第13話 カネのイメージ ~清豊を目指せ~

「あ、先輩。アドバイスありがとうございます。おかげで目標が達成できそうです」

「そう、よかったわねぇ。ところで急に節約って、何かあったの?」

「え、ええ。まぁ色々あって。詳しくは言えませんけど」

「そう。でも何かあったら協力するから遠慮なく話しかけてきてね」


 進は先輩の中年女からのアドバイスに感謝した。彼女がいなければ課題は達成できなかっただろう、と思いながら。




「収入の3割を貯めろ」という課題を出されて1ヶ月。約束の日、5月末日の前日がやってきた。


「どうだ小僧? 出来たか?」

「食事はうどんやラーメンが多くなりましたけど、何とかできました」


 そう言って進はススムに封筒から1万円札6枚を取り出し、見せた。


「小僧、やるじゃないか。4万円は今すぐカードローン会社に払うことだな」


 ススムは満足げに一瞬だが笑った……気がした。




「ところで小僧、聞くが……お前にとってカネとは何だ?」

「カネですか。カネは……「命」です。命そのものです」


 その言葉にススムはピクリと反応する。てっきり「悪いもの」なんていう答えが返ってくるところだと思ってたのに、意外だ。


「ほぉ……「命」と来たか。詳しく話を聞かせてもらおうか?」


 進は暗い顔をしながら苦い過去を語りだした。


「俺が10歳のころ、父さんはガンで死にました。

 十分なカネさえあれば手術を受けて生きれた可能性もあったんですが、カネが無いからそれをあきらめざるを得ませんでした。

 カネさえあれば、父さんはまだ生きていたかもしれないんです。だから、カネは命です。命そのものなんです」

「……そうか、すまなかった。出来れば思い出したくないものを無理やり思い出させてしまって」


 ススムは深々と頭を下げた。彼は口こそ悪いが行動は並みの紳士よりも紳士的だった。




「小僧、お前は違うが世の中の人間と言うのは思っている以上に『カネは汚い』『金持ちは汚い奴らだ』というイメージが強い。特にオレ達日本人は『清貧せいひん』とかいう『くだらなくて薄汚い考え』に支配されているから問題は根深い」

「薄汚い考え?」


 進は奇妙に思ってススムに問い返す。「薄汚い考え」とはどういうことなのだろう?


「そうだ。『清貧せいひん』なんて『くだらなくて薄汚い考え』だ。

 特に今となっては大きく稼ぐには清くて豊かと書く『清豊せいほう』でなくてはならない、そうせざるを得ないのだよ」

「!! 清豊せいほう!? そんな虫のいい話が……」

「事実そうだ。清豊せいほうでなくては続かん」


 驚く進にススムは説明しだす。


「一説には『悪い噂は良い噂の10倍の速度で広がる』という話もある。特に今は誰もがスマホやパソコンを当たり前のように持っている。

 20年前の国家諜報員スパイですら敵わない程の高性能な「諜報機器」を誰もが当たり前に持っている今では悪い噂を隠しきることはできない。

 だから最初から『清貧せいひん』かその逆の『汚豊おほう』か、などという退屈な議論をしている暇はない。

清貧せいひん』ならカネが無くて事業は続かない。『汚豊おほう』なら悪い話が表に出て裁判沙汰ざたになる。

 だから最初からその両方のいいとこどりである、清豊せいほうを目指さないといけないのだ」


 ススムはそう断言する。


「……そういうものなんですか?」

「そういうものだ。小僧、お前は人の話を素直に聞けるのが良いところだ。これだけでも並み以上の才能を持っている。普通の人間というのは他人から言われたことに反発するものだからな。

 人間というのは『信じたい事しか信じることが出来ない』からな。何かを信じるにはまず『信じようと思う』必要があるし、信じないなら『信じないと思う』必要がある。人間は『信じたいものを信じるため』あるいは『信じたくないことを信じない』ためには自分自身にいくらでも嘘をついてだますことすら平気でやるものだからな。……ところで小僧、お前は毎朝何時に起きるんだ?」


 急に話題を変えるススム。それが進に対する新たな課題の始まりだった。




【次回予告】


何とか課題をクリアーした進。それに対しススムは新たな課題を出してきた。


第14話 「1時間早く起きろ」

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