最終話 後継者

「……あれ? ススムさんどうしたんだろ?」


 11月末日前日を3日後に控えたその日の朝、進はススムに6時起床の報告を入れるために電話をしたのだが、つながらない。


(どうしたんだろ。珍しく寝坊でもしてるのかな?)


 その時の進は特に気にせず弁当作りを始めていた。

 しかしススムは翌日も、そのまた翌日も電話には出なかった。


(? おかしいな……)


 11月末日の前日。いつものように課題を出す日がやってきたが、肝心のススムがいない。

 いつもは午前中か午後のプログラムに参加するためにほぼ毎日来るはずなのに。

 昼休みの時に改めてスマホに電話をかけてもつながらない。

 まさか……いやあの人に限ってそんなはずは……。




 ほぼ同時刻……




 施設の事務所に1本の電話が入る。


「はいもしもし。え? 病院ですか? え!? ススムさんが、ですか!?」


 その知らせを聞いていた進の先輩である中年女がその体形らしからぬ速さで進のところへと駆け付ける。


「進君、大変よ! ススムさんが……!」

「!? ススムさんが、倒れた!?」




 仕事が終わった後、進はススムが搬送はんそうされた病院へと駆け付けた。

 病室にいたススムは酸素マスクをつけられていた。気のせいか少しやつれていた気がする。


「小僧……いや、進」

「はい」


 ススムは進に気づいたのだろう、声をかけてくる。そういえば名前で呼ばれたのは初めてだ。進は身が引き締まる思いで応える。


「こういうのもなんだが、オレはもうすぐ死ぬ。あと数日、持ったとしても2週間程度の命だろう」

「!! ススムさん! そんなバカな事言わないでください!」


 オレはもうすぐ死ぬ。そんな縁起でもないことを言うススムに向かって進は珍しく声を荒げる。


「まぁ、お前がそう怒るのも無理ないか。でも人間とは不思議なものでな……自分の死期というのは分かるものらしい」


 ススムは一息ついた後、意を決して進に遺言を伝える。




「オレの人生は結婚するまでは順調だった。ただ、パートナー選びを間違えたせいで結婚してからというもの既に死んだ妻のほかにも、息子、孫にまでカネをせびり続けられる人生だった。

 だが今は違う。今のオレには進、お前がいる。お前こそオレの人生の誇りだ、誓ってもいい。そこの君、悪いがあの書類を彼に渡してくれないか?」


 そう言って、そばにいた看護師に分厚い書類を持たせ、進の前に差し出す。中身は、ススムが所有する全ての不動産相続に関する書類一式だった。


「オレが持っている不動産、全部お前にやるよ。お前なら上手く使ってくれる。持っていけ」

「!! そ、そんな! 受け取れませんよ!」


 あまりにも突拍子もない事に進は拒絶する。自分には荷が重すぎる、と思っての事だ。


「進、お前ならそれらが生み出す富を社会のため、日本のために使ってくれるはずだ。オレからカネをせびるだけの息子や孫とは違ってな。

 進、お前にはそれを受け取る資格も素質もある、受け取ってくれ。オレがお前に対するただ一つの頼み事だ」

「……」


 進はしばらく黙り、言葉を紡ぐ。




「わ、分かりました。他でもないススムさんの頼みですから……受け取りましょう」


 進がススムに向かってそう言うと、老人はフッ、と笑う。


「ありがとう。進、お前はオレの生涯……その中でも最高の友だ。これで何の悩みも無く逝ける。ありがとう、本当にありがとう」


 ススムは進に向かって、心の底からの感謝を口にした。

 ススムはその日の5日後、老衰による多臓器不全により84歳でこの世を去った。葬儀は親族のみで行われ、進は参加することは出来なかった。




- エピローグ 1年後 -


 俺……宮本 進がススムさんの不動産を相続してから、1年と少し経った。都内のとある寺の墓地。ほぼ1年かけて探し出したそこに、ススムさんは眠っていた。

 俺は墓石に線香ときくの花を手向け、黙とうしていた。気のせいか、手入れが行き届いておらず少し荒れているようにも見えた。


「おや珍しいですね」


 その寺の住職が俺に声をかけて来た。


「珍しい……ですか。今日が一周忌なんでせめて線香だけでもと思いまして」

「その人の家族は墓石こそ建てたものの盆も正月ももちろん、ここ1年間誰も来なくてあなたが一番最初ですよ。墓参りに来た人というのは」


 おそらく自分たちの物になるであろう不動産を俺に全て譲渡したのがよほど気に入らないのだろう、家族がまともに参拝したことはないという……随分と薄情な話だな。


「出来れば葬式に出たかったんですけど身内のみで済ませると言って出来なかったんですよ。それが心残りですね」

「そうですか……最後のお別れを言えなかったのはつらい事でしょうな」


 その後続いた世間話や葬儀の話で住職が言うには、ススムさんの葬儀には泣いている人間が誰もいなくて正直言って不気味だった、という。


 てっきり遺産を相続できると思っていたのだろう、あまり考えたくはないが心の中では大笑いだったかもしれない。

 ススムさんの遺産をもらってからは仕事を辞め、中古の民家に引っ越し、読書とボランティア活動をする日々を送っている。

 不動産の収益は俺が生きる上で必要な最低限度の費用ともしもの時の貯金を差し引いて、残りの大半はがん治療を支援するNPOに寄付している。

 ガンで親を亡くす悲劇なんて俺が味わうだけで十分だからだ。


 あとは株と不動産でさらに収益を上げようと色々やっている。さすがに働かないと「締まり」が無くなって人間ダメになるというのをこの1年で味わったからだ。

 今からおよそ1年半前のあの日、ススムさんに声をかけたところから俺の人生は変わり始めた。

 そして今では他人からすれば「棚ぼた」な部分もあるが、金持ちと言える財産を手に入れた。


 ただ、継いだのは彼の財産だけでなく彼の意志もだ、と少なくとも俺はそう思っている。そうでないとあの世でススムさんに説教を食らうことになるだろう。

 せっかくススムさんが渡してくれた財産だ。贅沢はせずにススムさんの分まで社会や日本の役に立とう、とは思っている。

 俺が死んだあと、ススムさんに現世での善行を報告する際には堂々と胸を張れるほどには積み重ねて生きて行きたい。そう思いながら毎日を過ごしている。


- 終わり -

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