第18話 恐怖とあせりと欲望と無知

 ジメジメした日が続く6月後半。いつものようにススムからの講義を進は受けていた。進は自らススムの担当になりたいと上に願い出て、それを実現してもらった形だ。おかげでススムといられる時間はぐっと増えた。 


「小僧、話は聞いたぞ。オレの担当になりたいと上に申し出たそうじゃないか?」

「え、ええそうです。みんな避けたがるので結局俺しか残らずにそのまま担当になったんですけどね」

「結構なことだ、これからよろしく頼むよ。小僧、前に4月の給料日前日に『ラットレースのネズミ』という言葉を教えただろ? 今日はそれをもう少し掘り下げていこうと思う」


 ススムの講義が始まった。




「いいか。貧乏人を支配しているのは『恐怖とあせりと欲望と無知』だ。『カネが無くて支払いができなくなったらどうしよう?』という『恐怖』と『あせり』から好きでもない仕事をイヤイヤこなす。だが給料日になった途端カネを持つことで膨らんだ『欲望』のままに使って浪費する。

 そしてカネに関して『無知』だからそのままでは破滅する道を歩んでいることに気づかないし、カネの持つ魔力になすがまま、されるがままなんだ」

「その話は何度も聞いていますね。そんなに重要なことなんですか?」

「フム、鋭いな小僧。そうだ、重要なことだ。日本人、いや人類の8割以上はカネに関する教育を受けていない。だから皆揃いも揃って貧乏人なんだ」


 ススムは一息つく。進の質問の鋭さに感心しているようだ。


「いいか? 『恐怖とあせりと欲望と無知』をいかに克服するかが金持ちになるためには必須だ。無知に関しては本を読んで学べば解決する。恐怖とあせりはカネと正しく向き合い、身分相応の貯金があれば和らぐ。

 欲望は……欲を自覚しその都度対処するんだな。これは癖とか習慣にすればいいだろう」

「でも気になるんですが……何で国がそういう教育をしないんですか? そうやって賢い国民を育てたほうが国力は高まると思うのですが」

「なるほどそう来たか……」


 ススムはしばらく考えた後意見を言った若者に向かって説く。


「結論から言おう。国民が無知な方が国は得なんだ」

「!? どういうことですか!?」

「なぜかって? 『賢い金持ちから1円を取るよりも愚か者な貧乏人から1万円巻き上げる方がはるかに簡単』なんだ。だから国はわざと国民をバカ化しているのさ。

 実際、お前の給料からは源泉徴収という形で税金が天引きされているが、こいつは国が税金の取りっぱぐれが無いように、そしてこっそり増税してもバレにくいシステムなのさ」

「!! 増税!?」

「そうだ。税金も節税できることに関してはあえて複雑にしてバカには『難しい事をするくらいなら今のままでいいや』と思って利用させないのさ」

「!! そうなんですか!?」

「ああそうだ。増税は気づかないうちに進んでいる。年末調整で臨時収入が入ってきたー、と喜んでる場合じゃないぞ」


 ススムは話を続ける。




「賢い金持ちは政治家に献金をしたり、仲間と協力して組織票を集めたりして自分たちの意見を通そうとする。

 政治家と偉そうに言えどしょせん当選しなければただの人だ。政治家がノドから手が出るほど欲しがる組織票やカネを使ってづけすることなど金持ちには朝飯前だ。そうやってづけした犬を政界に送り込めば自分たちの意見を政治に通して金持ち狙いの増税を阻止出来るのさ。

 実際、各地で自粛騒ぎが起こった中でパチンコだけは自粛の圧力が緩かっただろ? あれはパチンコ団体が政治家に多額の献金をしていてからだ」


 ススムは話を続ける。


「それに賢い金持ちは国の境界をいとも簡単に飛び越える。もしも『嫌ならこの国を出てけ!』と言ってしまうと『はあそうですか、わかりました。おっしゃるように出ていきます。今までありがとうございました』と言って本当に出て行ってしまう。もちろんその分税収は減るから誰も言えないのさ。

 だから下手に教育して国民を賢くさせると『飼い犬に手をかまれる』事態になりかねん。だからカネに関する教育をしないで『恐怖とあせりと欲望と無知』の奴隷にしていた方が都合がいいんだよ」

「……」


 進は老人の発言を聞いて言葉も出なかった。


「……なんだか知ってはいけないことを知ってしまったような気がしますね」

「最初はそう思うだろう。昔のオレだってそうだった。

 でも金持ちへの道を歩むなら遅かれ早かれいつかは知ることになるだろう。それが小僧にとってはたまたま今日だったんだろうな」


 その日の授業は終わった。朝から続いていた雨はいまだにシトシトと降っていた。




【次回予告】


6月の給料日前日。課題の成果を見せるときがまた来た。6万円と、読書感想文。2つを提出する。


第19話 「本を読む習慣」

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