第37話 貧乏人がさらに貧乏になる理由

 9月になったとはいえ残暑は厳しく、クーラーに頼る生活が続く。

 ススムからの講義が今日も始まる。今回は「貧乏人がますます貧乏になる理由」だ。




「いいか小僧。貧乏人がますます貧乏になるというのは理にかなった事だ。貧乏人の頭の中では常に警報が鳴ってる状態だ。

 貧乏人の頭の中では家賃、電気、ガス、水道、スマホやパソコンの通信費に通話料、カードローン……これらの支払いができなくなったらどうしよう? と起きている間中、常に常に警報が鳴り響いている異常事態だ。

「今この瞬間」に抱える問題があまりにも多すぎて長期的なスパンの思考ができない。こんな時にまともな思考をしろと言うのが無茶な話だ。だからまともな人間からしたら下らない詐欺にも簡単に引っかかる。

 日本のことわざでも「貧すれば鈍する」と言うが、昔の人間の言う事は間違いじゃなかったというわけだ」


 ススムは話を続ける。その顔は同情と軽蔑けいべつ、両方の感情が入り混じっていた。


「小僧、お前だって道路工事現場のすぐそばでマトモな決断をしろと言われてもうるさくて無理だろ? それと同じ状態になっているのが、貧乏人だ。

 貧乏人は常に道路工事現場の隣にいるような状態だ。そんな状態で落ち着いて冷静な判断をしろというのが無理な話だろう。

 こうなってくると『考えれば考えるほど』際限なく貧乏になっていく。なぜならそんな状態で下した判断は必ず間違うからだ。

 昔とある漫画家が「DVを受けている真っ最中の人は、洗濯機の中に入れられてグルグル回ってる状態だから、自力で立ち直るのは無理。誰かが引っ張り上げないといけない」

 と言っていたそうだがそれは貧乏にも当てはまる。何せさっきも言ったように警報が鳴り響く中での自分の判断は必ず間違っているからな。

 そういう時は可能なら親や親友、それが無理なら本に助けてもらった方が良いだろう。自力で何とかしようとは思わないことだ」


 ふぅっ。と一息つき、ススムの話は続く。




「個人的にはだ、こういう貧乏人にこそ小僧がやってる『自分に支払う』事をやってほしいんだがな。カネは使わずとも、とって貯金するだけで安心感をくれるものだ。

 カネがあるという安心感はなかなか良いもんだぞ。それは小僧、お前が一番分かってるはずだ。

 オレに会うまで出来なかった貯金が出来て安心感があるだろ?」


「え、ええ。確かに」

「だろ? カネというのは使わずともただ持っているだけでもいいんだ。

 無論活きるように使う事はもっと重要だが、緊急事態に陥っている連中にはそこまで考えなくてもいいだろう」


 ススムは調子よく話を進める。


「それと小僧、お前は同じ目に遭って欲しくないから言うが貧乏というのは再現性があるんだ。貧乏人と同じ思考、同じ判断をすれば必ず貧乏人になる。そこに例外はない。重要なのは思考と判断だ。それが貧乏か金持ちかを分ける重要な部分だ。

 例えば貧乏人は銀行口座から2000~3000円を必要になった時に、その都度こまめに引き出す。という愚かなことをやっている。

 銀行口座からカネを引き出すたびに手数料を取られるのだがそれに気づいていない。それを辞めるだけでもすぐに数千円にもなるだろう」


 ススムの舌の調子が良いのか彼は話を続ける。


「他にも貧乏人は100円ショップが大好きだ。安くて「質の悪い」ものを大量に買いたがる。おそらくは必要な物を買う。というよりも「買い物することそれ自体」が目的でストレス解消になるから買うのだろうな。

 何せ『買い物依存症』という病気もあるくらいだからな。実際にはカネをゴミに交換しているだけだというのにな」

「……さすがにゴミというのは言い過ぎなんじゃないんですか?」


 進は珍しくススムにかみつく。老人はそれを良い事だと思ったのか、調子よく反論する。




「小僧、じゃあ聞くがお前は100円玉をゴミ箱に投げ捨てることは出来るか?」

「!! そんなこと出来るわけないじゃないですか!!」

「だろ? でも100円ショップで買った安物は壊れたら簡単に捨てたくなるものさ。100円で買ったという事は、少なくとも100円玉と同じ価値があるというのにな。100円ショップで買った物を捨てるのは、100円玉をゴミ箱に捨てるのと同じことさ」

「う……」


 進は痛いところを突かれて言葉が出ない。


「『痛いところを突かれた』って顔をしてるな。そう思えるだけでも大したもんだ。

 多くの者は100円を「たかが100円」とめてかかるからな。そうしないだけマトモだよお前は。今のお前なら貧乏人にならなくて済みそうだな。今日はこの辺にしとくか」


 今日の授業は終わった。




【次回予告】


やるのが遅すぎた後悔は多々あるが、早すぎて後悔したという話はとんと聞かない。その理由だ。


第38話 「いつ始めても遅すぎる」

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