他校の男子生徒・2
期末試験も終わり、冬休みまでのカウントダウンが始まった頃。僕達受験生にとってはセンター試験まで一カ月を切った頃。最近は試験勉強もあるし、勉強に本腰を入れていたせいであまり本屋に立ち寄る時間もなかった僕が久しぶりに本屋に行ってしばらくすると、これまた久しぶりに会う御堂さんがやって来た。―――隣に見知らぬ男子生徒を連れて。
え。な、何この急展開!?と思い切り目を剥いて二人をまじまじと観察する。つい本棚の陰に身を隠しそうになってしまったけど、その前に御堂さんと目が合ったから物陰からこっそり観察、というわけにはいかなくなったのは残念だ。それはともかく、以前会った時と変わりなく無表情な御堂さんの隣で何やら一生懸命話しかけている男子生徒は、北高の制服を見苦しくない程度に着崩し、髪は特に染めてないけど朝からちゃんとセットしたんだろうなあって程度に整えられている。そして顔立ちも結構整っていて、やや童顔ではあるがイケメンと言えるレベルだ。
もしかして、彼が御堂さんに告白したという生徒だろうか。あ、諦めてなかったのか…。
御堂さんの視線を追って僕に気が付いた彼は、数回目を瞬くと何故か「ああ、」という顔をした。どことなく不満そうに見えるのは何なんだろう。
「やあ御堂さん、久しぶり」
「お久しぶりです」
彼の反応を気にした風もなく(というか目を向けてすらいない)近寄ってきた御堂さんに声をかけると、普段より少しばかりトーンの低い声で返される。ふむ、機嫌が悪そうだ。
おそらく御堂さんから彼のことを紹介してはもらえないだろうと思って、まず自分から自己紹介をすると、それに答えて彼も名乗ってくれた。神代響くんと言うらしい。神代くんは御堂さんの同級生で、予想通り御堂さんに告白したという噂の人物だった。なるほどなーと不躾にならないよう気を付けながら観察していると、何やら物言いたげな顔をしているのに気が付いた。
「ん?何かな」
「いや、えーっと、もしかして前からここで御堂さんと会ったりしてました?」
「まあ春あたりから、ちょくちょく会ってたかな。お互い暇つぶしで」
「ふうん……もしかして付き合ってたり、します?」
ああ、なるほど。それが気になってたわけだ。
だがしかし!僕にそんな勇気はない!
ふっと小さく笑ってから大きく首を横に振る。
「有り得ないね!」
そう断言する僕に神代くんは複雑そうな顔をするが、御堂さんは当然のことだからか興味なさそうに本棚を眺めている。自分が連れてきた(勝手についてきたのかもしれないけど)人を放置しているあたり、よほど御堂さんに鬱陶しがられているんだなと神代くんには少し同情してしまう。それにしてもここまで露骨に御堂さんが嫌がってるのを見るのは珍しいから、とても不思議な感じだ。その後何度か神代くんが御堂さんに話しかけては相手にされずに撃沈して、それから若干落ち込みつつ立ち去っていくまでを特に口を挟むことなく見守ってから、神代くんがいなくなったことで少しばかりほっとしたように身に纏う空気を和らげた御堂さんに声をかける。
「あの子が噂の彼かあ。結構イケメンだね」
「そうなんですか?」
「ああ、うん。世間一般ではイケメンに類すると思うな。ちなみに御堂さん、浅野先輩のことはイケメンだと思う?」
「……?見慣れているのでよくわからないです。普通だと思いますけど」
「おおう……」
あれはイケメンだよ御堂さん。美男子っていうんだよ。
心の中で呟きつつも、顔に浮かべるのは苦笑のみ。美醜の感覚って人によって違うしね、うん、まあ御堂さんが困ってないならわざわざ言うほどのことでもないだろう。そんなことより、と近くにあった本を手に取って最近出た本の話を始める御堂さんとしばらく本の話題で盛り上がる。そのためうっかりさっきまでいた噂の彼のことを忘れてしまったが、御堂さんも話に出したくなさそうだし、とりあえずその話は後回しにしようと思う。とりあえず今は御堂さんのお勧めを聞かないと。最近は勉強ばかりで本を読む時間はないけど、お勧めを聞いておいて受験が終わったら一気に読みたいと思っているのだ。買い溜めをするとつい勉強の合間に手を伸ばしてしまいそうになるから買わないようにしてるので、勧められた本は忘れないようにメモしておく。
勉強のほうはどうですかと聞かれたので、大変だよと軽く愚痴をこぼす。神経質な人なんかは受験勉強の進み具合を聞かれたりするのに苛立つのかもしれないけど、この間の模試でも割と良い成績だった僕は気にしない。自分が受験生になったときの参考にしたいというわけでもないだろうけど、大変なこととかコツだとかを聞いてくる御堂さんに僕なりの勉強法を教える。御堂さんが受験生になったら、たぶん浅野先輩がつきっきりで勉強を見てくれそうだから、僕のアドバイスなんて必要ないと思うけど、本人はそんなことは予想だにしていないんだろうね、きっと。
ある程度話が落ち着いたところで時計を見ると、まだ時間がある。機嫌が直ったところでこの話題を出すのは気が引けるけど、次にここで御堂さんと会えるのがいつになるか分からないし、僕の彼女はあまりプライバシーにかかわることを口外しないから自分で聞かないといけないんだよね。と、自分に言い訳しつつ口を開いた。
「ところで御堂さん、さっきの神代くんとは最近どうなのかな?相変わらずノート見せてあげたりしてる?」
「……ええ、まあ」
無表情の中にもうんざりした気持ちを隠しきれずに、目が据わっている。あまり他人に興味を抱かない御堂さんにしては珍しいくらい、彼に対しては鬱陶しいという感情を持っているようで、驚きである。それがいい方向に変わることはなさそうだというのが切ないけど。
やや機嫌を悪くしながらも話してくれたことによると、朝からノートを見せることに関してはもう習慣付いてきたから何とも思わないが、最近は何故か知らないが放課後やら休日に出掛けないかとの誘いが多くて鬱陶しいらしい。学校外でまで相手をしたいとは思わないから毎回バッサリ断っているそうだが、それでも毎日のようにしつこく誘ってくるとのこと。
ふむ。デートのお誘いか。
朝に話しかけるだけじゃなくて、少し前に進めようって意識が感じられて、その努力を褒めてあげたくなるなあ。まあ、無駄な努力になりそうだから、どちらかというと慰める準備をしておいた方が良い気もするけど。いや、僕が彼を慰めるような状況にはなりえないと思うけどね。
しかし、デートねえ。……ああ、そっか。そう言えば。
ふと思いついたことがあって、一人うんうんと頷いてしまった。
御堂さんは分かっていないようだけど、僕には神代くんの行動理由が分かったね。
今は十二月の半ば過ぎ。期末テストが終わって冬休みが近づいているのは北高も同じだろう。そして冬休み直前と言えば、クリスマスだ。僕自身はお互い受験生ってことで特に何も予定してないけど、受験なんてない学生にとってはとても重要な日だろう、たぶん。や、人によるとは思うけどね。で、神代くんとしてはクリスマス前に告白もしくはデートして告白って流れにしたいんだろうけど、焦って先走りすぎてるせいで御堂さんに鬱陶しがられる結果になったんだろうな。
ふむふむと納得顔で頷く僕を、わずかに首を傾げながら見ていた御堂さんにクリスマスの予定を聞いてみた。
「ちなみに御堂さん、クリスマスに予定ってある?」
「学校です」
「……あ、うん、そうだよね。えーっと、じゃあ放課後は?」
「特に予定はないです」
「…………あー、えーっと、じゃあ、クリスマス前の週末は?」
「今週末ですか?達也さんと出かける予定です」
「へえ、そう……うええ!?で、出かけるんだ?浅野先輩と?」
「ええ。毎年の恒例行事ですけど」
「こ、恒例行事なんだ…。ちなみにいつから?」
「私が中学一年の頃からです。両親は仕事ですし、兄はその頃から彼女がいましたから、私が一人で留守番をするって言ったら相手をしてくれたんです。それ以来、気を使ってくれて」
よくよく聞けば、クリスマスだけでなく御堂さんが一人で留守番をしなければならない状況だと、浅野先輩が家にやって来るというのが通常らしい。お互い学生だから外に出掛けるのはあまりないそうだが、それって自宅デート……いや、何も言うまい。
やっぱり浅野先輩って御堂さんのこと囲ってるよなあ。御堂さんも鈍感にもほどがある。見た目はきりっとしていて勘がよさそうなのに、何このギャップ。可愛いといえば可愛いけども、なんかあえて気づかないようにしているんじゃないかって疑ってしまうな。……いや、それもあり得るかも。だって御堂さんだし。……やっぱりないかな。恋愛感情だけわからないならともかく、御堂さんってそれ以外の感情についても鈍いもんな。
「今週末は浅野先輩とデートかあ。楽しみ?」
「え、ああ……そうですね。カラオケに連れて行ってくれるそうですし、楽しみです」
「カラオケ?」
わずかに動揺しながらも頷く様子に内心首を傾げつつ、気になったところに突っ込む。なんでカラオケ?いや、悪くはないんだけど、なんかイメージと違う。
「カラオケ好きなの?」
「特別好きってわけじゃないですけど、楽しいですよね」
予想外である。御堂さんもそうだけど、浅野先輩が何を歌うのか全く想像できない。これは聞いてもいいものだろうか。いや、でもそれで最近流行のアイドルの歌を歌いますとか言われたらどうしたらいいんだ。別にどうする必要もないだろうけど、む、ううむ。
「カラオケ以外にはどこも行かないの?」
「夕食は家で食べることになっていますし、食材の買い出しくらいです」
「御堂さんが作るとか?」
「はい。達也さんも手伝ってくれますけど」
浅野先輩が料理得意かどうかは知らないけど、御堂さんはそこそこ得意だと以前聞いたので知っている。御堂さんのお昼は自作のお弁当だ。本人曰く、すごく美味しいわけではないけど不味くもない、普通。だそうだ。まあ御堂さんだし、ものすごくおかしなアレンジをしたりなんかはしないだろうし、普通においしいんだろう。
ところで、僕は以前御堂さんから料理をすると聞いて以来聞きたくてうずうずしていたことがある。それは、もしかして浅野先輩にもお弁当をつくってあげたりなんかしちゃってないかってこと。
いや、浅野先輩が高校生のとき、つまりは去年なんだけど、浅野先輩っていつも昼はお弁当だったんだよね。うちの学校は食堂もあるし購買もあるから、結構そっちを利用する生徒の方が多いのに浅野先輩は毎日お弁当持参だったので、皆こっそり気になってたんだ。いや、普通に考えたら母親か自分が作ってるんだろうけどさ、でも浅野先輩だし、誰か彼女的な人に作ってもらっているのでは…?っていう疑惑があったのだ。御堂先輩…御堂さんのお兄さんは日によってまちまちだったけど、食堂によく出没していたらしいからお弁当持参ではなかったのかもしれない。だから御堂さんが浅野先輩のお弁当を作っていたとしたら、どうして兄の分は作らなかったのかって疑問も出てくる。とまあそんなわけで、思い出したついでに気になっていたそれについて尋ねてみれば、あっさりと「作ってました」と頷かれてしまった。まじか。
「最初は、兄さんが今日は彼女が弁当作って来てくれるんだーなんてことを、お弁当を作り終わってから言ったせいで余ってしまったので、達也さんに渡してみるって言って持って行ったときですね。そしたら、達也さん、それまでは食堂とかコンビニ弁当とかだったらしくて、えらく気に入ってくれたみたいで。喜ばれると嬉しいですし、まあ、それ以来何となく作るようになったんです。兄さんにも一応、いらないって言われない限りは作ってましたよ。……大抵、彼女さんと食べていたみたいですけど」
「あー、まあ御堂先輩は、ねえ。それより、お弁当はいつも御堂先輩が浅野先輩に渡してたのかな」
「いえ、朝から受け取りに来てました。途中まで通学路は一緒でしたし」
「あー……そう、なんだあ」
色々疑いたくなってしまうのは僕だけだろうか。例えば最初の時、御堂先輩がお弁当を作り終えるまで「今日はいらない」と言わないなんて不自然な気がする。話したことはないけど、噂では結構気づかいの出来る人らしいし、必要ないなら前の日に伝えておくタイプじゃないかな。それに、いくら通学路が途中まで一緒って言ったって、弁当のためだけにそこまでするかって疑問もある。だって浅野先輩と御堂先輩って仲良いし、御堂先輩は弁当の運搬くらい嫌がらないと思う。そうなると、わざわざ自分で受け取りに行くって、それって一緒に登校したいとかそんな理由があったんじゃないかって思うんだけど、どうだろう。
物言いたげな僕の態度を珍しく察したらしい御堂さんが促すような視線を向けてくるので、言っていいのだろうかと悩みつつも結局は好奇心に負けて口に出してしまった。
「御堂さんってホント、浅野先輩に愛されてるよね……」
「え?」
今まで、はっきりと浅野先輩って御堂さんを好きだよねって言ったことがなかったし、御堂さんって鈍いからそれとなく話しても気づいてくれなかったけど、はっきり言ったらさすがに自覚するんじゃないかなー、なんて。そんな好奇心に負けてつい言ってしまったんだけど。
その結果は予想外のものだった。
「…………っ」
無言で、勢いよく顔を逸らす御堂さん。
長い髪の隙間からちらりと見えた耳が真っ赤だったような気がするのは、目の錯覚でしょうか。
何とも言えない沈黙が降りてしばし、平静を取り戻したらしい御堂さんがいつも通りの無表情でこちらに向き直り、ふう、と一つ息を吐いた。
「気のせいです」
「わお」
淡々と告げられて思わず感嘆してしまう。いや、今明らかに動揺してたよね。顔色は元に戻ってるけど、そんなに内心冷静じゃないでしょ。そう突っ込みたくなるけれども、それ以上の言葉を拒むようにきゅっと口を閉じているのを見ると何とも言えず、こちらも曖昧に笑ってそれ以上言葉を重ねることはしなかった。
しかしこの反応……やっぱり御堂さんも先輩のことが好きだったんだろうか。ふむ、とすると、これがこの間彼女が言ってた両片思いってやつかな?なんか少しでも御堂さんが―――それこそ今みたいな態度を先輩の前でしたら、すぐに丸く収まってしまいそうなんだけど。あれ、でもそういえば御堂さんって元々先輩の前くらいでしか笑ったりしないような気がするんだけど、そのあたり先輩はどう思ってるんだろ。
まさかの浅野先輩も鈍感説浮上?
有り得なさそうなんだけど、けど、自分に対してしか笑わないことを疑問に思わないって、それってどうなんだろう。
新たに疑問が浮上するも、それについて先輩本人に聞く勇気は僕にはないのでそっと胸の奥にしまいこんでおく。いつか解明されると良いなという気がしなくもないけど、きっと解明されるときは来ないような気もする。だってほら、その前に先輩が御堂さんを捕まえそうだしね。
もう一度、週末のデートが楽しみだねと笑えば、僅かに目元を赤く染めた御堂さんがしかめっ面でそっぽを向いた。
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