第43話 エリートは複数の視点を持つ

 10月上旬、本格的に秋らしい涼しい陽気の中、授業が始まる。


「小僧、今日は……そうだな「エリート」について教えてやろう」


 今日は「エリート」の話だ。




「エリート、ですか」

「そうだ。それも官僚とか政治家といった国を支える重役たちの話だが、もちろんオレのような金持ちになりたい者への教訓もあるぞ」

「何か話のスケールが壮大になってきましたね。ついていけるか心配なんですが……」

「なぁに安心しろ。いつものような話だ」


 気後れきおくれする若者に老人は優しくさとす。


「小僧、良いか? 真のエリートと言うのは『複合的な視点、視野を持つ』人間の事だ。それには複数の全く違うカテゴリーに属する人間から視点の見方を学ばねばならん。

 昔、京都大学に吉田寮というものがあったがあそこには右翼や何物にもカテゴライズされない謎の人間が生息していた。彼らと触れることで『複合的な視野』は産まれるのだ。それは時には学校や学生にとって危険な人物を招く行為でもあるがそれはある種のコストであり、それなしではエリートの育成は不可能なのだ」


 ススムは続ける。


「海外の一流大学には左翼や右翼、環境活動家や宗教過激派、そのほか何物にもカテゴライズできない「謎の人間」たちが星の数ほど生息している。彼らからの視点が無ければ「清濁せいだく飲みほす」エリートの育成は不可能だ。

 水が清すぎると魚がまないのと同じ理由だ。

 今の日本の大学は、ただの『清潔な無菌室にある就職予備校』に成り下がっている。もはや日本を背負うエリートが産まれることはないだろう」


 ススムは残念そうな表情を浮かべてそう言う。




「前にも言った事だが、カネというのは『人間の人生をいとも簡単に破滅させるほどの、強い魔力を持つ魔性の物』であると同時に『腐ったり傷んだりせずに保存出来て、いろいろなものと交換できる道具』に過ぎない。

 カネには人間1人の人生をいとも簡単にメチャクチャにするほどの力を持つが、人間が生み出した単なる道具の1つでしかない。どちらの視点も大変重要なことだ。

 どちらか片方だけでは「片手落ち」なんだ。両方の視点を併せ持つことで初めて1人前になれるだろうな。

 少なくともカネのエリートである金持ちになるには、その2つの視点が最低限必要だ」

「そ、そうですか。では具体的にはどんなことをやれば良いんでしょうか?」


 進は問う。老人は少し考えた後、若者に語りだす。


「ふーむ具体例と来たか……そうだな。最近では『個人が運営しているホームページ』を探すことだな。ジャンルは何でもいい。欲を言えば1年以内に更新された形跡があるとなお良い。

 かつての個人ホームぺージはブログやSNSにその役目を取って代わられたものだが探せば今でもそれを持っている人間はいる。

 そういう奴らは……包み隠さずに言えば、まぁ変人なんだろうな。無料のSNSやブログを使わずにわざわざ維持費がかかるホームページにこだわってるからな。

 そういう連中の視点というのは役に立つぞ。

 彼らは常人や凡人には思いつきもしない視点で世界を見ていて、さっき言った大学にんでいる『謎の人間』の視点に似ているからな」


 ススムは話を続ける。口の調子はかなり良かった。


「後は本だな。6月の給料日前日でも言ったように書店に足を運べ。アマゾンでは目にも止まらない、検索のしようがない本が買えるぞ。

 それに、図書館も利用すべきだな。あそこのは古い物ばかりでハズレもだいぶ混ざってるが、これでも基礎を学べるし、流行や流通関連から言えばあまり話題にならないが面白い視点で書かれた本にも出合えるぞ。

 今度の休みにちょっと遠出して県立図書館にでも行ったらどうだ? オレも週1くらい行くがなかなか面白いところだぞ」

「は、はぁそうですか。では行ってみますね」

「いい心がけだな。ああそうだ、初めて行くなら利用カードを発行してもらう必要があるから、サイフのカード類をしまうポケットに空きを作っとけよ」


 ススムは細部まで抜かりはなかった。進が細かな部分で失敗しなくてもいいよう、キメの細かいフォローも忘れない。




「普通の人間がいくら考えても「普通の答え」しか出てこない。それでもそんな「普通の答え」で乗り越えられる課題ならそれでもかまわない。

 会社に雇われて働く程度なら「普通の答え」だけでも十分過ごせるだろう。

 だが問題は「普通の答え」では突破口にならない問題が出た時だ。その時は「変人」の考えというのが重要になってくる。

 変人の考えだとやはり「変な答え」が出てきてしまう。だが時にはそんな「変な答え」が突破口になることもあるんだ。

 政治家や官僚といった「エリート」に求められる答えというのはそういう答えだ。

 カネに関するエリートである金持ちになるにも『変人の視点』というのは必要なのだ。覚えとけ」


 その日の授業はその言葉でしめられた。




【次回予告】


「批評家共は責任を取るつもりが無いのに発言だけはしたいというクズだ」


ススムは徹底的に批評家を非難した。


第44話 「批評家の銅像が立てられたためしはない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る