷つかないだろうって。

でも、本当の彼は恋愛に真摯で、いつもいつも傷ついている。告白された理由も知らず、別れる理由も知らず、ただ自分の落ち度と思い込んで泣きそうな顔でサヨナラを言っている。

 そんな思いをするなら、女の子のことなんて振ってしまえばいいのに。

 そこまで思って、自分が何のために彼と別れたかを考えた。

 急いで思考を振り払い、リノリウムの床を駆けた。どうしてか、思い切り走って、プールにでも飛び込んで、この気持ちを叫びたい衝動に駆られた。初めて彼と会ってから一年。付き合って二十四日。景色は夏の様相を帯び始めていた。


それから程なくして、里帆は水戸くんと付き合った。私と別れてから二ヶ月、あと一日で彼女は私よりも水戸くんと恋人として長く一緒にいることになる。

羨ましいだとか、なんで振っちゃったんだろうなんて思わない。むしろ逆だ。

今は、繊細で誰よりも優しく魅力的な彼が、いつか本当に素晴らしい人と出会って、幸せになりますようにと、それだけを心から祈っている。

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二十四日の恋人 汐月 @shiotuki-san

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