第57話 「楽して(ラクして)」稼ぐ、と「楽しく(たのしく)」稼ぐの違い

 西高東低の冬型の気圧配置になり、本格的に冬の寒さがやってくる頃。町もクリスマスに向けてイルミネーションでライトアップされていた。

 そろそろエアコンで暖房を入れるのを考えなくてはいけなくなる頃になったが、授業は相変わらず続いていた。




「小僧、『ラクして』稼ぐ、と『たのしく』稼ぐ。この2つの意味の違いを説明することはできるか?」

「え……ど、どっちも同じようなものじゃないんですか?」

「お前もそう思うか。言っとくが両者は文字として書くと同じようなものになるが実際には全くの別物だぞ」

「具体的には、どういう違いがあるんですか?」

「ふーむ、具体例……と来たか。良いだろう、教えてやってもいい」


 ススムの話が始まった。


「まず『たのしく』稼ぐというのは、無給でやってもいい位に仕事自体が好きだ。というような仕事で稼ぐことだろうな。

 一方で『ラクして』稼ぐというのは仕事自体は嫌いだけどカネになるからやっている。そういう意図が入っている。

 具体例を出そう。犬が好きな者がいて、仕事で忙しい人や足腰の悪くなった老人の代わりに犬の散歩をさせたり、簡単なしつけや芸を教えてカネをもらう。

 というのは『たのしい』仕事だろう。大好きな犬に関わる仕事でカネまで貰えるんだから最高だろうな」


 老人の話は続き、徐々に核心を突くようになっていく。


「一方でカネのために引き受ける仕事というのは『ラクして』稼ごうとする事だろう。こういう仕事を続けていると必ず手抜きが入る。仕事をするよりもしないほうが『ラク』だから遅かれ早かれ必ず手を抜くようになる。

 あるいは仕事料として不当に高いカネを要求するようになる。するとそれが客に伝わって悪いうわさが広まり、ネットにもネガティブな内容の書き込みをされて、広がっていく。そうなると客が離れていき売り上げが落ちていって最終的には破産する。どこの国でも当てはまる共通事項だ」

「……そうなんですか。てっきり似ている物かと思ったら大違いですね。初めて知りましたよ」

「そうだ。文字にするとほとんど同じようなものだが意味合いは大きく違ってくるぞ」


 進は初耳の格言を聞いて目からうろこが落ちたという。老人の話はさらに続く。




「特に日本では『ラクして』稼ぐ事と『たのしく』稼ぐ事をごちゃまぜにしている者があまりにも多すぎる! 『たのしく』稼ぐ事を『ラクして』稼ぐ、と勘違いしている者は大人の中ですらとてつもなく多い。だから自己満足以外何もない足の引っ張り合いをするんだ。

 こんな連中が幅を利かせているようでは日本の将来は暗いな。実になげかわしい事だがな。

 今の小僧なら『ラクして』稼ぐと『たのしく』稼ぐの違いは分かるはずだろ?」

「え、ええ。SNS上で『たのしく』稼いでいる人に対して暴言を吐いているところを何回も見ていますね」


 ススムの言う事に進は肯定的な意見を出す。それを聞いて師はうん、と深くうなづく。


「『ラクして』稼ごうとすると必ず先細りになる。ラクをしたくて仕事を削ろうとするからな。

 その一方で『たのしく』稼ぐようになれればもっと楽しく稼ぐにはどうしたらいいかと考えるようになる。

 小僧、出来れば『ラクして』稼ぐのではなく『たのしく』稼げ。その方が精神的には大きな余裕を持てるようになるしストレスも劇的に減る。

 メールボックスの中に入ってくるのは、ほぼ100%『ラクして』稼げるものだ。だから読まずに捨てても一向にかまわん。

 そうではなくどうすれば『たのしく』稼げるかを考えろ。今日お前に言えることはそのくらいだな」


 今日の授業が終わった。だがこの時の進は知らなかった。これがススムから進への最後の授業になると言う事を。




【次回予告】


出会いがあれば、必ず別れがある。ススムとの「お別れ」は唐突にやってきた。


最終話 「後継者」

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