第39話 カネを払う=敗北という愚かな考え

 9月も後半になり、まだ完全にクーラー無しというまではいかないが、使う時間は確実に減ったと言える陽気になった。

 午前中のプログラムを終え、昼食の時間になると同時に授業が始まる。




「小僧。お前が賢ければオレの息子や孫が来た後に『カネとは腐ったり傷んだりせずに保存出来て、いろいろなものと交換できる道具だ』というのを教えたと思う。覚えているか?」

「えっと……ああ、アレですね。覚えています」


 ススムの息子や孫が襲来するというインパクトもあってか、進は覚えていた。


「結構なことだ。嘆かわしいことだが、カネを払うことがある種の「敗北」と思っている愚か者は多い。最近は無料で使えるサービスが増えたこともあってか、特に若者を中心にそう考えている者が増えている。

 だが、前にも言ったようにカネというのは「価値のある物やサービスと交換する」ためにある。だから使わなければ意味が無いのだ。

 それを知らずにただひたすら貯め込んで、貯め込み続けてそのまま死んでいく連中は、小僧が思っている以上に多いぞ。あの世にカネを持っていくことは出来ないというのにな」


 ススムの表情はまるで愚か者と対面しているかのような、けわしいものだった。


「そういう人間はひっくるめて言えば『いやしい』連中だな。

 友情や愛情よりもカネを優先し、あろうことかそれすらもカネに変換してまで貯め込む連中だ。カネしか信じられるものが無い、と言ってただひたすらガムシャラに貯めてるだけのどうしようもない守銭奴しゅせんどだ。

 最近の事例では1年ほど前にコンビニのレジ袋が有料化されたことが許せずに店員相手にブチ切れて暴力を振るい、警察に逮捕される事件があったそうだ。

 レジ袋なぞほんの数円なんだがそれで人生を棒に振るバカもバカも大バカな奴だ」


 ススムはけわしい表情を崩さない。話は続く。


「5月に『タダほど怖いものはない』という話をしたのは覚えているか? 貧乏人は無料が大好きで大好きでたまらない。

 だから「何とかしてお金を払わずに済ませないだろうか?」というのを必死で考える。カネを払った方がはるかに簡単に解決することだったとしてもな。そういう貧乏人は例え1円でも自分のカネを払うのが許せない。

 カネを払うという行為が、文字通り『命よりも大切なカネをむしり取られてしまう絶望的な敗北』と思っているものさ。なげかわしい事だがな」


 ススムの表情はなおも厳しいものだった。さらに話は続く。




「労働の対価としてカネを払う。これは人類最古の約束事の1つだ。それを無料で済ますことは出来ないかと考えるのは大抵は愚か極まる行為だ。

『お前の労働に対して報酬を払う気はない』と言ってるのと同じだからな。そんなの『搾取さくしゅ』と言ってもいい。

 現代社会では決して許されない、信用と信頼をズタズタに引き裂いて踏みつぶす野蛮人やばんじんの行為だ。到底洗練された文明人のやる事ではない」


 カネを払わない人間を野蛮人とまで言い切ったススム。ようやく表情が少しだが緩くなった。


「小僧、無駄遣いは辞めるべきだが必要なことにはきちんとカネを払え。カネを払うというのは信用と信頼の証だ。カネを払うことが『損』だの『敗北』だのと思うのは貧乏人の中でも特に卑しい者たちだ。

 学生だったら「無料で済ませないか?」と考えるのはまだ分かるが小僧、お前は大人なんだから対価はきちんと払え。

 タダで済ませようとしたら代わりに信用と信頼を失う羽目になる。前にも言ったが『タダほど怖いものはない』というのは本当の事だぞ。

 小僧、お前も『タダの魔力』に魅了されないように日ごろから気を付けるんだな」


 この日の授業はそれで終わりだった。




【次回予告】


人間は変化が大嫌いである。それでも本能に逆らって変化し続けろとススムは言う。その真意は?


第40話 「新陳代謝を起こせ 変化し続けろ」

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