第54話 給料に慣れすぎるな 会社に飼い殺されるな
11月も後半戦。早いところではクリスマス商戦が始まっていた。
「小僧、株は順調か?」
「順調ですね。今のところ単元未満株の10株単位で取引きしていて損切りは出来ています。あと伸びる株を見つけたんでそこに投資しています」
「そうか、順調そうで何よりだ。では今日の話だ」
今日の授業が始まる。今日は「会社について」だ。
「小僧、会社勤めというのはなかなか便利なものだが慣れすぎるというのも良くないぞ。特にオレみたいな金持ちになりたいというのなら、な」
「えっと……どういうことですか?」
先生の言う事にピンとこない生徒は半分上の空の状態で聞き返す。
「小僧、会社というのは実に便利なものだ。仕事中にお前がよほどのドジを踏んだとしても1ヶ月我慢すれば『ほぼ確実に』給料が入ってくる。
これは自営業をしている側としては大変ありがたい事だ。安定した給料というのは想像以上に精神面で大きなプラスになるし、仕事も定期的にくれるというのも良い。
長期的な計画を立てる際には安定した給料というのは極めて大きな支えになるだろう。だが、給料に慣れすぎると会社に飼い慣らされる危険性がある。給料に慣れすぎると収入が不安定という自営業を務めるのはやりにくくなるからな。
それに、会社に雇われているうちは自分で仕事を作らずに済むから楽なんだ。
ただ言われたことだけをやっていれば給料が約束されている。というのは儲かってない自営業からすればのどから手が出るほど欲しい生活だ。有給休暇に至っては神の園だぞ」
「たまに聞きますけどそれって本当の事なんですか? 自営業をやったことが無いので今一つピンとこないんですが……」
進の言葉に老人はさらに言葉を重ねる。
「そういうものだ。だから仕事をくれ、となげくフリーランスとか言ったか? そういう連中は多い。だが仕事と給料をくれる会社におんぶに抱っこだと金持ちになるのは厳しいぞ。自ら仕事を作り出す位の覚悟が無ければダメだ。特にオレみたいに成功したければな。
自慢じゃないが、オレは確定申告という形で税理士の仕事を作るし、住人が退去した時にはリフォーム業者の仕事を作るし、普段から不動産管理会社の仕事を作ってる。仕事をくれるのを待っても余程の個性がない限り誰もソイツに仕事をくれやしないからな。それよりは自力で仕事を作ったほうが良い」
ススムは一息おいて話を続ける。
「今でこそオレは左うちわと言ってもいい位の身分だが、昔は株と不動産で食っていこうとした最初が一番きつかった。
会社を辞めてから3ヶ月もの間、給料らしい給料が無くて貯金を崩して何とか生きていたこともあった。あれはきつい。
自分が出来損ないの人間として尊厳を完全に奪われて、ロクデナシの落第者という焼き印を押される気がした。
仏教徒の考える地獄の方がまだマシだったくらいだ。それくらいきつかったな。でも続けたから「何とか形にはなった」と言える位には金持ちになれたな」
ススムはそこまで言ってふぅっ。と息を整える。
「仏教徒の考える地獄よりもマシ、なんですか……」
「決して言い過ぎじゃないぞ? あれは本当につらかったぞ。小僧にはあんな胃がキリキリするような目には遭ってほしくは無いな。あんな苦労をするのはオレだけで十分だ。幸い、今はオレの頃とは違って副業が奨励されているから、お前はかなり良い環境にいるだろう。株程度ならやったって会社は大目に見てくれるだろう。
会社を辞めてから始めるよりは辞める前から始めておいた方が断然いい。
必死で貯めた貯金が溶けるように消えて無くなるのを見るのは精神衛生上実に良くない。あの苦労は出来るのならしない方が良い。
会社勤めの間に出来るだけ多く失敗しろ。勤めている間なら損失を給料である程度はカバーできるからな」
ススムは本気なのか元々強い眼力をさらに強くしながら語る。
「小僧、覚えとけ。会社を『利用する』あるいは『使い倒す』位にズル賢くなれ。それくらいの意気込みが無いと金持ちにはなれんぞ。
『使えるものは親でも使え』という言葉がある。自分の周りにある物は全部利用するくらいでないと生き残ることは出来んぞ。強く、それもズル賢い位に強くなるべきだ。ここはデイサービス施設だから潰しのきく資格は取れないだろうが、それでも勤め先から補助金が出る資格を取るのを考えてもいいんだぞ?
もちろん資格があれば無条件で好待遇、という事はないだろうが無いよりはましだぞ。会社を徹底的に利用しろ。それくらいできなければとても世の中を身一つで渡り歩くことなどできやしないぞ」
ススムは進に向かってそう釘を刺した。
【次回予告】
金持ちと貧乏人を分ける差はいくつかあるが、その中でも特に大きなものがこれだという。
第55話 「優先基準こそ金持ちと貧乏人の違い」
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