第51話 利益は先延ばし 損失は素早く

 11月に入り10日あまり。少し寒い日もぽつぽつと出始めたころ、ススムは株に関する講義を始めた。


「小僧、お前がもし「利益は先延ばしにして、損失は素早く確定する」これが完璧にできるというのならそれだけで1流トレーダーの仲間入りだぞ」

「ええ!? たったそれだけのことでですか?」


 進は一見簡単そうに見えることをやれるだけで1流トレーダーになれるという話を驚きながら聞く。




「そうだ。ほとんどの人間は「損失を先延ばしにして、利益を素早く確定」するものだ。株で言う『チキン利食い』ってやつと『塩漬け』ってやつだな。

『小さく勝って大きく負ける』これが普通の人間だ。いわゆる「コツコツドカン」ってやつだな。

 そうではなく「利益を先延ばしにして、損失を素早く確定」する。つまりは『小さく負けて大きく勝つ』難易度は極めて高いが最低限これが出来ないと厳しいぞ」

「……そんなに難しい物なんですか? 口で言うには簡単そうに聞こえるんですけど」


 ススムの言う事に対し進が口をはさむ。それを見てススムは改めて語りだす。


「ああ、とてつもなく難しい。何せこれは「人間の本能に真っ向から対立する」ものだからな。こうして口で言うのは簡単だが実行するのは至難しなんの業だぞ。オレだって完璧に出来るのに軽く2年以上はかかった。

 株において利益を出すには『いかに人間の本能に逆らい続けるか』が決め手と言ってもいい。利益を先送りすると前にも話した「プロスペクト理論」から来る24時間365日「暴落して利益が吹っ飛んだらどうしよう」という恐怖に襲われるし、

 損失を素早くやると「もしかしたらこの後頑張って上がってくれたんじゃないのか?」という期待を自らの手で踏みつぶしたことに後悔するものさ。

 実際に上がるのは2年後や3年後だったとしてもな」


 ススムは話を続ける。


「昔の任天堂の社長は「ゲームつくりは相撲と違って1勝14敗でもいい」と言っていたそうだ。これは負けた時の損失を最小限に食い止める一方で、勝った時の利益を青天井にして利益を最大化することで実現できる。

 世界にその名をとどろかせる、間違いなく世界一のゲームメーカーと言える任天堂ですらそうなんだ。小僧はもちろん、オレですら当てはまる」


 老人はそこで一息をついて再び若者に向かって語りだす。


「だからこそ『勝つときは豪快に、負けるときは細々と』分かりやすく言えば『小さく負けて大きく勝つ』事が重要なんだ。

 何度も言うが口で言うのは簡単だが実行するのは至難しなんの業だぞ? どんなに勉強しても最初からうまくは行かないだろうな。

 小僧、お前も最初はチキン利食いはするし負ける事もあるだろう。だがそこで才能が無いとあきらめるな。誰だって1度は踏むてつだ。

 誰だって同じ間違いは犯すし、実際オレですらそうだった。その失敗は必ずすると思え。しても「こういうものか」とへこたれないことが重要だ。続けていけば余程才能がない奴でない限りそれなりに形にはなるからな」


 ススムは人生の後輩にそう言う。「小さく負けて大きく勝つ」これは相当重要なのか、かなり強く説いていた。




「小僧、お前にとっては難しそうに見えて困惑してると思うが安心しろ。今のネット上での株取引なら「逆指値」という実に便利なシステムがある。

 それを使えば簡単にロスカットが出来る……それも感情を介さずに機械的にな。これを使わない手はないぞ。

 さらに言えば「トレールストップ」という注文方法もある。これは株価が上がり続けている、あるいは下がり続けている時に

 それを「追いかけるトレール」形でロスカットとなる決済を引き上げ、あるいは引き下げる手法だ。

 中にはこれが通用しない相場もあるし証券会社によっては出来ないところもあるが、富を築くのに大きな推進剤になるだろう。

 本当に今はいい時代になった。オレが若かったころは実際に証券取引所に行かなければ株の取引は出来なかったからな」


 ススムは文明の利器に感心しつつ話を続ける。


「株をやる際最も重要なのは「大負けをしない」事だ。負けなければまだ明日はある。株を辞める理由の大きな一つは「大負けする」事だ。

「大負け」をするくらいなら「勝てない」方がまだ何百倍もマシだ。何せ負けてはいないのだからな。

 とにかく、負けるな。負けさえしなければまだ勝機はある。だが負けて資金が底をついてしまったらそこまでだ。だから大負けはしないように特に気を付けることだな」


 それがその日の授業を締めくくる言葉となった。とにかく負けるな、という話だった。





【次回予告】


「多くの人間は雇われの身で、自分が誰かを雇うことをせずに一生を終える」


だからこそ人を雇うというのは重要なのだそうだ。


第52話 「自分より優秀な人を雇え」

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