第53話 勇気と無謀の違い

「小僧、株の調子はどうだ?」

「ぼちぼちってとこですね。10万円を使って3000円くらい利益が出ましたけど」

「ほほぉ、3%の値上がりか。なかなかの数値じゃないか、やるな」


 進はススムと授業開始前にそんな会話を口にする。




「では今日の本題に入るが小僧、勇気と無謀の違いは何か、わかるか?」

「? い、いえ。あまり良くは分かっていないです。ススムさんは分かるんですか?」


 11月も半分を過ぎ、冬支度が始まる頃……「勇気と無謀の違いについて」というのを題材に授業が始まっていた。


「もちろんだ。教えてやろう、勇気とは……そうだな。準備に準備を重ねたうえでそれでもなお負ける可能性がある。

 というのを分かったうえで、その際に負けるかもしれないのを覚悟の上で挑むことが『勇気』なんだと思うな。あくまでオレの定義だがな」


 ススムは勇気と無謀の違いについてまずは「勇気」とはどういうものなのかを語る。


「では、無謀はどんな感じですか?」

「無謀は……そうだな。大して準備も勉強もせずに何も考えずに突き進むだけの愚か者の事だな。以前も言ったが『富士山頂を目指すのにルート確認も装備品の準備もせずに挑む』ようなものだな、無謀というのは。

 そんなの最上級に良くてもただのバクチ打ちにしかなれん。再現性も改善も無いからただ運試しをやってるだけに過ぎん。小僧、こんな奴には絶対になるな。なったら破滅の道しかないぞ」


 ススムは次いで「無謀」について何なのかを語った。


「誰だって失敗するのは怖いし嫌なことだ。だが世の中に『確実』や『絶対』はない。唯一『確実』や『絶対』があるとしたら「『確実』や『絶対』というものは『確実』に『絶対』にない」という事だな。

 オレが4月の最初に合った時、お前に「9割以上の確率で成功できるだろうが確実に成功する保証はできない」と言ったのはそういう事だ。

 薄情かもしれんが、オレであろうと100%の保証は出来んのだ。オレの話を聞いても失敗する可能性はわずかだがある。それを正直に述べたにすぎん」


 ススムの話は続く。




「100%準備が整うことは無いし、どんな勝負でも負ける確率はわずかだがある。それを承知の上で「エイヤ」と跳ぶことが重要だ。それが出来る者だけが成功をつかめるのだ。小僧、お前は「なんだそんなことか?」と思うかもしれん。でも実際そうだ。

 最後は「エイヤ」と跳ぶことが出来るかどうかが全てを決める。大抵の人間はこの最後の「エイヤ」が出来ないんだ。だから富をつかめないものさ」


 ススムは、最後に「エイヤ」と跳べるか? それが人生を分かつポイントだと強く説く。




「小僧、よく聞け。普通の人間というのは失敗を過剰なまでに恐れすぎている。

 失敗したら家庭が壊れる、人生が壊れる、この世の終わりだ! 死ぬしかない! と思う者すら数多いし、中には本当に『失敗した程度』で自殺する者まで数多くいる。

 だが限界まで準備しても『確実』や『絶対』に成功する準備はできない。生涯を準備運動だけで終えるだろう。

 5月にも言ったがこいつは学校教育の悪影響だな。失敗すれば「絶対に」怒られるから、絶対に失敗しないようにするという習慣を大学まで行ったら16年もの長い長い時間をかけて学ぶことになる。そういう意味では学校教育の影響というのはとてつもなく大きいものだ」


 ススムは学校教育による悪影響を残念そうに語る。これさえなければ成功できる人間はもっと多くなるというのに。という感情がこもっていた。


「それと、勇気ある者も恐怖を感じている。怖くないわけでは無い。

『愚者は恐れを知らない。勇者は恐れを見せない』という言葉があるが、勇気あるものは『恐怖を手なずける』ことが上手い。

 前に「本能を飼い慣らせ」と言ったが恐怖についても同じことが言える。恐怖を上手く『手なずけ』て『飼い慣らす』事が重要だ。

 人間たるもの恐怖というのは誰にでも必ずあって、なくすことは出来ない。恐怖は人間が生きる上で欠かすことは出来ない重要な感情の1つだからな。

 だから恐怖と『敵対する』のではない、恐怖を『飼い慣らす』あるいは『説得する』んだ。決して無視しても、し潰してもいけない。飼い慣らすんだ」


「そ、そうですか……でも具体的に何をすればいいんですか?」


 進の「具体例は?」という声にススムは少し嫌そうな顔をする。




「ふーむ、そこまで教えてやらねばならんのか……まぁ仕方ないか。学校では恐怖を手なずける方法なんて教えないからな。わかった、教えてやってもいいぞ。

 いいか? 恐怖を手なずけるためにはまず恐怖を全て紙に書くことだ。頭の中が空になるまで恐怖を紙に吐き出すんだ。それが第1歩だ」

「紙に書かなくても頭の中で考えるだけでもいいんじゃないんですか?」


 進はそう反論するが……。


「いやダメだ。必ず紙に書き出せ。何故なら頭の中にある恐怖は形が無いからどこまでも大きくなって広がる。だが紙に書き出せば形のあるものとして認識できる。

 頭の中では無限大に広がる恐怖も、紙に書き出せばメモ用紙1枚にもならないことがほとんどだ。

 恐怖の正体や形が分からなければこれ以上に恐ろしいものは無いが、逆に正体や形が分かれば大したことはない。

 前にも言ったが人は正体が分からなければ「枯れススキ」すら怖がるものだ」


 ススムは恐怖の飼い慣らし方について進に伝授するのを続ける。


「そして紙に吐き出した恐怖1つ1つについて「もしこれが起こったらどうすればいいのか?」という対策を論理的な思考で構築するんだ。

 これを全ての恐怖に対して行った時、恐怖は怖くなくなる。これが『恐怖を飼い慣らす極意』と言えるだろう。まぁ随分と仰々しい言い方だろうがな」


 ススムは満足げにそう語る。これで進は後に、この時に恐怖を飼い慣らすことが出来るようになった、と語ったそうだ。




【次回予告】


「会社を『利用する』あるいは『使い倒す』位に『ずる賢く』なれ」


ススムは進に対してそう言う。会社は便利だが金持ちになるには小さすぎる、という内容だった。


第54話 「給料に慣れすぎるな 会社に飼い殺されるな」

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