第12話 好きな事を仕事にする苦痛

 給料日を数日後に控えたある日、ススムが進に対して話しかけてきた。


「調子はどうだ小僧? 何とかなりそうか?」

「特に急な出費が無ければ何とかなりそうです」

「そうか、それは良かった」


 ススムは少し間をおいて今日の話を始める。




「ところで小僧、好きなことを仕事にしている奴はどう思う? どんな答えを言っても怒りはしないから正直に答えてくれ」

「えっと……うらやましいなとは思いますけど」

「まぁそんなことだろうとは思った。いいか小僧、好きな事を仕事にするというのは「遊んでいるうえにお金までもらえる」事だという勘違いをする愚か者があまりにも多すぎる」

「え? そうじゃないんですか?」


 進は問う。好きなことを仕事にするのってそういうものなのでは? と。


「そうではないぞ。小僧、よく聞け。どれだけ好きな事だったとしてもそれを仕事にすればその中には「やりたくない事」や「やらなくてはいけない事」も混ざってくる。どんな仕事だってそうだ。

 だがその苦労は自分だけで背負うことになる。誰とも分かち合うことも相談することも出来ん。

 例を出すと確かヒカキンは『7分の動画を完成させるため、編集作業に6時間かけている』そうだ。

 そいつが『動画の編集作業が辛くて辛くてたまらない』と泣き事を言ったら『だったらユーチューバーなんて辞めて別の仕事をしたら?』と言われるのがオチなようにな」


 ススムはふぅっ。と一息ついて話を再開する。




「他人に相談しても「好きなことを仕事にしてるんでしょ? だったら何で泣き言を言ったり苦労してるの?

 だって好きなことなんでしょ? 毎日がバラ色で最高にハッピーでワクワクできて、何より楽しくて楽しくて仕方がないんじゃないの?」と言われるからな。

 これが仕事が嫌いなのならまだ逃げ道はある……「生活のためイヤイヤ働いてる」と言い訳が出来るし、相談しても相手にわかってくれて慰めてくれるからな。

 だが好きなことを仕事にしてしまうとその逃げ道が使えなくなる。好きなことを仕事にするというのは好きなことだからこその苦労というのもある。

 オレの知人には好きなことを背負いきれずに精神を壊して今でも病院通いをしている奴なんて何人もいる。

 好きなことを仕事にすると逃げることが出来なくなる。その辛さはオレの口をもってしても表現しきることはできん」


 進にそう説く老人の眼は、どこか悲しげなものだった。おそらく今でも病院通いをしている友人を思っての事だろう。


「オレは株と不動産が好きだが、これらのせいで苦しい目に何度も何度もあってきた。株を買えば下がり売れば上がる、と言う取引を10回以上連続で経験したこともある。それに「100年に1度あるかないか」と言えるほどの大暴落を何度も体験している。実際にはその規模の暴落は「十数年に1度」は起きてるがな。それで総資産はだいぶ減ったこともあった。

 不動産も悪徳業者のカモになって正当な価格の4倍の値段で買ってしまった事もあるし、順調に家賃収入が入っていたところで入居者が自殺してしまって計画が狂った時もあった。

 それに真正面から立ち向かうのはとても苦しい事だ。だが富をつかみ取るにはそれからは逃げることも目をそらすことも出来ない。それは本当に苦しくて辛いことだ。

 さっきも言った通り、中には背負いきれずに潰れてしまう者もいる。オレは幸運にも潰れずに済んだが不幸にも潰れてしまった者はオレの知り合いだけでも何人もいる」


 ススムはハァッ、と深いため息をつく。それからしばらくして語りだす。




「まともな者はその重圧に耐えきれん。本当に好きなことしかやりたくないというのなら趣味でやるんだな。その方が精神衛生上はるかに良い。

 昔「好きな仕事しかやりたくない」と言っていた奴がいたがそいつは20代のころからジョブホッパーになり、50代になってもそれが辞められなかったそうだ。

 さっきも言ったが「好きな仕事」にも「やりたくない事」や「やらなくてはいけない事」も混ざってる。

 それをやるのは嫌いな仕事をイヤイヤやるよりもはるかにつらい事だ。

 だが小僧、お前が本気で富をつかみ取りたいというのなら、その重圧に耐えねばならん」

「好きなことを仕事にするって、相当きつい話なんですね。てっきり遊んでカネが入るものかとばかり思ってまして……すいませんでした」


 ススムの言う事に進は「キツい」と漏らす。


「小僧、お前は謝らなくてはいけないほど酷い事はしてないぞ。まぁいい、でもやり方によっては楽になるぞ。

「やりたくない事」と「やらなくてはいけない事」は動作を細かく分解してひたすらに自分を褒めろ。

 例えば「本を読まなくてはいけなくなった」らまず本だなの前に立ったら自分を褒めて、本だなから本を出したら自分を褒めて、本を持って机に座ったら自分を褒めて、ページをめくるたびに自分を褒めろ。これはオレの経験則じゃないぞ。科学的にも根拠があるやり方だ」


 老人はそう若者にアドバイスを送る。


「ただ、今のお前の「やらなくてはいけない事」は借金の完済だ。お前はカードローンと言う名の『敵の黄金の兵隊』に攻めこまれている真っ最中だ。

 まずは敵兵を全滅させて身の安全を確保することに集中しろ。そうでなければとても自分だけの『黄金の兵隊』を育てる暇はない! 今月の今月の月末に6万円持って来るのを待ってるぞ」


 その日の授業はそれで終わりだった。




【次回予告】


着々と課題をこなす進は5月末日前日の約束の日を迎えた。そもそもなぜ彼はカネが欲しいと言い出したのだろうか?


第13話 「カネのイメージ ~清豊を目指せ~」

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