第38話 いつ始めても遅すぎる

 9月になって10日あまり、午前中や夕方は少しは涼しくなってくる季節にはなった。久しぶりに外でのプログラムを終えてススムが進に声をかけてきた。




「小僧、調子はどうだ?」

「上々です。今は初心者向けの株の本数冊と、中級者向けの本を1冊読んでるところです」

「ふーむ……『いつか』やろう。というわけか」

「え、ええ。そうです。まだ準備中の段階ですし……」


 師からの言葉に少しうろたえながらも進は返事をする。それを聞いたススムは言葉を発する。


「小僧、お前は何も考えずに本の1冊も読まずいきなり始める無謀な奴とは違うようだな……それだけは評価してやってもいい。だからと言って慎重になりすぎるのも良くないぞ。

 言っておくが人生においては「早すぎて後悔する」事なんて何一つないぞ。むしろ逆に「遅すぎて後悔する」事ばかりだ」


 話は続く。


「例えばだ。40代で一念発起いちねんほっきして50歳で財を築く事が出来た者は「30代のころから始めればよかった」と嘆くし、

 30になって挑戦を始めて30代後半で成功できたものは「20代のころから準備をやっておくべきだった」と後悔するし、

 22歳で大学を卒業したのと同時に起業し3年で富を得た者は「大学生のころから起業するべきだった」と自らの犯した愚行を見て途方に暮れる。そういうものだ。

「もっと早くからやっておくべきだった」という嘆きはいつの世も変わらん。『今』ですら既に遅すぎるのだ。

 賢者というのは「今日やるべきことを昨日までに既に済ませている」ものだ」


 ススムはそこまで一気に言う。と同時に目をつぶり苦い思い出を思い出していた。


「もちろんオレだってそうだ。オレもバビロンの大富豪を読み始めた頃は『何で今までこんな素晴らしい本を読まずに生きていたんだ!? 10年早くこの本に出会っていれば!』と心の底から後悔した事もあった。

 それくらい「遅すぎる後悔」は多く「早すぎる後悔」は無いものだ。オレも含めて皆「もっと早くからやっておくべきだった」と後悔しているものさ。

 だから株にしろ何にしろ早めにやるべきだ。どれだけ早くやったとしても、それでも「あまりにも遅すぎる」だろうがな」


 痛い実体験をさらしつつ、彼は若者を説得する。




「小僧、お前が勇気と無謀の違いさえ分かれば、富を築くために早すぎることなんて何一つ無い。いつやっても「最も遅い」行動になる。

 小僧、お前は30だそうだが30のうちに行動しなければ行動しない31に、32になっていくものだ。

 何か行動すれば行動した31や32になれる。失敗しようが成功しようが関係ない。言っておくが、お前は『いつか』やろうとは言うがカレンダーには『some dayいつか』という日は無いぞ。

 だから『いつか』という日が来ないまま手遅れになるほど年老いてしまったり、最悪の場合何もせずに生涯を終える人間と言うのも数多い。

 お前はそんな奴にはなるなよ。完璧に準備出来るまで待ったらあっという間にオレみたいなジジイになっちまうぞ。時間というのは待ってくれないぞ」


 ススムは進に発破をかけるように言う。でも教え子は不安だった。


「でも不安なんですよ! 株で失敗したって言う話ばかりが聞こえてきて有り金全部なくなってしまうかどうか心配で心配で……」

「だったら証券口座を先に作ってデモ取引をやってみるというのはどうだ? 実戦に比べれば大したことないが取引の基礎を学ぶことは出来るぞ。

 あらかじめ証券取引ページの操作方法に慣れておけば本番でもスムーズに行けるだろう。それが出来なければミニ株や単元未満株と言って、普通は100株で1単位のところを10株や1株単位で買えるところだってある。それで練習すればいい」


 ススムのアドバイスは続く。


「それとこれも覚えておけ。恐怖と言うのは「正体が分からない」から怖いんだ。正体さえわかればどんなものも怖くない。逆に正体が分からなければ「枯れススキの影」すら怖いものだ。恐怖というのはそういうものだ」


 ススムは恐怖の正体を教え、才ある若者の不安を取り除く。


「子供が暗闇をやたらと怖がるのは彼らは想像力が豊かで常識知らずだから、

 暗闇の中に絵本に出てきたお化けやゲームやアニメで見た恐ろしい怪物が潜んでいるかもしれない。と思って怖くて動けないからさ。

 逆に光で照らして何がいるのかが分かれば怖くなくなるのと一緒さ。正体さえわかればどんな恐怖も恐怖ではなくなる。

 これはとてつもなく重要な話だから、くれぐれも忘れるなよ。じゃあ俺は帰るからな」


 そう言って彼は進から離れ、帰っていった。




【次回予告】


カネを大事にするあまり他の物を犠牲にするのは愚か者そのもの。とススムは言う。


第39話 「カネを払う=敗北という愚かな考え」

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