クラスメイト・2

 神代響が御堂和音に告白して一ヶ月が経った。


 あの響が御堂に告白したってんで最初はすごい騒がれてたけど、それからは次第に落ち着いていったと思う。響が毎日御堂に話しかけに行ったせいでいろんな噂が燻ったりして、一時期は嫌がらせなんかもあったと聞く。だけどそれを意にも介さないのが御堂だ。なんとも可愛げのない。


 そしてそれに気づかない能天気なのが響だ。


 響は俺から見ても「あー、こいつモテそうだなー」と思えるくらい、顔も性格もいいやつだ。人好きのする甘めの顔立ちに、誰とでも気兼ねなく楽しく会話が出来るスキルが揃っているんだから、そりゃモテる。


 よくつるんでるのは木立とか伊織とかで、木立のほうは学年一の美女と名高いあの宮下と付き合ってるというなんとも羨ましい男だ。爆発しろ。伊織は響とは違った意味で人付き合いが上手い。自分がモテるのを自覚した上で、青春を謳歌してるって感じだ。こっちも爆発してしまえ。


 そんな三人が並ぶと、なんとも個性的な面々だなと思う。爽やか好青年で優等生な木立に、遊び人の伊織、二人の良いとこ取りをしたような響。……なんで俺、こいつらと同じクラスなんだろ。はっきり言おう、こいつら三人がいるせいで、俺のクラスの男子は皆影が薄くなっている!


 もちろん響たちが俺らのことをぞんざいに扱ってる、なんてことはない。むしろ響なんかは自分たちの会話にどんどん周りを巻き込んでいくタイプだから、男同士では仲が良い。


 木立も宮下さえ絡まなければ頼りになるやつだし、伊織も女子に対して手が早いこと以外は良いやつだ。そこらへんはまあ、キャラクターもあるからな。実際、彼氏がいる子には適度な距離を置くし、少しでも嫌そうな素振りを見せたら深追いしないし。……ああ、そういうとこもモテる要因なんだろうな。


 にしても、響もほかのやつらも、誰と組んでも嫌な顔ひとつせずに会話を続けられるって、羨ましい能力だよな。いや、これは性格の問題か?


 それはともかく、こいつら三人はモテる。木立は宮下一筋だってことが知れ渡ってるからそうでもないみたいだが(自分のほうが宮下より優れているなんて言える女子はいないらしい)、伊織も響もモテる。

 軽く遊びたいだけの女子は伊織に行き、本気の女子が響に行くって感じだな。


 まあ当然っちゃあ当然だよな。高校一年の今現在で彼女をとっかえひっかえしてるような男に、女子が本気で惚れるとは思えん。ていうか惚れないでほしい。


 で、一方で響に惚れるようなのは本気ってのが多い。一歩間違うとストーカーじゃね?って感じのもいたらしいし。千歳なんかも結構しつこいタイプだけど、響に告るようなのって大体あんなふうに、自分に自信がある系が多い気がする。そういうタイプが目立ってるだけで、大人し目の子もこっそり告白してるのかも知れんけど。


 千歳もなあ、可愛いっちゃ可愛いんだが。しょっちゅうスカウトされるというのもまぁ嘘じゃねーんだろーなーって程度には可愛いんだけど……なんつうか、お手軽な感じの可愛さ?なんだよな。まあそれが悪いとは言わない。人気があるのは事実だしな。そのへんは好みの問題だろ。


 んで、その千歳は夏休み明けに響に告白した。そして玉砕した。


 響は何の悪意もなく笑顔で「俺、好きな人いるんだー」と言ったらしい。告白を断るのに好きな人がいるって言うのは普通、問題ないとは思う。でも、告白してきた相手に向かって満面の笑みで言うべきではないと思うんだ。相手が自分に自信があるタイプなら、なおさら。俺だって告白した相手が笑顔で好きな人がいるなんて言ってきたら、それ誰?って聞きたくなるし。聞かないけど。でも千歳は聞いちゃったんだな。そして響はそれにも答えちゃったんだな。


 お前はあほか―――!!!


 いや、それがすでに付き合ってる相手だとか相思相愛だとか分かってる状況ならいいかもしれんさ。そうでなくても、相手が宮下みたいな誰も文句が言えないような相手なら良かったかもしれん。でもな、そのとき響と御堂は教室でもほとんど会話をしないような関係だったんだぞ!?御堂だって静かに大人しーく生活してたから注目度は低かった。そんな御堂の名前言ったところで、適当に名前を挙げました感が半端ないから!


 千歳が響に告白して振られたという噂が出始めたときに本人に直接話を聞いて、思わず突っ込んだね。その場にいた俺以外の友達も突っ込んでた。


 それでも響は何が悪いのか全く理解してなさそうで、だからこそ、名前を挙げられた御堂へ男子からは同情、女子からは疑念と嫉妬を含んだ視線が向けられるようになった。そのどちらも御堂は無視してたし、多分御堂と仲がいい宮下とかは噂を知ってても本人に話してなかったんじゃないかと思う。時々知らない相手と目があって不思議そうに首を傾げたりしてたし。女子の視線は俺たち男でも気づくくらい露骨で、隠しもしてなかったから正直俺なんかはチラッと見ただけで女子怖えー…って慄いたのに、向けられてる張本人は全く気にしてなくて、ちょっと尊敬した。


 その当時、実力行使に出るようないじめがあったのか、俺は知らない。さすがに女子たちもそこまで男子に見せるつもりはないようで、友達もどうなんだろうなーって首を傾げてた。でも俺たちみたいな無関係なやつでも気にするのに、響がそういった心配をしている様子は全くなかったという不思議。


 木立は宮下以外に無関心だから仕方ないにしても、伊織から響にもうちょっと気をつけろ的な話はしたらしい。しかし。


「『お前だけは御堂さんに近付くな!いいな!絶対だからな!』だってよ。告白もできねぇようなヘタレの上に人の話も聞かねぇとか最悪。とりあえずめんどくさかったから殴っといた」


「お前は暴力に訴えすぎだ。話を聞かないなら縛り付けて猿轡かませて無理やり聞かせたらいいものを」


「敦志のほうが鬼畜じゃね、それ。てかそう言うくらいならお前が言えよ」


「御堂さんなら平気だろう。那亜もいるしな」


「あー、宮下ちゃんなー。そういや日暮とも仲良いっつってたっけ。はっ、それ無敵だろ」


 なら問題ねぇな、とか言ってそれ以来特に何の手も打っていないという。


 いいのか、それで。


 まあ俺に何が出来るってわけでもないから、見てるしかないけどさ。それに御堂には同情はしてもそれ以上の興味はないし。下手に口出ししたりして女子に睨まれるの怖い。俺は御堂みたいな鋼の心臓は持ち合わせてないんだ。




 告白以来、響は毎日のように御堂に話しかけている。

 つってもノート見せてとかそんなんばっかりだけど。そして無視すると思われてた御堂は意外にもノートを貸すのを渋らない。それを見て女子が怖い顔してたけどそれは置いといて、御堂に無視されずにいるからか響は朝から機嫌がいい。


 最初のころこそ微笑ましくてみんな笑ってたけど、それが毎日続くとなるとはっきり言ってうざい。響が御堂に話しかけるのは朝だけだが、そこでテンションが最高潮になったらその後の休み時間のほとんどが御堂の話で潰されるのだ。


 字は綺麗なのにたまに崩れてることがあるのは眠かったからなのかなーとかどうでもいいっつの!

 字が間違ってるところを見つけて指摘したら、次の日そこが赤で修正されてたとかも興味ないし!


 へらへらした顔で言われると余計に腹が立つのは俺だけじゃないと思う。

 最近じゃあ響が御堂の話を始めたらそっと離れていくやつが多い。そいつらを見る木立と伊織の視線が怖いが、それも仕方のないことだ。なんせ、あの二人は常に響に捕まって似たような話を延々と聞かされ続けてるわけだし。むしろ毎日ちゃんと話を聞いて相槌も打つ二人の優しさが胸に痛いね、俺は。


 けど、そんな二人にも堪忍袋はあるわけで。


「だーっ!もううっせぇよ!興味ねぇって何回言やわかんだよ!」


「冷たいこと言うなよー。最近はみんな俺の話嫌がって聞いてくんねえんだもん。敦志と新にしか言えないんだって」


「男が「もん」とか言うな気持ち悪ぃ。なー、敦志。お前もなんか言ってやれってー」


 入り口近くでほかのクラスの女子と話していた伊織のところまでわざわざ行って話しかけた響に、伊織が盛大に切れた。そして頭を抱えながら木立に救いを求めるが、木立はそ知らぬ顔でそっぽ向いている。……違う、あいつそっぽ向いてるんじゃなくて御堂のとこに遊びに来た宮下見てる!


「あーつーしー」


「うるさいな。なんだよ」


「だぁから、響がいい加減鬱陶しいって話。大体なんで俺がアイツの話聞かなきゃなんねぇの?めんどい」


「だからって押し付けに来るな」


「俺はもう限界なんだっつの!」


 木立は机をつかんでガタガタと揺らす伊織に冷めた目を向け、やれやれとばかりにため息をついてから伊織の後ろで不満げな顔をしていた響に声をかけた。


「おい響、お前はもっと人の迷惑を考えろ。興味のない話を延々と聞かされるのは苦行以外の何者でもないぞ」


「えー。だってー」


「だってじゃない。御堂さんの話をするのが悪いとは言わないが、ものには限度がある。それにそうほいほいと情報を公開するものじゃない。秘めてこそ価値があるものだぞ」


「でもさ、」


「じゃあお前はほかのやつが知ってる情報以外に、御堂さんの何を知ってるんだ?言っておくが、このクラスの連中はお前がぺらぺら話したおかげで御堂さんについて詳しいぞ」


「!?」


 ガーン、と効果音が入りそうな勢いでショックを受けた響は、そのままよろよろと崩れ落ちる。そんな響を鼻で笑って見下ろしている木立はとてもいい笑顔だ。隣で伊織は微妙な顔をしてるが。


 かくして、木立の口車に乗せられた響はそれ以来御堂の話をすることはめっきり少なくなった。それでも感極まったかのようにたまに何か騒いでるけど、まあたまにならいいかと許容されている状況だ。俺としても御堂の話にそれほど興味がなかったから、ありがたいことだ。


 ただ、一つ気になっていることがある。


 それは響がどうして御堂を好きになったのか、だ。


 響と御堂は中学が違う。響は近くの中学から来たためにもともと友人は多かった。木立とは同中だ。けど御堂はなにやら遠いところから通っているらしく、同中出身の友人はいないらしい。宮下と日暮は響たちと同じ中学だ。そんなわけで、以前から御堂のことを知っていたという可能性は低いだろう。


 だったらきっと、高校に入ってから―――夏休み明けにはすでに好きだったらしいから、四ヶ月くらいの間に何かがあったはずなのだ。だけどそんな情報は全く出回っていない。あんなにぺらぺらと喋ってた響が、なぜかそこだけ話題に出さないのだ。木立と伊織もそこには触れないし、そうなるとなんとなく聞きづらくて聞けないまま、今に至っている。


 気になる。


 気になるんだが……聞けない。


 誰か聞いてくれないかなー。そんな俺の他力本願な願いが届いたのかどうなのか、毎朝の恒例行事と化した響と御堂さんの会話に割り込んだ日暮が、不満げに唇を尖らせて言った。


「神代くんさあ、こう、友達から始めようって努力は認めるけど~、それ以前になんでアキちゃんなの~?」


「何で日暮にそんなこと言われなきゃなんないのさ」


「ん~、理由如何によってはアキちゃんの前から即刻排除するためだけど?」


 にこっと可愛らしく微笑むが、言ってる内容は可愛くない。現に真正面から言われた響は顔を引きつらせてるし。御堂は興味なさそうに二人を見てるだけで、何も言わない。


「ね、アキちゃんも気になるよね~?」


 話を振られて、「別に」とでも言いかけたのか無関心そうな顔をしてたのに、向けられた日暮の表情を見て口を噤み、小さく首を傾げてから頷いた。


「そうだね。私自身、特に好かれる要素が思いつかないし」


 あ、自分で言っちゃうんだ、それ。


 思わず心の中で突っ込んでしまったが、そんな俺の心の声なんて聞こえるはずもないので御堂の反応はなし。日暮は頭が痛いとでも言いたげにこめかみを押さえて御堂に何か言っている。内容は良く聞こえないが、御堂がどことなく面倒くさそうにしているから何か小言のような内容なのかもしれない。


 ややあって落ち着いた日暮が響に向き直り、先ほどの質問の答えを求める。


「で、何でアキちゃんなの?」


 目をきょろきょろさせて何とか言わずに逃げようと足掻く響だが、逃がすつもりなど毛頭ないらしい日暮はなにやら小声で響に囁きかけている。何を言ったのか知らないけど、一気に顔を青ざめさせた響の様子を見るに、多分脅したんだろうなあ。恐ろしい。


 しかしそのおかげで諦めた響がぽつぽつと語ることによると。



 それはゴールデンウィークのある日のことだった。

 早めに部活が終わり時間が余っていたため、響は部活仲間と駅ビルで時間を潰していた。適当に軽食を摂ったりゲームしたりして、ついでに何か新しいゲームでも買おうかとゲームコーナーに足を向けることになった。その時たまたま姉から電話がかかってきた響は少し遅れて移動していた。そして早く合流しようと楽器や楽譜が売ってあるコーナーを横切ろうとした、そこで御堂を見かけたのだと言う。


 店頭に置いてあるピアノでなにやら軽快な曲を弾く御堂。普段の無表情は鳴りを潜め、優しげな笑みを浮かべて楽しそうにピアノを弾く姿に驚いて足を止めた響は、その曲が終わるまで立ち止まったままだったという。最後の音を響かせて満足げに席を立った御堂は、後ろで待っていた年上の男性といくらか言葉を交わしてそのまま立ち去って行った。もちろん響の存在になんて気づいていない。しかし響はその場から動くことができずにしばらくじっとその場に立ち尽くしてしまったという。そして気づいたのだ。


「……やばい、俺一目惚れしたかも!」



「お前、馬鹿だろ」

 おそらくは聞き耳を立てていた全員の心の声を代弁したのは、笑顔をひっこめた日暮の低い声だった。いったいその華奢な体のどこからそんな声が出るんだってくらい低い声だった。ちょっとびびった。


 しかしその低い声は思わず口をついて出てしまったものだったのか、コホンと空咳をしてごまかした日暮は、据わった目をしたまま響を睨みつける。


「そんなノリと勢いだけでアキちゃんに付きまとうとか迷惑だと思うなあ」


「なっ!た、確かに一目惚れだけど、それから御堂さんのことちゃんと見て、それで一層好きになったんだから、ノリと勢いだけじゃないぞ!」


「ふーん?でもさあ……」


 それ以降の会話は少し声を潜めて行われてしまったせいでよく聞き取れなかったが、要するに響は御堂の友人たちにはあまりよく思われていないようだということは分かった。


 そして話題の中心であるはずの御堂はと言えば、目の前で二度目の告白のようなものをされたというのに何とも思っていないのか、時々同意を求められているのか日暮に話を振られて、仕方なさそうに頷いたりぽそっと一言答えたりするくらいで、むしろ響と日暮の口論を鬱陶しがっているように見える。どこか別のところでやってくれないかなあという心の声が聞こえてきそうだ。まあ、無表情なんだけど、なんとなく。


 それにしても、教室中の注目を集めているといっても過言ではない状況にいるにも関わらず平然としてるとか、御堂の神経はきっと炭素繊維でできているに違いない。




 その数日後の放課後、ちょっと用事があって駅前の本屋に立ち寄ると、そこにここ最近で見慣れた姿を見つけてしまった。長い黒髪に校則通りの制服姿。御堂だった。

 特に話しかけるつもりはないけど、何してるんだろうなと少しばかり興味を持ってひょいと棚の陰から顔をのぞかせると、一人で本を選んでいるとばかり思っていた御堂の隣に、他校の制服を着た男子生徒がいるのが見えた。しかも二人は何やら親し気に話をしている様子。

 え、なに、まさかの新手登場!?いや、響よりもはるかに親しげな様子から推測するに、真打登場ってほうが正しいのか?

 顔は相変わらず無表情だけど、響と話しているときよりもずっと言葉数は多いし、相手の話に楽しげに相槌を打っている。これはどう贔屓目に見ても響よりあの男子生徒とのほうが仲良さそうだ。というか普段響がかなり適当に相手されているのがよくわかってしまって、他人事ながら少々悲しくなってきた。

 しばらく二人の様子をこっそり眺めてから、俺は静かにその場を立ち去った。今見たことを他の誰かと共有したいという気持ちがないこともない……というか誰かに話してこのもやもやした気持ちを共有したいんだが、噂を広げるっていうのは何となく気が咎めるものがあるし、仲良さそうってだけで付き合ってるのかどうかは定かじゃないし、余計なことは言わないほうが良いだろうなあ。付き合ってないのかもしれないけど、って前置きして話したところで、どうせ伝言ゲームの要領で最終的な噂では御堂には他校に彼氏がいて、響を弄んでるんだ的なものになりそうだしな。そんな噂を聞いたりしたら俺の良心がしくしく痛んできそうで嫌だ。だから今見たことは俺の心の中にとどめておくべきだな、うん。別に噂の発信源が俺だとバレた時の報復が怖いなんて理由じゃないんだからな!



 俺は噂は流してません。けど、なぜか予想通りの噂が広がってます。

 まあ多分俺のほかにも御堂が本屋にいるのを見かけた人がいたんだろうな。駅前の割と大きい本屋だし、下校途中に立ち寄っても何もおかしくないから。むしろ今まで誰もそのことを知らなかったってほうが不思議なくらいだ。御堂、全然隠れてなかったし。

 ただまあ予想通りの噂が流れた結果、鬼と化した宮下と日暮が御堂に関する不名誉な部分だけ否定している。ちょっとでもネタにしようものなら男なら女子による総スカン、女なら他の女子から白い目で見られてさりげなくハブられるという、宮下達の影響力の大きさをまざまざと見せつけられる結果になる。ちなみに御堂本人は直接何か言われたら首を傾げつつ「有り得ませんけど」といい、直接でないなら完全に無視している。……その有り得ないっていうのが、響を弄んでるってところにかかるのか、他校に彼氏がいるってところにかかるのかが分からないから、最近の響はとてもそわそわしてる。いっそ本人に彼氏がいるのか聞けばいいと思うのに、あのヘタレは事実を突きつけられるのが嫌らしく聞けずにいるのだ。ヘタレめ。

 そわそわしながら、毎朝ノートを借りて雑談し、そわそわしながら友人たちに相談する響はとてもうざい。はっきり聞いてしまえ!と思うのは俺だけではなく、またしても短気な伊織がバッサリと言ってしまった。

「お前ほんと鬱陶しいんだけど…。あーもう、自分で聞けねぇんなら俺が聞く!―――なあ御堂、お前東高に彼氏いるってマジ?」

「……?いませんけど」

「へー?じゃあ駅前の本屋で話してた相手ってどういう関係?」

「どういう……。暇つぶし相手ですかね」

 どうやらお互い用事があって、それまでの時間を本屋で潰していたらたまたまいつも遭遇するから話すようになったんだとか。そして相手には彼女がいるという。

 それだけの情報を聞き出した伊織は、笑顔で礼を言ってから響のもとに戻り、感謝しろよと軽く小突いていた。そわそわしてたのがうざかっただけでなく、それなりに心配はしていたのかもしれない。やだ伊織ってばイケメン。………はあ。

 まだ微妙に響は浮かない顔してるけど、この時の伊織と御堂の会話はあっという間に広がって、例の噂は綺麗さっぱり言われなくなったのだった。

 よかった。俺に疑いがかかる前に消えて。

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